第32話飴を買いに(スカイフォード視点)
「おい、アイリス!大丈夫なのか!?」
「ええ、ティアナを泣かせてしまいました」
「びええええっ!〜〜っっ!!!びええええん!!」
よたよたと朧げな足取りで母親に抱き着いたティアナは、抱っこされてもなお機嫌がなおらなさそうである。
「まあまあ、どうしたの?」
「アイシューが意地悪ちたあぁぁぁぁ!!!」
涙がポロポロ溢れて、母親の肩を濡らしている。
アイリスは大層申し訳なさそうに幼児に向かって頭を下げた。
「まあ、嫌われてしまったわ…。ごめんなさいね、ティアナ。良かったらお詫びにこの後お菓子を買いに行きましょう」
「うん、いいよ!行く!!」
その場にいた大人が全員、ズッコーと崩れ落ちる。
(なんて簡単な…)
まあ、子どもなんてそんなものなのだろう。
(何があったのだ…しかし…)
アイリスはなぜかさっぱりとした顔をしている。ティアナが泣いて、アイリスは晴々としていて本気で訳がわからない。
「スカイフォード様、ティアナの御機嫌取りに付き合って下さいませんか?」
「勿論だ」
「お姉様、良いですか?」
「殿下が良いと仰るなら、ぜひお願いするわ」
こうして、なんとも不思議な組み合わせで買い出しに行くこととなった。
とはいえさすがに目立つので、サングラスなどをかけて少々変装してみる。けれどそれでもアイリスの美しさに気がついて、振り返る男たち。彼女の肩を抱き寄せて睨みをきかすと、皆血の気が引いた顔で去って行った。
「スカイフォード様、歩きにくいですわ…」
「仕方がないだろう。目線で汚されたくない」
「目線で?何をするのです?」
「ゲフンゲフン!!」
しかし
(子どもというのは、こんなにも覚束ないものなのだな…というか危なっかしい…)
握る手にじんわり汗が滲むけれど、それでもなお大人を頼りに力一杯握りしめている。
かといって、それに安心し切っていると、子どもは鼻息荒く懸命に突き進んでいるので、ふとした拍子に手を離して駆け出してしまう。
(ヒヤヒヤする…)
「あ!!!あ!!!!飴だ!!!飴だねぇ!!!!」
「あれは飴細工の屋台ね」
(あめ、細工?)
三人で近寄ると、まだ柔らかい飴を器用に兎の形にハサミで切っているところだった。
「ほお?器用なものだな」
「飴細工は初めてですか?」
「ああ、ハイラでは見ないものだ」
ティアナはぴょんぴょん飛び跳ねて兎の真似事をしている。
「しゅーごいねえ!!!ぱちぱち!」
「おや、お嬢ちゃん!気に入ったかい?こんなのもできるぞ」
ちゃきちゃきとリズミカルな音と共に出来上がったのは、熱帯魚だった。
(ほお、美しい)
しばらく手捌きに見惚れていたティアナが、目を輝かせてきゃあきゃあとはしゃいだ。
「わーーーー!!お魚しゃんだーーー!!!綺麗だねえ!!ティアナ、これにしゅる!!」
「お!気に入ったかい?お父さんとお母さんに買っても良いか聞いてごらん」
(お父さん!!!お母さん!!!!)
まるで雷に打たれたかのような衝撃が全身を駆け巡る。
(良い…とてつもなく良い…)
アイリスは固まった僕を見て、慌てて否定した。
「あ、ごめんなさい、この子は姪っ子なんです」
「おや、そうなのかい?とっても幸せそうだからてっきり…」
(幸せそう!!!!)
僕は多分背後にとてつもないオーラを吹き出していたのかもしれない。僕がかける言葉に主人は怯えた。
「店主…」
「え?…ひ、ひいっ!!!」
「…この店の飴細工を全て売ってくれ」
「は…はい?えっと…全部というのは…」
「全部だ。金なら、ある」
色の薄いサングラスをおでこまで上げて店主を見下ろした。
「ひいいぃ!!!かしこまりました!!!…あれ?全部買ってくれるって事ですか?」
「そう言っている」
と言うと、店主はほっと胸を撫で下ろした。何をされると思ったのだろうか。
「ありがたいんですがね、それはちょっと困ります」
「む、なぜだ」
「他の子どもたちが、飴が買えないと困りますでしょ?」
日焼けした肌に、にかっと白く光る歯。滴る汗を職人服で拭っている。
「…うむ、確かにそうだ。店主、益々気に入った。なら買える分だけお願いできるか」
「あいよ!」
うさぎ、熱帯魚、花、蝶、インコ…売ってくれる限り、十個ほど買い込んだ。
ティアナは、その全てを瞳を輝かせて見つめていた。
「あらまあ、こんなに沢山!屋敷に戻ったらみんなで食べましょう」
店主の男は巻いていた手拭いを取り去って頭を下げた。黒い髪の毛は短く刈り込んでいる。
「ありがとう、ございました」
僕は微笑み、サングラスを外した。
「熱帯魚か…」
「だめだよ!お魚しゃんはティアナのだよ!」
「なっ…良いじゃないか!!」
そのやりとりを、きょとんとして見ていた店主が、大笑いした。
「はっはっは!!熱帯魚、もう一匹作りましょうか!!」
僕は思い切り恥ずかしくなってしまって、その申し出を断った。
屋台を後にすると、次から次へ子どもたちが飴細工の屋台に駆け寄っていった。
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