第14話郷に入れば

 ハイラの人は、小麦肌の人が多い。

 スカイフォード様はといえば、健康的な肌色だとは思うけれど、ハイラのそれと比べたら、かなり色白なのだろう。


 みんな私が珍しいのか、駕籠に乗って移動する間、街行く人の注目の的になってしまった。


「…あの、すごく注目されている気がするのですけれど…これはスカイフォード様と一緒にいるから、ではないですよね?」

「そうだな。イサクの人が珍しいのだろう」


(そうなのかもしれないけれど…なんだか…)


 ひそひそと話す人々の、横目に見るあの感じ。社交界でいつも感じていたあの侮蔑の目線と同じだ。


(私、何か変?貴方達と何か違うの?)


 ぎゅっと手を握りしめると、その上からスカイフォード様の手が載った。

 不安を払うように微笑みを向けてくれる。


「皆の視線が気になるか?」

「…ならないと言えば、嘘になります」

「すまないが、御簾を下げてくれ」


 駕籠の頭上からくるくると簾が垂れてきて、私たちを柔らかく覆った。

 強い日差しも、人々の視線も、柔らかく遮ってくれる。


「これで少しは気が紛れるかな」

「ありがとうございます」

「来たばかりだというのに、どうも不愉快な思いをさせてすまない…」

「いえ、そんな…」


 そうは言ったものの、孕んだ不安は膨らんだまま。

 ついに辿り着いた王城に、立ち入ろうとした時だった。

 駕籠から降りて、美しい意匠の城を眺める私に、侍女の一人が近づいて頭を下げた。


「アイリス・ドストエス伯爵令嬢様とお見受けします。本日よりお世話を担当いたします、フォンミーと申します。以後、よろしくお願い致します」


 フォンミーと名乗った女性は、健康的な美しい小麦色の肌に、豊かな黒髪の女性だった。


(なんて綺麗な黒髪なのかしら)


「彼女には、君の一切を伝えているから安心して欲しい」


 スカイフォード様がそう声をかけてくれた時、バタバタと駆け寄った貴族が耳打ちしたので

「すまないが、先に行かせてもらうよ。フォンミー、アイリスのことをよくよく頼む」と言って駆けて行ってしまった。


 頭を下げて見送ったフォンミーが、「こちらへ」とスカイフォード様とは別の入り口から入るよう指し示した。

 その入り口は小さな扉がついていて、開けると中は仄暗い。


「ハイラ特有の作法でございます。ここで身につけているもの全てを脱ぎ去って下さい」

「……えっと?」

「この奥が浴場となっておりますので、湯浴みをしていただいてから、この国の物に衣装を整えて頂きます」


 郷に入れば郷に従えとは言うけれど、何の前情報もないまま、いきなり脱げと言うのは躊躇わない方がおかしいと思う。


(これは湯浴みのため、これは湯浴みのため…)


 そう言い聞かせて脱ごうとしたが、控えている数人の侍女たちは、誰もがそれを手伝おうとはしない。

 これでも一応客人であり、伯爵令嬢である。いやだがしかし、これがこちら流ならば、いちいち気にしていても仕方がない。

 私が全てを脱ぎ去った時、侍女の何人かが、その脱いだ物を袋に詰め込んだので、驚き問う。


「それをどうされるのですか?」


 返ってきたのは驚くべき言葉だった。


「こちらで処分します」

「捨てる…?のですか?」

「ハイラの作法でございます」


 淡々と受け応えながら、湯浴み場へと案内された。

 ただただ広いそこは、侍女の表情が読み取れないほどに薄暗く、薔薇のオイルの香りが漂っている。


「地下から温泉を引いております。どうぞ旅の疲れを流して下さい」


 言われるまま、そっと爪先から湯を確かめるように浸かる。熱くもなく温くもなく、サラッとした泉質だ。


「城に温泉を引いているなんて、ハイラは本当に豊かな国なのですね」

「そうでしょうか」

「資源も豊富で、イサクから来た私には想像もできない魔法が使えると聞きました。これから、皆さんに教えていただくことが沢山ありそうです。勉強不足でお恥ずかしいですが、どうか色々と教えてくださると助かります」


 ぴくり、と頭を揉む手が止まって、ぽそりと言葉が落ちてきた。


「……スカイフォード様は本当にわからない…」

「え?」

「…何でもありません」

「その国ごとの文化や習慣、作法がありますから。不慣れですので、ご迷惑をかけないように頑張りますね」


 ぽりぽりと頬をかいた。


「がんばる…ですか?」

「実は先ほども、ここに来る途中たくさんの人たちが私のことをじろじろと見ていたので、何かが違うのだろうなと思ったのですわ。ですから、テキパキと仕事をこなすフォンミーを見て、不安が和らいだ気がしました。改めてこれからも宜しくお願いしますね…ってこんな素っ裸で言うことじゃなかったですわね」



 すっかりツルスベになった私は、用意されたドレスに着替えたが、それは来た時とさほど変わり映えのしないドレスだった。

 わざわざ客人のドレスを捨てるくらいなのだから、ハイラの伝統的な衣装に身を包むのかと思っていたので肩透かしをくらったような気分になる。

 化粧もヘアアレンジも一流ではあるが、小綺麗に整えてもらった以外何も変わらない。


(確かに、スカイフォード様やそのお付きの方たちも皆私達と変わらない格好をしているし、ハイラの伝統衣装は本で読んだくらいで、実物を見たことはない)


「ハイラ流と言うからには、てっきり伝統衣装を着させられるのかもと思ったのですけれど、そういう訳ではないのですね」


 フォンミーが私を見て、首を傾げて言った。

「…着てみますか?」

「いえそんな…!確かに私はイサクから来たのだし、その私が伝統衣装を着るなんて烏滸がましかったですわね」

「いえ、仰るからにはどうぞお召しになって下さい」


 そう言うと、あれよあれよと着替えさせられてしまった。

 南国ハイラの伝統衣装は、風をよく孕むように作られたと聞く。

 なるほど、鮮やかな柄の布には、沢山のプリーツが入っている。布の量が多い分、重いのかと思いきや不思議と羽のように軽い。

 女性はその布の上からレースを纏い、帯で留めるのだと言う。

 靴もぺたんこで、どこまででも歩いていけそうである。


 フォンミーが伝統的な髪型に結い直しながら言った。


「スカイフォード様もさぞ驚かれることでしょう」

「…しかし、良いのでしょうか、私などが着ても…」


 どぎまぎしながら、案内された広間へと進んだ時、そこにいたスカイフォード様とバッチリ目が合った。


「アイリス、君…。フォンミー、これは一体どう言うことだ」


 私に向かって歩んでくるスカイフォード様はどう見ても怒っている。

 フォンミーは頭を下げて言った。


「アイリス様が伝統衣装を身に着けたいと所望されました故」

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