ユリのねがいごと

有理

ユリのねがいごと

「ユリのねがいごと」


今井 悠生(いまい ゆうき)

佐々木 ユリ(ささき ゆり)



※自殺表記がございます。苦手な方はご注意ください



今井「ゆり、俺じゃダメかな。」

佐々木N「左側でなり続けている機械音と右手に感じる柔らかな温もり。」

今井「俺ね、岡山から桃取り寄せたんだ。好きだろ?だから一緒に食べよう。」

佐々木N「私はまた、死に嫌われた。」



今井(たいとるこーる)「ユリのねがいごと」



___


今井「ゆり、お待たせ。」

佐々木「お仕事お疲れ様」

今井「暑かったでしょ、ごめんね。」

佐々木「ううん。さっき着いたしそんなに待ってないから」

今井「ほら涼しいとこ行こう。顔赤い。」

佐々木「そう?」

今井「うん。」


佐々木N「ふと、立ち上がると首を汗が伝った。ああ、思っていたより暑かったみたい。手を引かれて入ったカフェはコーヒーの香りと少し甘い匂いがする」


今井「アイスコーヒー1つと、えっと、デカフェってありますか?」


佐々木N「私を早々に座らせると彼はカウンターに行きオーダーする。遠くから聞こえる声に思わず笑ってしまった。」


今井「ゆり、デカフェないみたい。どうする?オレンジかりんごならあるらしいけど…」

佐々木「いいよ、カフェイン入ってても。」

今井「よくないよ。」

佐々木「私自身そんなに気にしてないから。悠生くんだけだよ。気にしてるの」

今井「…りんごとオレンジどっちがいい?」

佐々木「悠生くん、」

今井「後悔したくないから!…ね?お願い」

佐々木「じゃあ、りんご」

今井「ありがとう」


今井「りんごで。あ、もう一つの方も同じのでお願いします。」


佐々木「大人2人がりんごジュースって、ふふ。」


今井「はい。お待たせ」

佐々木「ありがとう。」

今井「いやー今年は猛暑ならぬ酷暑だね。来年はもっと暑いのかな」

佐々木「…どうだろうね。」

今井「ゆりは?暑いの得意?」

佐々木「ううん。寒い方がマシ」

今井「俺寒いの嫌いだからなー。でも夏が好きってわけでもないし…」

佐々木「じゃあ春か秋が好きなの?」

今井「うーん。春はいつ花粉症になるかドキドキするし、秋はゆりの体調が心配だからなー」

佐々木「私?」

今井「台風とか季節の変わり目とか弱いじゃん。」

佐々木「私のことはいいよ。置いといて」

今井「ゆりは?好きな季節ある?」

佐々木「んー。秋かなー」

今井「秋?!」

佐々木「美味しいもの沢山あるから」

今井「…」

佐々木「何?」

今井「じゃあ今年も一緒に美味しいもの食べようね」

佐々木「…」


佐々木「そうだね。」



今井「今日は、駅前のクリニックだよね。14:30だったよね予約」

佐々木「そう。ごめんね、毎月付き合わせちゃって」

今井「いいよ。俺結構先生の話聞くの好きだし」

佐々木「私より喋ってるもんね」

今井「確かに…ゆりのカウンセリングなのに。」

佐々木「話すの苦手だから助かってるよ」

今井「じゃあよかった…いや、よくないのか…ん?」

佐々木「ふふ。美味しいね、りんご。」

今井「うん。たまにはいいね。さわやかだし」

佐々木「そうだね。」


今井N「白いパーカーから透けて見える黒いアームカバー。その下の赤い溝を、俺は知っている」


今井「今日、病院終わったらどうする?」

佐々木「うーん。家で映画でも見る?」

今井「せっかくお洒落してるのに?家でいいの?」

佐々木「だって、ほら。」


今井「あ、」

佐々木「クマできてる。」

今井「いや、これは」

佐々木「今週忙しそうだったもんね。」

今井「ま、漫画読んでてちょっと夜更かししただけで、」

佐々木「嘘つき」

今井「あ、じゃあ映画館で観ようよ!せめて」

佐々木「いいの。帰ろ?」

