第13話ハイラに着いて早々に訪れる不安
嘘だ。
母国、イサクから、航路で三日かかるはずのハイラ国。
(けれど、目の前に広がるのは、ハイラ特有の、どこまでも青い空と白い砂浜が続く南国の景色だわ)
南風を受けて、颯爽と港に降り立つスカイフォード様が、慣れない砂浜に足を取られる私に手を差し伸べた。
「信じられないと言う顔だね。…でも君は気になっていたのじゃないかな?スカイフォードは、母国のイサク国の王族とは、随分懇意にしているようだと。どうも頻繁に会っている様子だ、と」
長い船旅で疲れるかもしれないからと、ヒールの低い靴を履いてきたけれど、それは杞憂に終わった。強いていうなら、砂浜を歩くのに高いヒールじゃなくて良かったなということくらい。
船旅は疲れると聞いていたので、たくさん準備してきた荷物は、全く必要なかったのだ。
「まあ、つまりそう言う事だったわけだ。今回のような公式訪問じゃなければ、空間魔法で直接王城に行っている。ちゃんと門をくぐれと言われるがな…それだとバレるじゃないかと、いつもトラッドと言い合いになる」
「はあ……」
「だから君もまるで隣の部屋に行くみたいに気軽に帰れるから、寂しくはなっ!!!!」
ゴスッと何かがスカイフォード様に突っ込んできた。
(?????イノシシ???)
一瞬本気でそう思ったけれど、どうやら違う。
見るとそれは、小麦色の肌に白い髪の毛の少女だった。
「おにいさまったら!!イサクに行ったきり全然帰ってこないんだもの!約束していた日にちよりも三日も待たせるなんて!」
くりくりの天使みたいな髪の毛の少女は、勢いよくそう捲し立てる。
スカイフォード様は脇腹を押さえながらも、その白くてくりくりふわふわの髪の毛を、猫にそうするように撫でた。
「ニア!寂しかったのは分かったが、もう少しソフトに…」
「約束を破ったのは、おにいさまでしょう?私、待ち草臥れましたわ!……あら?」
どきりとした。その瞬間、私の身体が勝手に警戒モードに入った。
彼女は私を認めて、ゆっくりと目つきが変わっていく。
(これは、牽制する目だ…)
お兄様ということは、妹かと思ったが…。
(ハイラ国に王女がいるなんて話は聞いたことがない。見た限り成人前みたいだけれど…)
「……やだわ、おにいさま。この方は?」
しかもしっかりと腕を組んでいる。
離すまいと、これは私のものだという本能的な主張。
けれど、どうやらスカイフォード様は、私と彼女の間に流れる微妙な空気感の違いに気がついていない。
「この人はアイリス・ドストエス伯爵令嬢だ」
紹介を受け、私はカーテシーで挨拶をした。
少女がぴくりと反応しているのが空気で伝わってくる。
「それから、この子はニーアール・サヴァリアス。僕の再従妹だ」
「お初にお目にかかりますわ。ドストエス伯爵令嬢殿。イサクの方とお見受けします」
綺麗な所作だけれど、どことなく子ども染みている。例えば、スカートを持つ指や広がった裾などは美しいのに、彼女はわざと一瞬で指を離してしまった。
ふわん、とスカートが戻る。まるで手遊びしている子ども。けれど、
(目が笑っていない)
挨拶もそこそこに、再びスカイフォード様の腕をしっかり掴んで、口角だけで微笑んでいる。
(まさかとは思うけれど、ニーアール様はスカイフォード様のことを…?)
「やだ。こわーい。おにいさま。ニア、この方怖いわ」
「そんなつもりでは…ご無礼がありましたでしょうか」
頭を下げて、目を閉じた。
到着して、すぐにこの有様。スカイフォード様もさぞ落胆したことだろう。
けれど、かけられた言葉は意外なものだった。
「ニア、突然何を言い出すのだ?そんな方ではない。謝りなさい」
「どうしてそんなことを言うの…?おにいさま、なんだか変だわ…」
「他国から来た方に失礼があっては困る」
ニーアール様の腕を振り解くと、私の肩を抱いて「行こう」と言った。
振り返ってみた彼女は、透明度の高い水色の瞳で私を睨んでいる。
「すまないね。あれはまだ子どもなんだ。許してやってくれ」
「はい…」
(違う。彼女は立派に一人の女性として貴方に好意を抱いている)
眩しいほどに真っ白な雲が、太陽を一瞬だけ隠して翳った時、私はとてつもない不安に襲われた。
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