初夏

 次の日から私は毎日おばあさんたちのところへ学校帰りに毎日寄った。普通帰りが少し遅くなったら心配するのが親だと思うが、毎日あまりにも早く帰ってくる娘にようやく友達ができたと思ったのか逆に安心されたので都合はよかった。学校での友達ではないのは申し訳ないが私にとって2人は歳の離れた良い友達になった。

桜の花で押し花を作ったり、お菓子の作り方を教えてもらってみんなで食べたり。まあ、昨日作ったチーズケーキは味見味見というお兄さんに全て食べられてしまったけど。初めこそ戸惑ったものの私は3人で過ごす時間を楽しみにするようになっていた。あまりにクラスの人と話さなかったからかなんだか少し私に対する嫌な空気というか、噂が回っているような感じがしたが気に留めることはなかった。

 

 咲き始めが遅い今年の桜でさえ葉桜もいいところとなった頃、おばあさんは入院するため離れることになった。綺麗な顔をぐしゃぐしゃにして子供のように泣き喚くお兄さんをおばあさんはなだめてから私に向いて

「桜をよろしくね。」

と言った。

「はい、もちろんです。」

と元気に答えた私に満足げに微笑んで車に乗り走り去って行った。まだ泣いているお兄さんに珍しいし、これはいいものを見たと思って

「何そんなに泣いてるの。大の大人でしょ。また帰ってくるじゃない。」

と言うと

「いや、わかるんだよ。きっともう帰ってこない。」

「なんでよ、帰ってくるよ。」

「いや、こない。僕にはわかるんだ。」

そう言って桜の木の下にしゃがみ込んだ。かける言葉が見つからずとりあえず頭を撫でた。顔を少しあげまだ赤い目でちょっと微笑むと

「僕にとってはばあちゃんってよりお母さんなんだよ。でも、もう体悪くて。きっと帰って来れないんだ。」

私は頭を撫でたまま

「じゃあ一緒に行けばよかったじゃない。追いかければ間に合うかもよ。」

彼は頭を左右に振ってどこか遠くを見つめる目をして続けた。

「それはできないんだよ。それができたらとっくにしているよ。」

なんだか難しい話になりそうでよくわからなくなってきた私はそっかと当たり障りのないことを呟いた。急にガバッとお兄さんが体を起こして私を見たので驚いていると

「ねえ、君はいなくならない?僕を1人にしない?ずっと一緒にいてくれるか。」

「え、なに。」

と照れているとまた

「答えて、一緒にいてくれる?」

と吸い込まれそうな瞳で訴えられた。それに従うように頷くと彼は天使のような笑顔で笑った。


 思えば私は彼のことをほとんど知らなかった。おばあさんがいなくなった後からより一緒にいるようになったので、ここぞとばかりにいろんなことを聞いた。まず最初に聞いたのは

「名前?なにどーしたの、今更」

初夏の風に髪をなびかせながら彼は笑っていた。私が

「いいでしょ、聞いてなかったことを思い出したの。」

と言うと、顎を手で支えるポーズをとった後

「うーん、好きな名前で呼んでよ。なんでもいいから。」

「え?名前を聞いているの、私は。」

「うーん、だからあんまりそういうこと考えたことなくってさ。」

意味がわからない。けどそういうならしょうがない。

「じゃあヴィーナス」

「え、ヴィーナス?僕、男なんだけど」

「だって、桜の木の下で会うから桜かなって思ったけどそれ私の名前だし。」

「えー、でもさぁ」

とブツブツ文句を言っているから、スマホで「さくら 外国語」と検索する。するとフランス語で桜はcerisierというらしいことがわかった。ただ読み方がセリシールなのかスリジエなのか調べてもよくわからなかったので気に入った方で聞いた。

「じゃあスリジエは?」

「え。なーに、それ。」

「フランス語で桜って意味。多分。」

「多分て。」

とまたけらけら笑っていたけど

「いーよ、じゃあスリジエって呼んでよ。」

と私の方を見て言った。

 

 他にも好きな食べ物とか動物とか色とかどうでもいいようなこともたくさん聞いた。スリジエはいつも「なになに、どした。」と楽しそうに私の質問を聞いてはどうでもいいことなのに真剣に答えてくれた。朝学校に行く前にも帰るときもどっちも一緒にいれるギリギリの時間まで粘ってスリジエと過ごした。何歳なのか聞いたこともあったが「桜が考えるよりかはお兄さんだよ。」とかいうよくわかんない返事しかくれなかった。見た目に反してお茶目な一面をもつものの基本的には大人でかっこいいスリジエに私は当たり前に惹かれていっていた。彼が恋人といるところは毎日一緒にいても見なかった。だからきっと私が1番なんだという謎の自信が湧いてきていた。


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