第12話穏やかな船出
ハイラ国へと向かう船に乗って、今日、スカイフォード様の故郷へと共に旅立つ。
我が国の王族が見送りに訪れ、その一人一人と会話を交わしていった。
スカイフォード様の、王太子然としたとても美しい所作と完璧な受け答えに惚れ惚れしてしまう。
ところが、国王陛下とトラッド様の前に来ると、遠目ではわからないけれど耳元でポソポソと悪態をつき合っている。
時折、声は出さないまでも、肩を振るわせている。そんなに面白いのだろうか。
「また来週あたり来ようかな」
「一生来なくて良い」
「なんだよ寂しいくせに。また一緒に寝てやろうか?」
「気色悪いことを言うんじゃない!」
(これは冗談のやつ、これは冗談のやつ!)
いちいち心の中で唱えていないと心臓に悪い。
ついついと袖を引っ張ったが、悪戯な微笑みが返ってくるだけだ。
スカイフォード様と共に過ごしてわかったことだけれど、我が国の王族とはちょくちょく会っているらしい。
まるで親戚か、親友か、兄弟か…そんな距離感である。
船に乗り込むと、見送りの人々から離れたところで父と母が手を振っていた。
遠慮がちに手を振りかえす。
ほんの少しだけ、寂しさが去来した。
恐ろしいくらいに穏やかな船出だ。
海を進む船が、水平線に向かって進んでいく。母国が遥か彼方に遠ざかるのを目に焼き付けながら、唇を噛み締めた。
海風に髪の毛が梳かされる。風の行方に視線を泳がせた時、スカイフォード様が私の肩を抱いた。
肩を抱く腕を見て、
「傷の具合はどうですか?」
と問うたが、スカイフォード様は微妙な表情をした。
「うん?そうだなあ…まあ、もう良いか」
ぺろんと捲った袖からは、傷痕すらなく、つるんと綺麗な腕が現れた。
「えっと?あれ?反対の腕でしたっけ…」
「反対も捲ってみるかい?」
しかし、やはり反対の腕も綺麗なものだった。
「え?ええぇ?」
困惑しすぎて私がおかしいのだろうかとすら思えてくる。
(新しい腕が生えた!?まさかそんなことあるはずもないし!)
ぐるぐる巡る思考は、いつしか段々と現実離れしていく。
「もう出航したし、君はこれからハイラの人になるのだから、秘密を教えてあげようか」
捲った袖を戻して、にやりと笑っている。私はこの人のカフスボタンを留める仕草が好きだ。言わないけれど。
「端的に言うと、ハイラの国民は様々な魔法が使える」
「えっと…?私がつけているクリアグラスみたいなものですか?」
「それもそうだけれど、それは生活魔法だからね。他国民の微弱な魔力でも練習すればできるようになる。けれど、ハイラは治癒魔法や攻撃魔法、支援魔法など膨大な魔力を消費する魔法も使える」
「御伽話じゃないのですから。いくら小説家先生だからって、そんな物語みたいなことを…」
魔法くらいなら、私だって紅茶が冷めないくらいのことはできる。
クリアグラスとてその類のものだと思っていたが、人智を超えた魔法など、物語の話ではないだろうか。
「そうだなあ、例えばこの船だって魔力で動かしている」
「まさか!重油ではないのですか!?だって、ハイラは世界屈指の石油産出国で…」
エネルギー源確保のためにハイラと協定を結びたいと、我が国イサクは血眼になっていたのではなかったか。
「そうだなあ、確かにそうだ。石油は他国に高く売れるからね」
「う、売れ…る?」
「残念ながら、我が国ではあまり使うことはないのだよ。高く売れる商品、それだけの認識さ」
「ハイラは工業国ですよね!?」
「ふふ」と笑ってから、「…君の母国は、もう水平線に没したようだ。さあ、僕にしっかり掴まって」
私を抱き寄せると、空気の圧が変わったような感覚がした。気体に圧迫されて驚き、目を閉じる。
「……着いたぞ。目を開けてごらん。我が国ハイラにようこそ、アイリス・ドストエス伯爵令嬢」
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