第21話風邪
結局、会は当然お開きとなり、去る背中からは、いつまでもいつまでも囂しくルイストン公爵の声が響いていた。
スターレスカ様といえば、どこか吹っ切れた顔で私に向けてひらりスカートを広げた。その表情に清々しささえ感じる。
馬車に向かう途中、フォンミーが視線を落として問うた。
「…アイリス様、どうして私の言葉一つで毒が入っているなどと思ったのですか?」
「スターレスカ様とお話しした時、なんだか消えてしまいそうに感じたのよ。それなのに、初対面の私に少々強引なのが気になったの。今思えば、儚げなのに強引なのがアンバランスだったのよ。人間誰しも多面性があるけれども、急な変化はやはり何か隠している時だわ。…貴方のおかげだわ、フォンミー。今日できたばかりの大切な友人を一人失うところでした」
「…なぜ、私の言葉を信じたのですか?」
「何でもかんでも疑ったりしないわ。貴方はよく気がついて、テキパキと仕事ができる優秀な侍女だと思っています。私のことが嫌いなだけで」
「…ご自覚がおありなのですね」
「あら、今更おかしなことを言うのね」
(つくづく変な人だ)とでも思っているのだろうか。
「でも、ありがとう。フォンミー」
「どんな異変も報告するのも私の仕事ですから」
「その仕事に対してのお礼よ」
あまり褒められ慣れしていないのか、大層居心地が悪そうにしているが、その頬は赤い。
馬車に乗り込むスカイフォード様の手にぎゅっと力が籠った。
そうして無理矢理に押し込められる。
「ど、どうしてしまわれたのですか!?」
突然ぎゅうと抱きしめられる。腕の力強さに驚いた。
「もう、あんな危険な真似をして…君に何かあったら……。頼むから、次から僕を頼ってくれないか」
「…お言葉ですが、一刻を争う事態、ああするしか…」
「聞き分けの悪い」
乱暴にくちづけされ、漏れる吐息が熱い。
「も、もう、分かりました…殿下の仰る通り、次から頼らせて…」
「殿下などと…急に他人行儀じゃないか。僕の名を呼ぶんだ」
「スカイフォード様を…頼ります」
「うん、良い子だ」
ちゅ、とおでこに唇が触れた。熱が篭っていて、目がとろんとしている。
「もしかして…酔ってますか?」
「いや、そんなんじゃない…」
ごとごとと進む馬車の揺れ。その振動で、スカイフォード様の頭がこてんと私の肩にもたれた。
「この国に来た時は駕籠でしたけれど、馬車での移動もあるのですね」
「ああ、駕籠は主に海辺からの移動に使う。馬車だと、砂浜に車輪を取られて……」
「スカイフォード様?」
触った頬は熱を帯びている。
(大変!!熱があるのだわ!)
すぐにタイを緩めてボタンを外した。王城まで距離はない。けれど、毒薬が仕込まれた事件があったばかり、念のために一度馬車を停めた方が良いだろう。
多少医療に心得のあるベルが脈を取り、四肢の状態などを診る。
「…恐らく風邪だとは思います。すぐにどうこうと言うことはなさそうですから、帰城したらすぐさま医者を呼びましょう」
ベルの見立てにホッとした。
なるべく揺らさないよう、それでもなるべく急いで馬車は進んだ。そうは言っても揺れるたびにスカイフォード様は眉根を寄せている。
私の膝の上に乗った頭には、じんわり汗が滲んだ。時折それを拭いつつ、髪をそっと分ける。
「…アイリス…」
「はい、ここにおります」
指を絡ませて、口元に寄せられた。
「…君の膝枕で死ぬのは本望だな」
「おかしなことをおっしゃらないで下さい!もうすぐ着きますよ!!」
「…病人相手に大声を出さないでくれ…」
「あっ…ごめんなさい…」
「ふふっ…可笑しいな。早く体調を立て直さなければと思うけれど、ずっとこうしていたい」
ぼっと顔が熱くなった。
扉が開き、護衛に支えられながら歩いていく後ろを、赤い顔で着いていく私。迎えた医師が、それを不思議そうに見て「こちらもですかな?」と問うた。慌てて否定する。
「良かったですね、やっぱり風邪ですって」
「…また膝枕をお願いしたいな…」
「二、三日で良くなるそうですから、今は回復に努めてくださいませ!」
「なら、治ったらお願いできるのか?」
「知りません」
「釣れないな…うう、朦朧とする…」
「お疲れなのですよ、ゆっくり眠ってくださいませ」
「いてくれないのかい?」
去ろうとする手を掴まれた。切ない瞳が私をゆっくり刺すように見ている。
「膝枕はよく眠れた…」
「〜〜〜!!!もう、今回だけですよ」
(まったく、ちゃんと枕で寝た方が…)
と思ったけれど、本当に膝枕ですやすやと眠ってしまった。
(…長いまつ毛)
吸い込まれるように、頬にくちづけした。
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