今井「でも」

佐々木「平日にお昼寝とか背徳感あるし。ね?」

今井「…うん」


佐々木N「彼が甲斐甲斐しく接するのには理由があった。左腕に残るリストカットの痕ともう一つ。」


佐々木N「私は去年、30歳の節目の日。自殺に失敗した。」


______


今井「疲れた?大丈夫?」

佐々木「大丈夫。スーパー寄るんでしょ?」

今井「どうしてもカレーが食べたいんだ。ゆりはどっちがいい?チキンカレーか夏野菜カレー」

佐々木「どっちでもいいよ」

今井「野菜見て決めていい?」

佐々木「いいよ。」


今井「ここ。座って?」

佐々木「え?」

今井「ちょっと顔色良くないから。俺急いで買ってくる。スマホ、手に持ってね。」

佐々木「大丈夫だよ。一緒に行く」

今井「いや、座ってて。買うもの少ししかないし、すぐ終わるから。」

佐々木「…ありがとう。」

今井「うん。ちょっと待ってね。はい、これ付けて」

佐々木「うん」

今井「電話繋がせて。」

佐々木「すぐ終わるのに?」

今井「後悔したくないから。」


佐々木N「片耳にイヤホンを付けて彼をそっと見送った。ベンチに座ってるのに心臓が煩い。」


今井「聞こえる?」

佐々木「うん。」

今井「すぐ戻るからね。」

佐々木「っ、は、うん。大丈夫」

今井「…あ、ゆりの好きなマスカットあるよ。美味しそうだし冷やして食べようか」

佐々木「はぁ、うん、高く、ない?」

今井「大売り出しって書いてある。他は?食べたいものある?」

佐々木「…、な、い」

今井「…うん、もうレジ並んでるからね。」

佐々木「野菜、は?見た?」

今井「パプリカ268円だって。諦めました。」

佐々木「は、マスカット、やめ、て、買ったら?」

今井「ううん。」


今井「手羽元安かったから、そっちにした。」


佐々木「あ、早い」

今井「息しにくい?」

佐々木「ちょっと、だけ」

今井「頓服飲もうか。」

佐々木「大丈夫」

今井「一応、ね?」

佐々木「はぁ、」

今井「うん、大丈夫。」

佐々木「お肉、悪く、なっちゃう」

今井「ドライアイス貰ったから大丈夫」

佐々木「…ごめん」

今井「カウンセリングちょっと長かったもんね。疲れたんだよ。」


佐々木N「息を吸うのにも吐くのにも喉が詰まって仕方がない。頭ではただの過呼吸で、息ができないわけじゃないって理解してる。なのにバカになった身体には全く伝わらないようだった。」


今井「ちょっと落ち着いてきた?」

佐々木「うん、大丈夫」

今井「…もうちょっと待ってようか。」

佐々木「何?」

今井「ゆりの大丈夫は大丈夫じゃない時に言うからさ。」

佐々木「…」

今井「手いい?」

佐々木「うん」

今井「あー。また爪のあとが」

佐々木「本当だ」

今井「見てこれ、こうするとニコニコしてるみたいだね」

佐々木「え?」

今井「ここが目で」

佐々木「本当」

今井「…うん。タクシー捕まえようか?」

佐々木「ううん。歩けるから。」

今井「無理してない?」

佐々木「うん。」

今井「じゃあのんびり帰ろう。」


佐々木N「控えめになった心臓の音と引き換えに、頭に薄く靄がかかる。考え込むよりも先に思考が泡になって消えていくような、ふわふわしたこの感覚が私は大嫌いだ。」


佐々木N「私の中の“しにたい”が暈されていく。人は考える葦である、と言うならばもう私は」


_____


今井N「駅から徒歩15分。築16年のマンションは低家賃の割にオートロック付きで角部屋には広めのバルコニーまである。ここにする、と即決した彼女はあっという間に敷金礼金を払い終えていた。」


今井N「互いの荷物を搬入した後、片付けも半ばにピクニックシートをバルコニーに敷いて2人で並んで缶ビールを飲んだ。その時ようやくこの部屋を選んでよかったな、なんて呑気に考えていた。」


