第42話新しい、いのち

 それから三年の月日が経った。


 私は相変わらず、貿易や店舗の経営、それから王太子妃としての職務に奔走する毎日を送っている。


「ああ!シャイニー、今日も何て愛らしいのかしら!」

「見ろ!こんなに小さな指に、ビーズより小さな爪がついているぞ!」


 スカイフォード様も、私も、産まれたばかりのシャイニーにベタ惚れである。きゃっきゃきゃっきゃとはしゃぐ大人を、きょとんとした目で新生児が見つめ返してくる。汚れを知らない、ガラス玉のような瞳。


「お二人とも、もう少し小さな声でお願いできませんか…」


 ちょっと疲れた顔のフォンミーが、大人気なくはしゃぐ私たちを窘めた。


「うっ…ごめんなさい。あんまり可愛くて、つい…」

「フォンミーとランナイの子どもなんだから、僕たちの子どもみたいなもんだし…」

「そういえば、ランナイさんは?」


 フォンミーは、産後の怠そうな身体を何とか起こしている。


「私がいない間、イェット・パレットで売り子をするのだと張り切っておりました。恐らく、今頃品出しでもしているのでしょう」


 フォンミーには夢があったらしい。それは、化粧品を扱う店で働きたいということ。

 それを知って、ウシナから輸入した化粧品を販売するにあたり、店舗運営はフォンミーに任せる事にしたのである。

 もともと、とてもメイクが上手な彼女は、化粧品を売るだけではなく、メイク方法などを丁寧に教えてくれると評判になり、客足は絶えない。連日行列を成す人気店だ。


 けれど…


「でも、ランナイさんが化粧品店の店頭に立ってどうするの…?」


 ちょっとガタイの良い飴売り職人の彼が、ご婦人に化粧品を勧める不思議な光景が浮かんで、思わず吹き出してしまいそうになった。


「いえ!それが意外と好評なんです!」

「まあ、それはなぜ?」

「男性目線で選んでくれるって、ありませんでしょう?殿方と一緒に化粧品を選びたい女性って結構多いんですよ。でも、そういう男性は残念ながらなかなかおりません。大体店の前で待っているか、カフェで暇を潰すか…」

「なるほど!!二店舗目を出す時の参考にさせてもらうわ!」


 しかし、飴作りやキャンディスの供給が止まっているとは聞かないし、ランナイさんの身体も心配である。


「…子どもができるって大変だけれど、フォンミーもランナイさんも、今が一番生き生きしているわ」

「…アイリス様も、もうすぐそうなるではないですか」


 すっかり大きくなった自分のお腹を撫でた。


「フォンミーのこと、すごく尊敬するわ。我が子に早く会いたいけれど、実はその分だけ不安も大きいの…」

「分かります。私も怖かったですから」

「やっぱり、痛いの、よね?」

「それはもう痛いですよ!木から落ちて足を折った時の比ではありませんでした!」

「…あなた、意外とお転婆だったのね」

「あっ…」


 顔を赤くして頬を押さえている。以前ではこんなに感情を表に出す彼女は見たことがなかった。母親になって、良い意味ですごく変わった気がする。


「僕がその不安を取り除いてあげたいのだが…」


 お腹に当てた手に、後ろから大きな手が重なった。

 不思議と胸に安らぎが訪れる。


「…スカイフォード様は、いつも私の不安を払ってくださいます。こうしてくれるだけで、十分ですわ」

「アイリス」


 ふふふ、と微笑みあっていると、フォンミーが制した。


「ごほん!お二人とも、仲がいいのは宜しいですが、ここでいちゃつかないでください!」

「あらやだ、私ったら…」


 スカイフォード様は咳払いをして、そっと腰に手を回してくれた。

 どうしても反り腰になって痛むので、気遣ってくれたのだろう。

 腰は温かいし、いつの間にか眠ってしまったシャイニーにつられて、こちらまで眠くなってくる。

 スカイフォード様はそれに気がついて小声で言った。


「眠ってしまったみたいだから、僕たちは失礼するよ。フォンミーも今のうちに休むと良い」

「お気遣いに感謝申し上げます」


 出産祝いのベビー服を渡して、その場を後にした。

 扉を閉めた途端、耳元で「くちづけがしたい」と言われたので、囁かれた方の耳を押さえた。

 心臓がバクバクする。


「きゅ、急に何です!?」

「君を担いで走って帰りたいくらいだ」

「だめです!嫌です!」


 すたすたと歩き出すと、後ろから追いかけてきた。


「おいおい、歩いて大丈夫なのか!?心配になる…」

「お気持ちは嬉しいですが、産婆からもなるべく歩きなさいと言われております」


 くちづけなど口実で、少し歩くと息が上がる私を気遣ってくれているのである。スカイフォード様は優しいのだ。

 いつも自信に満ちた彼が、オロオロしている姿はなんとも微笑ましかった。

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