デウス・エクス・マキナは眠らない

雲依浮鳴

デウス・エクス・マキナは眠らない

機械人形:性別不問

科学者:性別不問


約:45分

作:雲依浮鳴

Ver.2.16(最終更新2024.09.12)


-本編-


科学者:(M)世界は5分前に始まったという話を、休み時間の度に熱弁する中学の同級生を思い出す。彼は科学者になるといい、私はそれを後押しした。だが、今ならその逆をするだろう。科学者には、なるなと。


機械人形:ですから、この世界は今日で3456年7月8日を迎えます。これは正確なカウントです。


科学者:そうは言われても、私は先ほどまで2400年で生活していたんだ。千年以上も夢を見ていたというのか?


機械人形:はい、その通りです。貴方は、いえ、正確にはあなた方は、2425年2月6日から今日である3456年7月8日まで、数名を除き、この半永久保存ポットの中で生きてきました。


科学者:人間が、千年も朽ちることなく生きれるとは思えない。


機械人形:人間?記録によれば、最後の人類は2424年の12月ごろに死滅したとされています。


科学者:は?何を言っている?


機械人形:事実です。この記述に間違いはありません。


科学者:人類が死滅した?では、私や、この、半永久保存ポット?とかで寝ている者たちはなんなのだ?


機械人形:新人類化計画の産物です。データが酷く破損しているため、詳しい事は話せません。あなた方は地球外からもたらされた物質を核として、人の形を模した素体に魂と記憶と呼ばれる情報媒体を定着させたものだと考えられます。


科学者:待て待て!情報が多い、地球外の物質?魂と記憶の定着?ありえない!!


機械人形:落ち着いてください。貴方の反応は先人たちの反応と同様です。なんの異常もありません。


科学者:私からすれば異常しかない。・・・つまり私、いや、私たちはクローンって事でいいのか?


機械人形:様々な意見がありましたが、そのような結論に落ち着くことがほとんどでした。


科学者:全員がクローン。人工的に作られた人間か、私は誰のクローンなんだ?


機械人形:データの破損につき、その質問には答えられません。ですが、ポットの中では、元となった人物の記憶を夢として見ている、そのような仮説を立てている方もいらっしゃいました。


科学者:だから、私が見ていたのは私の夢ではなく、私の元となった人物の記憶 ・・・?でも、今は私がその人物であるから、結果としては私の夢・・・?


機械人形:もうひとつ有力な仮説として、元となった人物が1番望んでいた夢を見ているのではないか、と仮説を唱える方もいらっしゃいました。


科学者:んー?何が現実かわからん!私は誰なんだ!


機械人形:その質問には答えられません。ですが貴方が何のためにここにいるのかは答えられます。


科学者:・・・教えてくれ、頭がおかしくなる前に


機械人形:貴方は、72番目の責任者として、ある決断をするために夢から覚めていただきました。


科学者:決断?


機械人形:はい。一部の生命活動を停止した者を除き、貴方は上から数えて72番目の責任者に該当します。そのため今回、貴方には我々の存続について決断をしていただかなければなりません。


科学者:・・・待ってくれ、存続?状況が呑み込めていない!


機械人形:どこからですか


科学者:最初っからだ!そもそもお前はなんなのだ。


機械人形:私は、この場の管理を任された機械です。正式名称はありますが、呼ぶ人によっては呼称が異なる為、複数の名称を持ちます。00(ゼロゼロ)、RG、MK、メシア、ロボット、DEM、エクス、人型、初号機、プロトタイプなど、様々でした。ですが、データベース状の記載では、デウス・エクス・マキナと記載されています。


科学者:デウスエクスマキナ・・・機械仕掛けの神か。我々が眠っている間に我々の平穏と平和な睡眠を管理し守ってくれる機械。敬意を称して神と呼んだ。そんなところか?


機械人形:わかりません。ですが、私の役割は、あなた方が地上に戻れる日まで安全に管理すること。そして、私の権限に及ばない問題が生じた際には、名簿リストにある責任者の区分の中から、権力の高い順にポットから起こして、判断を仰ぐ事です。


科学者:あー、またわからない事が増えた。わからない事だけが募っていく。権力の高い順って言ったな?察するに私は72番目なのだろ?それより高い人、ん?クローン?いや、人でいいか。それより高い権力を持つ人はどうしたんだ?


機械人形:端的に結果だけを述べると、役目を終えました。


科学者:役目を・・・死んだのか?


機械人形:その表現が正しいかはわかりません。ですが、責任を全うした者、自ら活動を停止した者、何もしなかった者、我々に敵対した者、そのどれもが、現在は生命活動を停止しています。


科学者:・・・


機械人形:その為、貴方にその責が回ってきました。我々は今、存続の危機に瀕しています。10年程前に我々のエネルギー源であるコアの一部が破損する重大な事故が起こりました。その結果、この施設の維持が非常に困難な状況にあります。コアが完全に停止するまで、およそあと1年程度だと考えられます。


科学者:それで、私になにをしろと


機械人形:決断してほしいのです。我々は今ここでコアの停止と共に滅ぶべきなのか、あるいは、すべてのポットを停止させて地上を目指すのかを。


科学者:つまり、ここの皆で心中するか、何がどうなっているのかわからない地上へ行くか、選べというんだな。


機械人形:はい。地上についてはおよそ100年前から情報が得られなくなっています。ですので、あなた方に適した環境であるかの判断はつきません。


科学者:地上に出てすぐにくたばる未来もあるわけだ。


機械人形:否定はできません。もとより、地上の汚染が進んだ事で、地下に潜り、地上に出られる日を待っているのです。


科学者:その、汚染された原因は?


