第10話あなたを傷つけて

「まったく、君のとこの警備体制はどうなっているんだか!国際問題だぞこれは!」

「…スカイフォードの言う通りだ。そんなザマの王太子殿が凱旋帰国とは、なんとも聞こえが悪い」

「違いない」

「「わはははは!」」

「いや、一度言ってみたくてね、国際問題とやら!」


(出たわ、王室ギャグ…)


 いちいち心臓に悪い。


「とはいえ君は怪我人だ。暫くは静養したまえ」

「お言葉に甘えるとしよう」


 トラッド王太子殿下は、「さて」と言って向き直り、

「婚約者殿もそばにいたいだろうから、滞在を許可しよう」

「お心遣い感謝申し上げます」

「さて、邪魔者は退散するか。ごゆっくり、お二人さん」


 そう言って、この国の王太子殿下はなんとも爽やかに去って行った。

 以前感じていた印象とはだいぶ違う。


(プライベートでは気さくな方なのかもしれない。カイン様のことで手一杯だったから、あまり気にしていなかった…)


 などと思っていると、後ろからスカイフォード様に抱きしめられた。


「…カインのことを考えているのかい?妬けるね。婚約者が怪我をしたばかりだというのに」

「そ、そういうのじゃないですから!」


 片腕を怪我しているとは思えないくらいの力で、壁に押しやられてしまった。


(近い!)


 目を合わせられない。


「早く君の中のカインを追い出してしまいたいというのに…」

「私はもう、カイン様のことなど…それに、婚約破棄を申し入れたのは私からなのですから」

「…気がついていないようだから言っておくけれど。あいつのことが頭に浮かぶたび、眉間に皺が寄っている」

「えっ…うそ…」


 慌てておでこを押さえた。

 スカイフォード様は「ああ、やっぱり」と言うと

「駄目じゃないか。僕以外の男のことを考えるなんて」


 なんとも切ない瞳で覗き込んでくる。

 私は困惑する。この国だけじゃない、ハイラ国にだって沢山ご令嬢はいるだろうに、なぜそこまで私に固執するのか。


 何も言えずにいる私を、目を細めて見ると

「すまない、困らせてしまったようだ」

「あ……」


 スカイフォード様は、ジャケットを脱いで、寝支度を始めた。


「お手伝いしましょう」と言って、ジャケットを受け取ろうすると

「…君も早く休んだ方がいい」

「お怪我をしているのですから、甘えてください」


 無言でベッドに座ったので、シャツを脱がそうとして気がつく。


(これは…まずい…)


 軽い気持ちで申し出たわけではない。けれど、手が震えてドキドキしているのが伝わってしまいそうだ。

 なぜ使用人に頼まなかったのだろう。

 暫く黙って見ていたスカイフォード様が私の腕を握った。


「…別に、責任を感じなくていい」

「スカイフォード様…」

「僕はこんな傷、気にしないけれど…。傷を見るたびに君の心が重くなるのではないかと心配だよ」


 ふわ、と柔らかく撫でられる。


「守っていただきありがとうございます。なんとお礼を言っていいか…代わりにスカイフォード様を傷つけてしまって…」

「…手が震えている。もう今日はお休み。あとは自分でやる」


 私の手にくちづけすると、立ち上がって扉の前に立ち、退出を促された。

 分かっている。こんなことで怪我をさせた事実を埋められる訳がないのだ。

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