大雪

 修学旅行で班が同じだった2人、奈々ちゃんと愛ちゃんとは1日目の夜の後から仲良くなって二日目には3人でおそろいのストラップまで買って帰ってきた。学校の帰り道も2人ともあの一本道の先のマンションに住んでいることがわかって毎日一緒にいるようになった。話をするうちに奈々ちゃんは見かけによらず頭がキレる子で、愛ちゃんはすごく優しい子だとわかった。本当は早くスリジエに謝りに行くべきだということくらいわかっていたけれど、時間が経つほどどう謝るべきかわからなくなってしまっていた。


 ある日の帰り道、愛が突拍子もなく言い出した。

「恋バナしよっ」

「いや、急だな。」

すかさず奈々ちゃんがつっこむ。

みんなでタイプとか、芸能人で言ったらとかで大いに盛り上がった。すると菜々ちゃんがそれこそ急に私の方に向かって聞いてきた。

「桜は?好きな人いないの?」

それだけであの春の日にあった美しいスリジエが鮮明に思い出された。柔らかな髪に、陶器のように透き通る肌、桜色に染まる唇、今にも消えそうな儚さを持つ美貌。愛ちゃんが「私はね」と話し出そうとするのを「知ってる」の一言で封じ込めた奈々ちゃんにもう一度目を合わせると、じっと見つめられたあと

「いや、桜。顔赤すぎない?いくらなんでも。」

と笑われてしまった。

「ほんとだー、赤いよ。桜ちゃん。」

と愛ちゃんにまで言われてしまったけど、それは一旦置いといて私はこれまでのスリジエとの話をぽつりぽつりと話し始めた。話終わると愛ちゃんは

「えー、素敵すぎる。私も会いたい。」

と可愛い目をさらに可愛くして答えてくれた。奈々ちゃんは何かを言いかけて口を開けたように見えたけれど、ハッと目を見開いたあとすぐに、

「そうだね、素敵だよ。うん。」

と言ってくれた。


 2月になった。いまだに私は桜の木を訪れられずにいた。いつもより少し遅くなってしまったのでパンを一枚だけ食べて学校へ向かった。見る暇がなかったテレビには大雪警報の情報が流れていた。


 学校に着いて扉を開けるとすぐに

「おはよう、桜ちゃん!」

とハイテンションな愛ちゃんが声をかけてくれた。

「おはよう、愛ちゃん。」

話していると奈々ちゃんも後ろにきていたので

「おはよう、奈々ちゃんも。」

と声をかけると、考え事をしていたのか少しのタイムラグの後

「あ、桜、愛。おはよ。」

と言われたが、やっぱり何かを考えている様子だった。

「どしたの、2人とも。テンション低くない?今日は待ちに待った初雪だよ。関東めった降らないんだから、楽しまないとだよ!」

と愛ちゃんに肩を掴まれされるがままに揺すられた。そして、ようやく肩を話してもらった頃、ずっと何かを考えていたななちゃんが口を開いた。

「あのさ、桜。この前の話だけど。」

「ああ、神様。どうか桜の精霊さまをお守りください。」

迫力満点の声とともに黒板の前からのただならぬ空気を感じて見ると、進藤くんが黒いマントのようなものを羽織って祈っていた。奈々ちゃんは軽く頭を抱えた後、ややこしくなっちゃったなと呟いてから、向き直った。私が

「え、今のどう言う。なんか関係してたの。」

というと、

「この前言わなかったけど、この地域に伝わるこんな噂があるの。あの屋敷のおばあさんは魔女で、公園の桜の木の精霊と会話してるって。そんなわけないって思ってたけど桜の話聞いているとなんか重なって。その精霊と桜の話してた人が。」

頭が真っ白になった。スリジエは人じゃないの?思い返せば不思議なこと、引っかかることはあったのかもしれない。あの日、おばあさんが亡くなったという知らせはなぜわかったの?なんで服の色が徐々に変わっていたの?でも、気に留めなかった。ううん、気に留めたらなんか終わっちゃう気がしていたのかもしれない。まだまだ現実とは思えないけど、絡まっていた思考の糸が解けていく感じがした。しばらくの間2人は私をじっと見つめていた。その沈黙を隣にいた愛ちゃんがあっと息を飲んだことで破った。小さく頷いた奈々ちゃんが続けた。

「それで、この後雪が降るって。あの木公園にあるでしょ。しかもすごく大きいし。倒れたら大変だから業者の人が確認して、もしだめだったら切っちゃうって。朝、お母さんが言ってた。」

「え、切ったら、もし、もしスリジエが桜の精霊だったらどうなるの?」

「そこまでは私たちも分からない。」

と目を伏せられてしまった。窓を見ると、喜ぶレベルはとっくに超えた大雪が暗い世界の中吹き荒れていた。


 放課後。授業などさっぱり何も入っていない頭でいつもの道を歩く。2人は1人で帰りたいかもしれないからと気を遣ってくれたようだった。普段だったら用なんてないだろう図書室に行かなくちゃいけないんだと言っていたので学校で別れた。「なんかあったら戻っておいでよ。」と言ってくれた優しさが空っぽの私には染み渡った。一本道も真ん中あたりまできて、もう後少しで公園というところまできた。

「やっぱ、中が腐ってるな。」

「あー、こりゃダメっすね。」

公園から聞こえてくるその声に心臓が速くなるのを感じた。いつもだったら初対面の人に話しかけるなんてできないけど、抑えられずにとび出した。

「あの!どの木がダメだったんですか。」

おじさんたちはうーんと唸って

「公園の敷地を囲っているソメイヨシノが4本くらいと。」

「4本くらいとなんですか。」

と食ってかかる勢いで尋ねると、視線を外して

「真ん中のあのでかいのもだめだ。」

と言った。世界が白黒になって見えた。遠くでシンボルだけどとか、残念だけど危ないしねとか、いやもったいなく思うよねとか言う声が聞こえたけどもう脳には入っていかなかった。桜が、桜の木が、スリジエが消えてしまう。頭の中にはらその受け入れ難い事実だけが鐘がなるかのように響いていた。

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