第26話婚約披露
スカイフォード様は、なんだか自信満々で堂々胸を張って私を紹介するが、周りの目線はどうにも冷たい。
婚約式は滞りなく終わり、厳粛だった雰囲気から一転、祝賀パーティでは賑やかである。
「私は、自分の手でこの国の方達に示したいのです」
昨夜、シャウダン伯爵とスターレスカ様から輸入品の加工販売事業に誘われて、ぜひ私も携わりたいと力説をしたところ
「君を誇らしく思うよ。ぜひやってみたら良い」
と言われて正直拍子抜けしてしまった。
(もっと反対されるか、シャウダン伯爵の元に押しかけるかもしれないと思ったけれど、すんなりと了承されるなんて)
私は思ったよりも信用されているのかもしれない。それ以上にシャウダン伯爵への信頼があってこそだけれど。
そんな訳で、スカイフォード様から
「アイリスは可愛いだけじゃなくて、かっこいい女性なのだから、もっと胸を張って」
と耳元で言われているのである。そんなことをされたら、一層顔が赤くなってしまう。
どちらかといえば、ビシッとかっこよく決めたスカイフォード様が、自慢気に私を紹介している構図というのが、なんとも可愛いというのに。
(私はスカイフォード様に釣り合う女性でありたいと、そう思って一生懸命背伸びしているの、貴方は知らないでしょう?)
少しは隣にいて変じゃない私になったかしら、とそんなことばかり考えているのだから。
相変わらず周りからはヒソヒソ声と、刺さる様な視線。まるで針の筵の様な気分だ。
(スカイフォード様は、きっと悪印象を払拭しようとしてくれているのだわ)
私も懸命に前を向くしかない、そう思った時だった。
ゾッ
殺気を孕んだ視線が背中に刺さっている。恐ろしくて動けなくなってしまった首を必死に動かして辿ると、それはニーアール様だった。
彼女は鮮やかなケープに白いドレスを着ている。いくらここがハイラでも、少々場違いな服装である気がした。
怖いくらいに張り付いた笑顔と、思い切り見開いた目が私に向けられている。
スカイフォード様はニーアール様を認めると、私を伴って歩んでいく。異様な雰囲気を纏った彼女に近づくたび、身体がいうことをきかなくなって、何度か足が縺れた。
「ニア、今日は来てくれてありがとう」
「…おにいさまは、どうやら勘違いをされているみたいです。ニアはおにいさまを、ましてやこの女を祝いに来たのではありませんわ」
こつ、と私の前に一歩進んだが、どうやら靴が真っ白だ。
(え…?)
「綺麗なドレスでしょう?」
鮮やかなケープを取り去ると彼女は純白のドレスを身に纏っていた。
(っ!!!)
いくら文化の違いがあれど、ハイラもイサクもドレスに関するマナーは同じはずだ。純白のドレスは花嫁衣装である。
ニーアール様は、わざと私に分かりやすいように、ドレスで抵抗を示しているのだと瞬時に理解した。
取り去ったケープを、私にふんわりとかける。
「どいて?おにいさまに触らないで欲しいの。そこは貴方の場所じゃない」
異変に気がついた貴族たちが騒ついている。
ニーアール様の本意に気がついていないのだろうか、スカイフォード様は動揺することなく言い放った。
「そんなに兄貴分が婚約するのが寂しいか?ニアはいつまでも僕の妹だから安心してくれ」
「おにいさま、私は…!」
ニーアール様を黙らせるようにぐっと抱き寄せた。抱き寄せられたニーアール様の頬はぼわっと上気する。
「っっ…おにい…」
「…黙れ」
スカイフォード様は顰めた声で静かに怒った。
「お前は仮にも王族だ。ニアが僕に親族以上の感情を抱いていたとしても、僕は軽率な行動を取るような奴と添い遂げる気はない。今のお前はどうだ」
ニーアール様の上気した頬は一気に青ざめていく。
パッと離れると、私にかけられたケープをニーアール様にかけ直して、一際大声で言った。
「今日は少し冷えるからな。アイリスの心配をどうもありがとう。だが、ケープがなければニアはまるで花嫁のようなドレスになってしまうじゃないか。気遣いも良いが、自分のことも考えた方がいい。まだまだだな、ニアは」
くるっと踵を返すと、私を伴って足早にニーアール様から離れた。
耳元に唇が近づいて「すまない」とだけ言われた。
「なんだなんだ?」「さあ?」「ニーアール様がお寂しいのですって」「ふふふ、可愛らしいわね」「でも何か変じゃなかった?」「そう?」
貴族たちは騒ついたが、やがてそれぞれ違う話題へと逸れていった。
ニーアール様はケープの端を掴んだまま俯いて立ち尽くしていた。
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