第11話なぜ僕が退学なのだ?(前半、カイン視点)

「…落第?僕が?」


(そんな馬鹿な…)


 右手が震えてよく読めない。左手で押さえて何とか読むと、留年の通知書には、三日前に提出期限を終えた、進級を決めるレポートが、いくつか未提出であったことが明記されていた。


 そういえば、アイリスに頼んだはずのレポートを受け取っていないじゃないか。


 父が、真っ赤な顔で激しく問い詰めてきた。


「カイン!これはどういうことなのか説明しなさい!」

「…そんなの、こちらが知りたい…」

「カイン!!」

「うるさい!!!レポートを持って来ないアイリスのせいだ!!ちゃんと頼んだのに、あいつが持ってこないから!!!僕は悪くないんだぞ!!」

「お前…正気か?アイリス嬢にそんなことを頼んでいたのか…?」

「婚約者のサポートをするのが女の役目でしょう!?そうだ、今からアイリスを連れてきて、学長に頭を下げさせましょう!!「自分のせいで婚約者のレポートを提出できませんでした」と、そう言ってもらえば…」

 これは妙案だと思って、ずいと詰め寄った。父は「うっ…」とよろめき、乱雑に書類だのが載っている机に手をついた。

 その拍子に

 バサバサと紙束が散乱する。

 父はそれらを拾い上げて、わずか震えた。


「…これも…これも…全てお前の字ではない…」

 膝をついて紙束を握りしめる。下から僕を見上げた。

「お前は、何のために学園に通っているのだ…」


(そんなもの、決まっているのに今更何を)


「退学しろ!!お前にこの家は任せられない!」

「なんだと!?そもそも父さんが婚約破棄を了承するのが悪いんじゃないか!そんなもの突っぱねていれば、今頃ッッ!!!」

「…お前は…っ…。本当に懲りていないのだな。今のままでは、お前の人生は駄目になるぞ」


 父はそれ以上何も言わず、部屋を出て行ってしまった。

 これも全て、アイリスのせいだ。


 どこまでも僕を馬鹿にしやがって…。





✳︎ ✳︎ ✳︎





 両親へハイラ国の王太子からの求婚を受け入れた経緯を説明しなければなるまいと思って、実家に戻った。

 既にスカイフォード様より両親宛に書面を送っているとのことだったが、突然降って湧いたような話しに、読んで卒倒していないか心配でもあった。

 父は血圧が高いのだ。


 帰るなり両親から抱きしめられて、想像もできなかった出迎えに驚き固まる。


「まあ、座りなさい…はあ、何から話したものかな…。実は、カイン殿から猛抗議があってな…」

「………はい?」

「自分と婚約していながら、浮気をしていたのではないか、と。それも相手は他国の王太子。雲の上のような方と天秤にかけるような真似をされて恥をかかされた、と」

「全く、自分こそ浮気三昧だったクセに、なんてくだらない男なのかしらね」

 母は吐き捨てるように言った。


「言うに事欠いて、随分と笑えないご冗談を言うようになりましたのね…感心しませんわ」

「アイリスも言うようになったじゃないか。カイン殿の言い分としては、男の浮気は甲斐性だが、女の浮気は許されないと」

「そんな!私は誓って浮気などしていませんし、そもそもスカイフォード様と初めてお会いしたのだって、婚約破棄の了承を頂いた後で…」

「その婚約だが、取り消した覚えはないと言っている。父君が勝手に承諾したことで、自分は了承していないと。こんなものは無効であると」


 私は立ち上がり、叫んだ。


「そんな妄言通りませんでしょう!?貴族の結婚はあくまでも家同士の……っ!…カイン様の父君の心労はいかばかりでしょう…」

「落ち着きなさい、アイリス。お前はハイラ国の王太子妃になろうとしているんだ、こう言う時こそ冷静に対処しなさい」

「ですが……!っ!…お父様の仰る通りです…」


 父は、背もたれつきの椅子に深く腰掛けて怒気を払うようにため息をついた。


「勝手だろうがなんだろうが、こちらは了承の返事をもらっているのだ。その事実は変わらない。アイリスは堂々としていなさい」

「そうですわね」


 なんとも後味が悪い。

 カインがこのまま納得してくれるとは思えないのだ。

 下に見ていた私が優位に立っているみたいで気に食わないだろう。


(どうか何も起こりませんように)

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