佐々木「ん、」

今井「あ。起きた?」

佐々木「んー」

今井「お茶淹れようか」

佐々木「悠生くん、寝た?」

今井「うん。寝たよ」

佐々木「嘘。こっちきて」

今井「嘘じゃな、」

佐々木「あと少し、ここで寝て。」

今井「…」

佐々木「心配で寝れなかったんでしょ。」

今井「そんなこと、」

佐々木「もう平気だから。せめてちょっとは、寝て。」

今井「…うん。」

佐々木「コンタクトまで取らせたの?」

今井「そのまま寝ると良くないから」

佐々木「ほらクマ消えてない。」

今井「ん」

佐々木「疲れさせちゃったね。ごめん」

今井「ゆりのせいじゃないけど、ちょっと怖かった」

佐々木「ごめんね」

今井「ううん。…あー、やばい寝そう」

佐々木「寝たらいいじゃん」

今井「でも、ご飯」

佐々木「一食食べなくても死なないよ」

今井「死なない?」

佐々木「うん」

今井「そっか。」

佐々木「うん。死なない」


今井N「彼女がたまに不安定になることは知っていた。いつもなら少し落ち込んで数日後にはケロッとしているものだから、あまり深く考えていなかった。春も夏も長袖を着る理由も日焼けしたくないからだろうと決めつけていたし、夜の情事も明かりをつけるのを嫌がるのは恥ずかしいからなのだと思い込んでいた。」


今井N「去年の夏、俺は初めて本当の彼女を知った」



………


今井N「仕事から帰るとバルコニーに続く窓が大きく開いていた。暑い季節はエアコンを付けるから窓を開けることは殆どない。はためくカーテンの向こうに見えた彼女を俺は力任せに引き寄せた。」


今井「何、してんだ!」

佐々木「離して」

今井「危ないから」

佐々木「いいの!」


佐々木「死にたいんだから、いいの」


今井「…」

佐々木「離して」


今井N「その時初めて彼女の腕を見た。掴んだ左腕に赤く滲んだいくつもの溝。中には縫ったような痕もあった」


佐々木「あ、」

今井「ゆり、これ」

佐々木「汚いから。見ないで」

今井「汚くない。いいから、部屋入ろう。ちょっと話そう」


今井N「泣き腫らした目。艶のない髪。いつからだろう。いつからだったのだろう。俺は何も気付けなかった。」


佐々木「…」

今井「座って。窓閉めるから。」

佐々木「…」

今井「お茶、淹れようか」

佐々木「いい。」

今井「ううん。何か飲んだ方がいい。」

佐々木「…」

今井「本当はあったかいの淹れたいんだけど、取り敢えずこれ飲んで。」

佐々木「…」


今井N「ミネラルウォーターを受け取る手が小刻みに震えている。水面がゆらゆら踊る。」


佐々木「…ごめん、」

今井「落ち着いた?」

佐々木「…別に取り乱してたわけじゃない。」

今井「…」

佐々木「ずっと、ちゃんと正気。」

今井「ゆり」

佐々木「ずっと正気で狂ってるの。」

今井「…いつから?」

佐々木「悠生くんと会う前から」

今井「ずっと、その、しに、死にたいって?」

佐々木「そう」

今井「…」

佐々木「おかしい?」

今井「おかしくは、」

佐々木「おかしいでしょ。それから何年生きてんのって、何年生き続けてんのって。おかしいでしょ。当たり前に」

今井「ゆり、」


佐々木「…」

今井「ゆり、せめて今年は俺といてよ」

佐々木「何」

今井「一年、俺にも向き合わせてほしい。」

佐々木「何言って、」

今井「ごめんね。俺、何にも知らなかった。今まで何も気付かなかった。」

佐々木「悠生くんには関係ないよ」

今井「…関係、あるよ。」

佐々木「私の問題なんだから」

今井「ゆりは、俺の彼女でしょ。」

佐々木「…」

今井「そんな寂しいこと言わないで。」


佐々木「悠生くんには分かんないよ」

今井「そうだね。そうだけど、いて欲しいって思うのはゆりが好きだからだよ。」

佐々木「…でも」

今井「今年、せめて一年。一緒にこれからを考えさせてほしい。」


佐々木「でも、」

今井「うん」

佐々木「息をするのすら苦しいのに、生きてる意味ある?」

今井「…」

佐々木「じゃあ、一年経っても変わらなかったら」

今井「ゆり」

佐々木「悠生くん。たった一つでいいの。私の我儘きいてよ。」

今井「…」


佐々木「死なせて欲しい」


今井N「その時俺は何一つ言葉が見つからなかった。」


………


今井N「それからの一年は、手当たり次第何でも試した。朝の散歩からメンタルクリニックのカウンセリングと服薬、規則正しい生活リズムにバランスの取れた食事。彼女の為に、俺は藁にもすがる思いで続けた。」


