第15話脱ぎ方がわかりません
スカイフォード様の顔に、ぐっと力が籠った。青筋が立っている。
側近たちがなんだなんだとこちらを覗き込んで騒然とした。
「おい、あれは…」「スカイフォード様のお連れの方だろう?イサクだよな?なぜ民服を?」「…我々を馬鹿にしているのではないのか?」
その騒めきを断ち切るように、スカイフォード様が私の前まで大股で歩いてきて手を差し伸べた。
その額には汗が滲んでいる。
「アイリス嬢、よくお似合いです。旅の途中ドレスが汚れてしまったのも、僕の落ち度。加えてこちらの不手際で、サイズの合うドレスをすぐにご用意できず大変申し訳ありません。民服なら、あまりサイズを問わず着られますからね。着慣れない民服で不自由かと思いますが、取り急ぎそれをお召しになってください。さあ、あなたのサイズに合うドレスがないか探しにいきましょう。こちらへ」
策士のような笑みで私の手を取ると、なるべく平静を装って歩み進んだ。すれ違う人はみなポカンとしている。
しっかり前を向いたまま、小声でポソポソと問われる。
「一体これはどういうことだ」
「えっと…着ていた服を捨てられてしまい、湯浴みをした後着替えさせられたのですが…」
「君が民服を所望しただって?そんなことあるわけがない」
「ええ…。ですが、勧められるまま、きっぱり断ったわけでもないのです。とにかく、スカイフォード様の機転で助かりました。私はもう、何が何やら…」
「…ハイラは300年ほど前にイサクが侵攻してできた独立国だからな。まだ、原住ハイラとイサクの混血の間で諍いも多いのだ」
(それは聞いたことがあるけれど…。イサクとは全然別の、遠い国という印象しかない)
「イサクがハイラに狼煙を上げた時、この国はイサクのものだという意味を込めて民服を着て攻めたという記録が残っていてね。敵国を徹底的にこき下ろすのが戦だからな。嘘か本当か分からないが…」
「なら、私が民服を着るなんて、あってはならないではないですか!!どうしてそんなこと…」
「…君からフォンミーを外そう」
「いいえ。…彼女の思惑が分かりませんが、もう少しだけ彼女を私の側に置いても良いでしょうか?」
「君は…何を言い出す」
通路を曲がったところで、急に歩幅が広くなる。
一つだけ意匠の違う扉を急いで開けると、押し込まれるように中に入れられた。
そこにはズラリと沢山のドレスが並んでいる。
「…嫁いだわけではないにしろ、来たばかりですぐに侍女が交代となれば、あまり良い噂が立ちませんわ。それに、交代した方もフォンミーと同じだったら?」
私が思っていたよりもハイラの中でイサクへの目は厳しいと見た。
彼は固まったまま、私を見つめている。
「スカイフォード様?」
「っ…すまない。とにかく好きなドレスに着替えてくれ」
「じゃあ、あれを…」
淡いクリーム色のドレスだ。指し示した物をさっと引き抜き、押し付けるように渡される。
「なんだか、顔が赤いですが、怒っていらっしゃいますか?」
「これは…そういうんじゃない。良いから着替えて。僕は隣の部屋にいる…」
「…あ、あのう、この民服という衣装の脱ぎ方が分かりません…」
彼は、まるで雷に打たれたような驚愕の顔で固まっているが、私はこの帯がどうやって留まっているのか全然わからないのだ。
まるで拘束されてしまった人が、自分で脱出せよと言われているような気さえする。
「…引っ叩くなよ…」
するり、と背中に手が滑った。衣擦れの音が響いている。それだけなのに、なぜこんなに緊張して体が強張るのだろう。
骨っぽい指が何度も背中を滑っていく。
(こんなにドキドキするなんて…私ったら、なにを考えているのかしら。これはただ手伝ってもらっているだけ。他意はないのよ!!)
「ほら、帯を解いた」
「ありがとう…ございます…」
レースの上着を床に落とし、プリーツが沢山入った布を脱ごうとしたが、これもやはりどこかで留まっているらしい。
「スカイフォード様。これ、どこで留まっているんです?助けてください」
「ああ、それは……うっ…。決して他意はないんだからな…」
私の前でしゃがんで、合わせの部分から腕を回す。お腹の前で抱きつくような格好になったので、バランスが取れずよろめいた。
「じっとしていてくれ、すぐ終わるから」
背中でパチンと音がした。するり、と布が外される。
「見てない。決して見てない」
首を限界まで捻って、目まで瞑っている。
「信用しております」
「それはそれで心外だ」
「え?」
「良いから早く着てくれ!」
後ろ手にドレスをずいを押し付けられた。
ささっと着替えて、髪もダウンに下ろす。
靴はブカブカだったけれど、中でも小さいのを履いてなんとか一通り整った。
着替え終わると、なんだかどっと疲れて、二人して壁に背をもたれてため息をついた。
「来て早々、国の者が無礼ばかり働いて申し訳ない」
「いえ。ある程度は予想しておりました。想像以上でしたが」
ふ、と気が抜けて顔が綻ぶ。
私の頬を撫でるように指が滑った。
「君のその笑顔に救われるよ…」
「だからスカイフォード様も笑顔でいて下さい。私、負けませんから」
廊下の遠くの方でバタバタと音がしている。きっとスカイフォード様を探しているのだろう。
「……あの…探されているのではないですか?」
視線を逸らしてくれない。薄い金髪が、私の顔にかかったかと思うと、
はじめて唇が重なった。
「スカイフォード様…?」
「僕はたとえ君が傷ついたって、君を側に置きたいと願ってしまった。だから君は元婚約者殿と結ばれなかったのだろう。僕は、この血を呪いたい」
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