桜の木の下で

 あの日。桜の木が切られることを知った日。早々に図書室に飽きた2人とあの道でばったり会ってからの記憶がない。2人に縋って泣いて泣いたことしか覚えていない。なんだか全てがどうでも良くなってしまって、生きているのか死んでいるのか、半分魂が抜けてしまった人のように過ごしていた。それでも時は流れ卒業の時期がやってきた。

 

 卒業式は儀式だから決められた通りに行われればそれで終わりである。正直言ってそこからの写真撮影が本番と言っても過言ではない。

「奈々ちゃん、桜ちゃん写真撮ろーよー。」

と愛ちゃんがこっちにかけてくる。どこで撮ろっかと愛ちゃんに話しかけようとすると、奈々ちゃんが

「公園、公園で撮ろうよ。」

と言った。えっと愛ちゃんが小さく驚くのがわかった。私も覚悟を決めて首を縦に振った。

「うん、そうしようか。」


 桜の木は、スリジエの木は小さな切り株になっていた。しばらく呆然と見つめていると後ろから2人に抱きしめられた。

「写真とろっか、ね。」

撮れた写真はみんな可愛く写っていて2人はいいねーと言いながら少し先を歩いていた。私はやっぱり名残惜しくなって先行っててと2人に伝え切り株に戻った。切り株に座っているといろんなことを思い出した。

「スリジエ、スリジエ。」

「呼んだー?桜。」

ハッとして振り向くとそこにはずっと会いたくて、会いたかったその美しい人が立っていた。

「どした、桜。泣かないで。」

走ってその胸に飛び込み

「ごめん、ごめん。酷いこと言って。」

と泣きながら必死に伝えた。何回も。スリジエは私の頭を優しく撫でながら

「うん、僕こそ追いかけられなくてごめんね。力がなくて木から離れられなかったんだ。」

追いかけたいとは思ったよとかまた情けない言い訳をするから、余計にスリジエだと感じられて涙が溢れた。

「そうだ、これを託そうと思って」

と彼が取り出したのは小さな苗だった。

「きっと育てたら精霊に会えるから、よかったら僕の代わりに。」

なんて言うから

「スリジエは出てきてくれないの。」

「うん、僕はこの木の精霊だから。」

「嫌だ!」

そう言って彼を押し倒した。いてて、と彼は言った後私を見上げ

「大丈夫か。」

と尋ねた。うんって言おうとして彼を見て気づいてしまった。その美しい顔が、本当に今にも消えそうなほど薄くなっているのに。もう私たちにはほとんど時間が残されていないということに。

「ーっ。」

目に熱いものが込み上げ美しい彼の顔が歪む。手を伸ばして彼の顔を包み、したことなんてないキスで彼の唇に触れた。拙いキスだったかもしれないけど。彼の体温を覚えて置けるように、彼が私の体温を忘れないように。驚いた様子を見せてはいたものの、ふっと笑って

「ありがとう、桜。愛してる。」

腕を背中に回されて包まれながら、大好きな声で囁かれた。ハッとして目を開けるとそこにスリジエの姿はもうなかった。満開の桜の花が風に包まれて花弁が頭上に吹き飛ばされる。

「私も、私も大好き。」

その真ん中で私はいつまでも空を見上げていた。

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