第43話[本編、最終話]幸せへと続く道(新聞記者とアイリスの視点が交互に入れ替わります)

 王女誕生の一報が国中を駆け巡り、ハイラの国は祝賀ムード一色となった。

 王子の場合は紺、王女の場合は薄紅色で祝福するのが慣わしである。見渡す限り、どこもかしこも淡いピンク色だらけだ。大通りではピンクののぼりが旗めき、ピンクの風船に、ピンクの綿菓子を持つ子ども、ピンクの服を着た人々が行き交っている。


 命名されてから首が据わるよりも早く、スカイフォード王太子殿下・アイリス王太子妃の第一子お披露目パレードは開催された。


 ゆっくりと王城を出発した白馬が牽引するフロート車に、スカイフォード王太子とアイリス王太子妃が仲睦まじく産まれたばかりの我が子を抱いていた。


「「「わああああ!!!!」」」


 その雨の様な喝采は、王女・ウィンディアに降り注ぐ。


「今後十年は、ウィンディアという名前の女の子が増えることだろう、マルと…」


 新聞記者はパレードの様子を手帳に記した。


(なるほど、スカイフォード王太子殿下のお名前に寄せたのか…。確か空を渡る、という意味だったと思うが…)


 ふむふむ、と思いながらペンを走らせた。


(あれ?確かアイリス王太子妃は、ハイラの新しい風と呼ばれていたよな…)


 しばらく考え込んでから、ぱっと閃いた。


「なるほど!だから風、ウィンディア様だ!!!!」


 ぽんぽんと何度も手を叩いた。





✳︎ ✳︎ ✳︎





「ウィンディアは大人しいのね。ねえ、スカイフォード様、この歓声の中で全然泣かないわ」

「うむ、産まれながらにして、僕なんかよりも王族の品性と気品を持ち合わせているな」

「それ、自虐ですか?」

「はっはっは!」


 わあわあと薄紅色の旗を振る民衆に手を振りながら、微笑みあった。


(あら?)


 群衆から少し離れたところで、イサク人の浮浪者が呆然とこちらを見て立ち尽くしていた。


 ハイラは貿易が盛んになって、国際化がどんどん進む反面、移民の問題に頭を悩ませている。


(早急に手を打たなければならないわね)


 イサク人の浮浪者は、私をじっと見つめると地面に膝をついた。


(あら…?)


 そして地面に両手をつくと、そのまま伏してしまった。頬がこけて髪も伸び放題、けれど確かに面影がある。


 それを見て、私はそっと風に囁いた。


「元婚約者様、どうぞ後悔してください」

「…?何か言ったかい?」

「いいえ、何も」


 おでこを突き合わせて、腕の中の幸せを噛み締めた。





✳︎ ✳︎ ✳︎





「おい、邪魔だ!どけよ、イサク!」


 道端に転がったイサクの浮浪者を酒に酔った男が蹴り飛ばした。その様子に思わず顔を顰める。


「最近多いなあ。…次の記事のためにメモしておくか。イサクからの移民問題はこれから解消していかなければならない最重要事項である、マルと」


 いつの間にかこちらへと這ってきた浮浪者は、新聞記者の足を掴んだ。


「おい、何書いてるんだよ」

「うわ!やめろ!!」


 その男は、無理やりに記者の手帳を奪うと、スラスラとその字を読んだ。


「…お前、字が…読めるのか?」

「僕はなぁ!貴族なんだぞ!!こんな…こんなもの!!!」

「あああ!!何をするんだ!」


 手帳をめちゃくちゃに破くと地面に叩きつけた。

 新聞記者は、男を思い切り殴りつけて破れた手帳をかき集めた。

 殴られた男は蹲って呻いている。


「アイリス……っっっ!!!くっっそぉぉぉ!!!」


 がんがんと地面を拳で殴りつけて咽び泣いている。

 気味が悪くなった新聞記者は、それ以上関わるのをやめて立ち去った。





✳︎ ✳︎ ✳︎





 まだ残った紙片が春風に舞って、その様子をフロート車からじっと見ていたアイリスの目に、一層その男を惨めに映した。


(言ったでしょう、もうお互いの人生で道が交差することはないと)


 ベラッド伯爵は、カインを勘当して間も無く鬼籍に入ったと聞く。頼る実家も友人も無くした彼が、何を求めてハイラに渡ったのかは知る由もない。


(貴方は自分で未来への希望も幸せもその手で潰して、そして萎んでしまったのよ)


 私はもう、それ以上哀れな人を見るのをやめた。その瞬間、私は瓶底眼鏡の自分と本当に決別できた気がした。


 歓声と、腕の中の吐息、そしてスカイフォード様がくれる眼差しが今の私の全てだ。


 パレードの列は、幸せが降り注ぐ道をただひたすら未来へと進んで行った。

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