修学旅行
テレビをつけるとちょうど今週の天気予報をやっていた。先週は日本列島、特に私の住む関東地方に大型の台風が接近し、この辺りもそれは荒れまくるひどい天気だった。あの桜の木も風に随分と長いこと覆われていたけれど、ツリーハウスは無事だっただろうか。いや、考えるのをやめよう。今週は全国各地、素晴らしい秋空が広がる予報だとわかるとテレビを消す。残念ながら台風で修学旅行がなくなる可能性は低そうだ。喜ぶべきだろうけれど、やっぱり憂鬱なものは憂鬱なのだ。
修学旅行当日。予報通りの見事な青空の下、私たちの小学校の6年生は日光への修学旅行へ出発した。班はどうしたかといえば、男子3人女子2人で組んでいたグループに入れられて規定の6人組がつくられた。もちろん、その女子2人はその2人で仲が良いわけだから、少し離れたところを歩いていた。
「花村さんは何買うの?」
突然後ろから声をかけられ、手の力が抜けて持っていたお土産を落としてしまった。さっき女子2人を見た時にはお揃いのストラップがどうのこうの言って長いことそのコーナーにいたからから声の主はその2人ではないだろう。
「ご、ごめん!驚かせたね。」
笑いながら拾ってくれたのは同じ班の男子の1人だった。
「あ、えっと、ありがとう。えっと、」
「進藤、進藤隼人です。」
「進藤くん。ごめん、ありがとう。」
ほんの少し、でもすごく長く感じる沈黙が流れる。やっぱり私はこういう空気が苦手だ。
「えっと、じゃあ私買ってくるね。」
とその場を立ち去ろうとすると、ちょっと待ってとパーカーの裾を引っ張られた。振り返ると彼は
「少し聞きたいことがあるんだ。」
となぜか興奮ぎみな目で言われたので
「は、はあ。」
と間抜けな返事をしてしまった。
お土産屋さんの入り口近くのベンチの周りにはちょうど人がいなくて心地よい秋風が吹いていた。
「で、聞きたいことって。」
とまたもや沈黙になってしまったのに耐えられず問いかけると
「ま、魔女!魔女のこと聞きたいと思って。」
「え、ま、魔女?」
「そう、魔女。花村さん仲がよかっただろう?僕、ずっと話してみたかったけどら結局怖くて一度も話せなかったから。」
頭の中に次々とはてなが浮かぶ。魔女?仲がいい?
「えっと、ごめん。誰のこと?」
「ほら、公園の裏のお屋敷に住んでたおばあさんだよ。あの人ここらでは有名なんだよ、そうか、花村さん転校生だから知らなかったのか。」
あー、あのおばあさんのことね。いやいや、まだ疑問が残っている。
「え、なんで、あのおばあさんは魔女なんて呼ばれてたの?」
「だって桜が咲く頃になると毎年必ず桜の花を綺麗なうちにも摘んじゃうし、散ったのもひとつ残らず回収してくし。」
「あ、それは押し花にしたりとか他にも桜の花を使って色々作っていたからだと思うけど。」
「え、そうなの。僕はてっきりその花で呪いとかしてたと思っていたのに。」
どうやら、この進藤くんはオカルト話が好きなようだ。
「残念だけど、あのおばあさんはあなたが想像するよりも怖くなかったと思うよ。」そう言って中に戻ろうとすると
「で、でも。他にもあるんだ。」
と大きな声で言われて振り返る。
「あの人は誰もいないところに向かってあたかもそこに人がいるかのように話すんだよ。これは僕見たんだ。他にもたくさん噂があるんだよ。例えば、、。」
とまだまだ進藤くんの話は続いていたけれど私はお土産屋さんに戻った。ただ一つだけ心に引っかかった。
ー誰もいないところに向かってあたかもそこに人がいるかのように話すんだよ。
その日の夜。男子とは流石に部屋が違うから、2対1の構図で泊まりだなんていやだなと思っていた。しかし、そんな心配は全くなく2人は自然と仲間に入れてくれた。つい、
「どうして、私を入れてくれるの。」
と聞いてしまったが、2人は嫌な顔せず
「いや、同じ班じゃない。しかも進藤が『花村さんは普通の人だった。』ってなんか項垂れてやってきたから。」
と笑って教えてくれた。
「どう言うこと?私普通じゃないって思われてたの。」
と言うと、2人は顔を見合わせた後、少しバツが悪そうにこう言った。
「いや、花村さんっていつもあの桜の木の公園にいたでしょ。しかも誰かと喋ってるみたいに。公園で遊ぶ6年生も珍しいし。だからきっとちょっと、うーん、かなり変な人だと思ってみんな少し引いてたの。」
誰かと喋ってるみたいっていうか、喋ってんたんだけどと思いはしたがまあいいかと思って
「そっか、そーなんだ。私、普通だよ。」
というと2人にはツボだったらしくしばらく笑っていた。
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