第22話数えた日々

 来客の報せを聞き、手短に支度を済ませると彼女が待つ応接間へと急いだ。


「お待たせいたしました。またお会いできて光栄です」

「殿下がお風邪を召したと先ほど聞き及びました。まさかそのようなことになっているとは知らず、大変な時に押しかけてしまって、申し訳ないですわ」


 私に来客など、一体どなたかと思ったけれど、それはなんだかさっぱりとされたスターレスカ様だった。

 まるで雨が降った後の晴天のような清々しさがある。


(毒気が抜けたと言うよりも…これが本来のこの方なのだろうか)


 紅茶と共に、私が祖国から持って来たオランジェットをお出しした。


「…修道院に行くと聞きました」

「ええ。私からお願いしましたの。父から公爵家の面汚しと追い出されたところを、シャウダン伯爵はそれでも結婚しようと言ってくださったのですが、丁重にお断りしました」


 それがこの方の決断なら、私はただスターレスカ様の幸運を祈るしかない。


「…今日は、お礼とお別れをしに参りましたの」

「そんな寂しいことを仰らないでください。ハイラに来て、初めて気さくに接してくださる方に出会えましたのに」

「ええ、私も初めて本当のお友達になれそうだと感じております」

「なのに、行ってしまわれるのですか?」


 スターレスカ様は寂しそうに笑う。思えば、この意味ありげな微笑みしか、彼女の笑顔を見たことがない。


(そうだ)


「スターレスカ様、祖国の菓子です。どうぞ召し上がってください」

「これは、なんでしょうか?」

「オランジェットですわ。細切りにした乾燥オレンジにチョコレートをかけたものと、輪切りのオレンジにチョコレートをかけたものです」


 ぽり、と心地よい音が響く。細切りのオランジェットはチョコレートの甘さがよく引き立つのだ。

 スターレスカ様が恍惚の顔で「うーん」と唸った。


「こちらも食べてみたいわ」と言って、輪切りの方もさくりと召し上がった。


 私は知っている、その後に飲み下す紅茶の苦味がオランジェットの苦さをすっきり連れ去ってくれるのを。


「…とても美味しいわ!イサクにはこんなにも美味しいものがあるのね!細い方は甘さが勝つけれど、輪切りの方は苦さが引き立つのね!なんて面白い食べ物でしょう!また頂きたいわ!」

「私の好物なのですよ。沢山持って来ましたので、良かったらお持ち帰り下さい。…あ、でも修道院に持ち込めないのでは…」

「……うっ…」

「オランジェット、いつでも食べにいらっしゃいませんか?」

「アイリスさん…そんなことを仰ったら、せっかく決意したのに、揺らいでしまいますわ…」


 それからスターレスカ様は、公爵家での日々をぽつりぽつりと話しはじめた。





✳︎ ✳︎ ✳︎





 ある寒い冬の夜、ルイストン家では待望の双子が産まれようとしていた。

 一人目を取り出したが、そこからどうも上手くない。

 ルイストン公爵夫人は緩やかに意識を失っていく。


 結局、二人目は死産、ルイストン公爵夫人も帰らぬ人となった。死んで生まれた子供は美しいブロンズ、対してスターレスカは赤茶髪だった。


 この子には星のない夜の様になんの希望もない。それで"スターレスカ"と名付けられた。

 対して死んで生まれた妹の方には美しく光り輝く"ベガ"と名付けられた。

 まるでタロットカードの正位置と逆位置。


 十八歳の今日に至るまで、親子らしい会話はほぼ皆無。

 世話係の数も最低限なら、ドレスや装飾品も公爵令嬢として公の場に出る以外は身につけることすら許されず、ただ狭い自室で十八年を数えた日々だった。

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