今井「…ん、」

佐々木「悠生くんおはよう。」

今井「あれ、今何時?」

佐々木「8時過ぎ。」

今井「うわ、結構寝入ってた!ごめん。」

佐々木「寝入るって言ったって2時間くらいだよ」

今井「なんかカレーの匂いがする」

佐々木「チキンカレー、食べたかったんでしょ?」

今井「え、作ってくれたの」

佐々木「あとで味調整してね。私あんまり上手じゃないから。」

今井「ごめん、疲れてるのに」

佐々木「疲れてるのは、悠生くんでしょ。」


佐々木「お風呂沸いてるから、入っておいでよ」

今井「うん。」

佐々木「…何?」

今井「…ううん。なんでもない。」

佐々木「そう」


今井N「明日でちょうど一年になる。明日9/1は、去年彼女が死のうとした日だった。」


今井N「一年間の約束。その答えを俺は、未だ聞けないでいる。」


______


佐々木「おはよ、」

今井「ごめん、起こした?」

佐々木「ううん。どうしたの?」

今井「俺、今日休み取ってんのに朝から会社でトラブルあってさ。行けないって言ってるのに何回も何回もさ」

佐々木「今日用事あるの?行ってあげたらいいのに」

今井「ダメだよ!だって、今日は」

佐々木「?」

今井「ゆりの、誕生日でしょ。」

佐々木「…ああ。」

今井「…お誕生日、おめでとう。」

佐々木「…あ、りがと」

今井「今日さ、駅前のイタリアン予約しててさ。その前に水族館行って、カフェでちょっと休んで、それから」

佐々木「電話。またなってるよ。」

今井「ああもう!」


今井「千代田。いい加減にしろよな。今日は無理なんだって!…ヤバいって、お前のミスなんだろ?俺が行ったって仕方ないだろうが。部長に謝って先方にも頭下げるしか…いやだから、俺に謝ったってさ。今日は行けない。前々から有給申請してたんだって。だからさ、」


佐々木「悠生くん、行ってあげなよ。困ってるんでしょ?」

今井「…掛け直す。…いや、今日は代えきかないから。絶対行かない。」

佐々木「大人の誕生日なんて代えもきくよ?ほらまだ8時だし1日は24時間もあるんだから。」

今井「無理。今日は絶対一緒にいる」

佐々木「…またなってるよ?電話。」

今井「ああ、クソ。」


佐々木「あ、決着ついた?」

今井「3時間だけ、行ってくる。」

佐々木「偉いね。」

今井「こまめに連絡入れるから、携帯見といてね。10分返事なかったら俺仕事放り出して帰るから。」

佐々木「何?束縛彼氏みたい。」

今井「…本当は一緒にいたかったんだから、それくらい許してよ。」

佐々木「はいはい。」

今井「今度絶対連休取ってやる」

佐々木「うん。」

今井「すぐ帰るから!本当にごめん!」

佐々木「気にしないで」

今井「じゃあ、行ってきます」

佐々木「うん。いってらっしゃい」


佐々木「…誕生日。」


佐々木「もう一年、か。」


……………


佐々木N「16歳の誕生日。私の両親は離婚した。ギャンブル中毒の父とようやく別れられた母は呆気なく新しい男を作った。今思えばこの頃からだろうか、漠然とただ、あやふやにずっと“しにたい”を飼い始めたのは。」


佐々木N「私のソレは、何がきっかけだったとか嫌な思い出があるとかそういうのは全くなかった。なのにただ、ずっと消えないソレは私を酷く不安定にさせる。その度、リストカットをした。そうしたら、少しだけほんの少しだけ楽になる気がしたから。」


佐々木N「そうやって、自分の機嫌をとりながら取り敢えずを生きていた。それが、去年。ふと、“死ねばよかったんだ”と浮かんだ。汚い腕を隠し続けなくてもいい、そうだ、死ねばよかったんだ。他人に合わせられない自分を嫌うことも、他人に妬まれる自分を愛してやれないことも、何もかも、この世の上手くいかない全てを終わりにできるなら。だから、その日バルコニーの柵に足をかけた。」


