第33話うさぎの飴(スカイフォード視点)
ティアナが美味しそうに飴を頬張っている姿を見て、大人達もなんだか食べたくなってしまった。
それで、ドストエス家の人たちと僕は、飴を舐めながらティアナと笑い合っている。飴を食べるなど、何年振りのことだろう。
けれども、それはなんとも微笑ましい光景だった。
(アイリスがうさぎの飴を舐めているのがたまらなく可愛いな)
ふふふと溢れた笑みに、アイリスが首を傾げた。
「僕も欲しいな」
「あっ…」
アイリスの手を引き寄せて、兎の飴を舐めた。
「なっ!!!なにする…」
「うん、甘い」
顔を真っ赤にして、固まっているアイリスに躊躇わず口付けすると、義兄達からヒューヒューと声が上がった。
「よして下さい!家族の前で!」
「うん?両親は僕の前で普通に愛情表現するぞ」
「ここはイサクです!」
「まったくもう!」と言いながら顔を覆っている。その可愛さに溺れて死んでしまいそうだ。ああ、そうなったらどんなに本望だろう。
胸が苦しい。きつく抱きしめ、今すぐどうにかしてしまいたい。
「まあ!ハイラの方は情熱的ね!」
「オホン!!オホン!!!」
何か触発されたらしい義母君とは対照的に、義父君は居心地が悪そうにしている。
「私たちもあと十年若かったら、どうだったかしら?」
「お義母様、愛情表現に年齢はさほど問題ではありません」
「王太子殿下はいつも刺激的で先進的なお考えをお持ちですのねぇ」
「いえ、それはアイリス殿にこそ言える事でしょう」
「あらぁ、貴方本当に良かったわね、アイリス。こんなに素敵な方と巡り会えて」
暫く顔を覆っていた手の隙間からこちらをちらりと見て、こくんと頷いている。
義父君は、舐め終わった飴の棒の所在を決めかねて、何か気がついたらしい。「そういえば…」とぽつりと言った。
「アイリス、なんだってティアナが泣いたんだい?いや、なんだかどうにも様子が変だっただろう…?」
(それは僕も気になった。アイリスの清々しいまでの表情と、ティアナが激しく泣く姿が対照的すぎたんだ)
幼児が泣いていたら、あやすか慌てるか、そんなところだろう。加えて、なぜ二人は門から外に出ていたのだろうか。
よく思い返してみれば、花びらがいくつか地面に落ちていた気がする。
「つまらないことですわ」
「そうか?まあ、ティアナの機嫌が直ったならそれで良いが」
(あの花は…)と記憶をたぐった瞬間、口からつい思ったことが溢れた。
「薔薇の…花びらが…落ちていた、な」
僕の言葉を聞いたアイリスの表情が見る見る翳っていく。それで僕はピンと来た。
「…アイリス。まさかとは思うが、カインが関係しているのではないだろうな?」
その場にいた誰もが固まって、俯く彼女を見た。
「…ええ。ティアナに、飴をやるから私を連れてこいと…」
「なんてこと!!」
義母君は顔を赤くして口元を押さえた。その手は怒りで激しく震えている。
義父君は胸を押さえてテーブルにもたれかかった。みんなが駆け寄る。
「お父様!血圧が上がってしまいますわ!」
「ふぅ…うっ…すまないが休ませてくれ…今怒ったら倒れてしまいそうだ」
「あなた、大丈夫!?早く横に…!!」
それで義父母達は退出した。
ドストエス家の人たちは、こういうことに慣れているらしい、心配はすれど慌てることはなかった。けれど、僕は初めてのことで動揺する。
「大丈夫なのかい?」
「ええ、父は血圧が高いのです。しばらく横になっていれば落ち着くはずですわ」
重い沈黙が流れる中でも、ティアナはのんきに飛び回っている。長兄がアイリスを見ることなく言った。
「お前、カインに何された?」
「兄上!何もそんな聞き方…」
「黙っていろ、シュメク」
義兄達のやりとりにアイリスは、顎を引き凛とした佇まいで毅然と訴えた。
「何もされていませんわ。ただ私がスカイフォード様と婚約したのに、自分は退学になったのが対照的で面白くなかったのでしょう。改めて私にプロポーズしたいと」
「馬鹿な…婚約は解消されたんだろ!カインの野郎、ついに頭がおかしくなったのか?」
「…カイン様自身は、婚約破棄については父君の一存で自分は了承していないという言い分なのです」
「あの野郎!散々アイリスに辛い思いをさせておいて…ぶん殴ってやる!」
「兄上!!」「やめてちょうだい!」
姉弟達が腕を引っ張り、必死に止める中、アイリスは口元だけを動かして冷静に宥めた。
「…お兄様。私、言ってやりました。ずっとずっとカイン様に言ってやりたかったことを。私自身の言葉であの方を拒絶したのです。貴方のことを愛したことなどないと。これからの人生で貴方と道が交差することはないと…!!!」
義姉や義兄達は、もみくちゃになった姿勢から緩りと立ち上がった。
それから怒りに任せて乗り込もうとした長兄はバツが悪そうに頭をわしゃわしゃと掻いてからアイリスに向き直った。
「…うん。我が妹ながら強くなった。…これからお前を守るのはスカイフォード王太子殿下だったな。出過ぎた真似をした」
はあ、とため息をついてから乱れた衣服を直し、僕の前で頭を下げた。
「…殿下。妹はこの様に、時々驚く様なことをしでかします。多くは大事には至りませんが、ほんのごく稀に自分で抱え込みすぎて潰れてしまうことがあります。とても次期王妃の器とは言えないかもしれません。けれど、大いに傷ついてそれでも逞しく上を向く妹だからこそ、広く皆に愛されることでしょう。…どうか、妹をよろしくお願いします」
「お兄様…」
僕は、義兄上の心からの言葉に、思わず肩に手を乗せた。
「大事な妹君を、幸せにします」
義兄上は、ふっと笑んだ。
「まあ、時々はこのお兄様を頼りたまえ」
「はあ…」
ひらひらと手を振って「お二人さん、お幸せにな〜!」と言いつつ部屋を出た。
「兄上はいつもあんな感じなのか?」
「ええ、いつもあんな感じです。ふざけている様で、一番真面目。人一倍愛情深い。…まあ、私にも適当なのか真面目なのかよくわからない時がありますけど…」
「良い兄上を持ったな」
「はい」
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