第16話昔語り1(スカイフォード視点)

 国王である純血ハイラのお父様と、イサクの混血であるお母様との間に僕は生まれた。

 両親は二人とも綺麗な小麦肌だが、対して僕は隔世遺伝なのかイサク人のような肌色と髪だった。


 母は初め、周囲から不貞を疑われたけれど、それは意外なことに父が母を擁護した。

 国王御自ら王妃を庇うと、誰もが口を噤んだという。


 僕は、父からも母からも寵愛を受けて育った。後にも先にも子どもは僕だけだが、側室を勧められても、父は頑なに側室を迎え入れようとしない。


 僕が長じた時、周りの目線が王太子への期待などではなく、言外に「何処の馬の骨ぞ」「王太子が白肌など、ハイラへの冒涜だ」などという意味を含んでいることに気がつく。


 母方の祖父が住んでいたので、イサクには何度も赴いた。むしろ城にいるより居心地が良かったと思う。僕の祖父は、イサクとハイラのハーフであった。

 その縁で、イサクの王太子、トラッドとも仲が良くなったわけだが、兄弟がいない僕にとって、同じ王太子という境遇の彼とはすぐに打ち解けた。


 ある時、公式ではない訪問の際、パーティの席で君を見つけた。

 非公式の訪問であるため、僕はこっそり隠れてその場を眺めていた。

 婚約者に蔑ろにされながら、それを笑われ、容姿まで揶揄われている君。


(随分とあからさまだ。でも…)


 なんだか、僕と同じ気がした。

 別に蔑ろにされたこともなければ、揶揄われたこともないが、向けられる視線が同じだ。

 あの視線は向けられた者でなければ分からぬだろう。

 足がすくむような、常に監視されているような、自我が崩壊しそうになる攻撃だ。


(綺麗な人なのに。あの化粧やドレスのせいだろうな。わざとだろうか)


 君にとびきり素敵なドレスを着せて、一流の侍女に化粧をさせたら、この会場にいる全ての人が傅く程の魅力を持っているのに。


(何がどうしてそうしているのだろう?)


 首を傾げたくなる。でもそれは君への尽きない興味の第一歩だった。


 それからも、イサクには何度も非公式で訪問した。これにはさすがのトラッドも何かあると勘ぐったらしい。


「ははーん、スカイフォードはアイリス嬢に熱をあげているのか。そんなことが知れたら、ご令嬢たちは卒倒してしまうだろうなあ」

「馬鹿な。彼女に婚約者がいることくらい知っているさ。それに割って入るほど野暮じゃない。…けれど、堪らなく欲しくなる」

「おい、お前…」

「分かっているさ、冷静にならなければいけないことくらい。けれどこの類の病は気合いではどうにもならないらしい」

「はあ…。スカイフォード、お前はもうあまり来ない方が良いぞ。これはお前自身のためだ」


(くそっ!トラッドのやつ…)


 むしゃくしゃしながら、窓から吹く風を浴びていると、王立図書館から君が沢山の本を抱えて出て来るのが見えた。


 来るなと言われても訪問しては、トラッドに呆れられたが、図書館で君が本の虫になっているのを見ているのが好きになった。


(ミステリばかり…。そうか、君はミステリが好きなのだな)


 晴れた日には図書館の外で欅の木に背を預けて、頁を捲る手を静かに見つめた。

 後にも先にも、あんなに綺麗な姿勢で本を読み続ける人を僕は知らない。

 分厚いレンズがズレるたびに直す仕草にも、隠しきれない気品が滲んでいる。


(おや、珍しいな。今日は数学や化学の本を借りている)


 けれどそれは、彼女の趣味ではなく婚約者殿の手伝いだと知った。


(考えてはダメだ。考えては…)


 けれど、強烈に君を奪い去ってしまいたいという気持ちは、どんどん膨らんで抑えられなくなるばかり。

 君がどんなに傷ついても、カインへの想いを引き裂いてしまいたい。仲睦まじい両親のように、お互いの絆さえ確かならば、例えイサクの人だろうと、周りの声など気にせず二人で乗り越えていけるとそう思ってしまった。





✳︎ ✳︎ ✳︎





 その目は溢れそうな程、大きく見開かれたままだ。


「…君がミステリ好きだから、出版社に無理を言って出版して貰っていたんだ。全然売れなかったけどね。でも、君が1ページでも読んでくれさえすればよかった。あんなにたくさん読んでいる君だもの、いつか目に触れる時が来るんじゃないかって」


 指を、滑らかな頬に滑らせる。


「僕はそれしか自分の気持ちの慰め方が分からなかった」


 自嘲の笑みを浮かべたけれど、君は綺麗な瞳からいく筋もの涙を落としていく。

 ぽろぽろと涙が溢れる頬を拭った。


「僕が気持ち悪いかい?」

「気持ち悪くなど、ありません。あのたくさんの侮蔑の目線の中に、貴方は…貴方だけは心配の目線を送ってくれていたのかと思うと不思議と嬉しいのです」

「…意外だな…。引っ叩かれるくらいは覚悟していたんだ。正直、君をどうやって知ったのかなんて、告白するつもりはなかった。こんな僕なのに、それでもまっすぐ見てくれて嬉しいよ」

「…でも、本まで出版するのはやりすぎです」

「だんだん楽しくなってきたからな、今では趣味みたいなもんだ。そうだ、新作を考えていてね、ぜひ君の感想が欲しいんだ」


(ああ)


 君が微笑んでくれてよかった。

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