佐々木N「なのに私の唯一の希望は失敗した。」


佐々木N「目の前で泣きそうに話す彼を前に、押しきれなかった。あと一年、たった一年で自由にしてくれるのなら、と彼のお願いを飲み込んだ」


……………



今井「もしもし、ゆり?」


今井「…ごめん、まだ終わらなくてさ…。意外にデカいトラブルやらかしてて。夕方には絶対帰るから、店で待ち合わせでもいい?俺、早めに終わったら先に行って待ってるから。…うん。場所メッセージで送るね。タクシー使って来て。ちょっと遠いから。うん。今井で予約してる。…分かった。ごめんね、じゃあ、また」


_______


今井N「18時、ようやく片付いた仕事をデスクに投げ捨ててカバンと上着を掴みオフィスを出た。1時間前から彼女と連絡が取れない。店にも連絡を入れたかがまだ来ていないと言う。跳ねる心臓、止まらない冷や汗。俺は、自宅までの二駅すら待てずタクシーに飛び乗って家まで向かった。」


今井N「黄色と黒のテープと、赤いパトランプ。人だかりのできたそれに、俺は愕然とアスファルトに膝を打ちつけた。」


______



今井N「6階から飛び降りた彼女は、奇跡的に一命を取り留めた。なのに、3日経った今でも意識は戻らない。体のあちこちに巻かれた包帯と腕に刺さる管が痛々しくて、やっぱりあの日会社に行かなければよかったと酷く後悔した。」


今井N「部屋のリビングには彼女の書いた“遺書”と空になった眠剤のシートが落ちていた。本当に、死ぬつもりだったのだと思うとこの1年間が余計に虚しかった。診療と服薬をすればするほど彼女の体は普通ではなくなっていった。パニック発作も昔はなかったのに、生に対する拒絶なのか週に何度も繰り返した。仕事もままならなくなり休職した。それでも、俺は生きていて欲しかった。どんな彼女になっても生きていてさえいれば、それでよかった。だから、でもそれが執拗に彼女を追い込んだのかもしれない。それでも、」


今井「一緒に、生きてほしかった」


今井「ゆり。俺じゃダメかな」

佐々木N「左側でなり続けている機械音と右手に感じる柔らかな温もり。」

今井「俺ね、岡山から桃取り寄せたんだ。好きだろ?だから一緒に食べよう。」


佐々木N「鼻を啜る音と震えた声に、首を傾けた。ああ、またこの顔だ。まだ生きている。まだ生きてしまっている。次こそは、と。私の覚悟はどろりと消えた。」


今井「おはよう、ゆり。」

佐々木「これ、取って」

今井「大丈夫?苦しくない?」

佐々木「邪魔」

今井「…ん」

佐々木「何日?今日」

今井「9/4」

佐々木「…あーあ。」

今井「ゆり、俺、我儘かな」

佐々木「なに?」

今井「俺、一緒に生きていたいんだ。」

佐々木「…約束、私は守ったよ」

今井「…」

佐々木「悠生くんは、違うんだね」

今井「これ。」

佐々木「ああ、せっかく書いたのに。もう読んだ?」

今井「ううん。だってゆり、生きてるんだから。」

佐々木「死んだら、読んで。悠生くんの為に書いたんだから。」

今井「ゆり。」

佐々木「死にたいの。私は病気じゃない。」

今井「ゆり、」

佐々木「お願い。」


佐々木「どうか、死なせてよ」


今井「ごめん、それでも生きて欲しい」


佐々木N「なんて、残酷なことを言うんだろう」


佐々木N「私はまた、死に嫌われた。」


______


今井「ん、あれ、いない。まだ4時なのに、」


佐々木N「船の汽笛。懐かしい潮の香りと、頬を撫でるベタついた風。」


今井「ゆり、早いね、あ、」


佐々木N「テーブルに置いた手紙と」


今井「ぁ…」


佐々木N「白んだ空に、今度こそ」


今井「っあ、ゆり!ゆり!」




佐々木「さようなら」

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ユリのねがいごと 有理 @lily000

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