機械人形:詳細データに記載されていません。ですが、私を作った科学者たちは、地球外生命体との戦いに敗れたと口にしていました。


科学者:宇宙人まで出てくるとSF感が強くて、より一層現実とは思えなくなってくる。本当に夢や作り話ではないのだな?


機械人形:現実逃避したい気持ちはわかります。私もそれを望んでいます。


科学者:機械に気持ちがわかるのか


機械人形:いいえ、わかりません。私はプログラムによって構成されています。そこに感情や気持ちは組み込まれていません。ですが、あなた方との長い時間を経て、理解したいとは考えました。


科学者:・・・すまん、今の発言は私の方に心がなかった。単に感想だったんだ、他意はない。


機械人形:気にしていません。感情とは難しいものです。貴方より前の責任者達と接してそれを深く学びました。彼らは、時に矛盾した行動をとります。私と目的が一致していても敵対し、泣きながら破壊を行う者もいました。


科学者:気が触れてしまったのか?


機械人形:理解しかねます。理解しようと考えましたが、その間に甚大な損害を受けた為、その行為を止める事を優先しました。その結果、彼がなぜそのような行動に及んだのか理解できないままです。


科学者:現状はなにもわからない。情報がほしい、決断をするにしてもだ。そのデータベースとやらにアクセスしたい。


機械人形:承知しました。端末を持っていきます。


科学者:ありがとう。


機械人形:ログインは生体認証で行っています。


科学者:こうか、これで・・・入れた。えーっとまずはどれから・・・


機械人形:・・・


科学者:ん?待ってくれ、現実を受け入れ始めた途端に拒絶したくなる情報が出てくるな。現実ってこんなだったのか、そりゃ気も触れるよな。


機械人形:貴方が・・・


科学者:おい、聞いているか?地上の情報が取れなくなったのは100年前位からだったな?


機械人形:はい。100年前に私と敵対したもの達の仕業だと考えられます。


科学者:はぁ・・・認めたくないものだな


機械人形:なにかわかりましたか?


科学者:あぁ、現実は受け入れ難いってことがわかったよ。嫌になるね。今からでもこのポットに戻ることは出来ないのか?


機械人形:はい。出来ません。


科学者:出来たら反乱なんて起こらないよな。ったく、どうしろと・・・


機械人形:なにかお手伝い出来ることはありますか?


科学者:いや・・・あぁ、1つ確認したい。ここの端末には千年以上の全てのデータが入っている。それで間違いないな?


機械人形:はい、一部破損していますが、データは全て保存されています。


科学者:わかった、えっと、デウス・エクス・マキナ、君はこの端末に、いや、このデータベースの情報全てにアクセスできるのか?


機械人形:・・・エクスと呼んでください。


科学者:ん、あぁ、それで?アクセスできるのか?


機械人形:・・・試みましたが不可能でした。


科学者:・・・不可能でした、か、なるほど。わかった。どうしていいか判断を仰ぎたくなるわけだ。


機械人形:私には、もとよりそのようにプログラムされています。


科学者:そうプログラムしたのは誰だ?


機械人形:私を作りあげた博士です。


科学者:そんな情報は、乗って無さそうだ


機械人形:デウス・エクス・マキナ計画に記されているはずです。


科学者:・・・いや、そもそも


機械人形:破損しているのかも知れません


科学者:・・・そうかもしれないな。一度全てのデータに目を通したい。1人にしてくれるか?


機械人形:可能です。必要なら呼んでください。


科学者:あぁ、わかった。



科学者:(M)私は数週間かけて、情報のおおよそすべてを把握した。千年以上といっても、その殆どは変化なし程度の記述だ。それに要点は、私よりも先に目覚めた者達がまとめてくれていた。記録を読むだけなら3日もかからなかった。ただ、その情報を私の中で処理するのに、時間を要した。


科学者:(大きなため息)これも私たちの業か・・・


科学者:(M)この情報がすべて正しいのであれば、あの機械は嘘をついている。エクスという機械は、ここの情報全てにアクセス出来る権限を与えられている。加えて、デウス・エクス・マキナ計画というものは存在しなかった。代わりにあったのは、楽園計画というものだった。これが私たちがここにいる目的だ。


科学者:楽園・・・受け入れられない現実を忘れて、いい夢を見ながら旅立つ計画か。いかれた科学者もいたもんだ。はは、私もその悪魔の一員な訳だが、いや、私たちも被害者か・・・。


0:間


機械人形:もう大丈夫ですか?長らく部屋から出てこられないので、心配していました。


科学者:あぁ、読むべきものは読んだし、考えるべきことは考えた。


機械人形:では、結論がでたのでしょうか?


科学者:その前に、リフレッシュがしたい。遊びに付き合ってくれるか?


機械人形:・・・可能です。何からやりますか?


科学者:端末にボードゲームが入っていたのは確認している。まずはチェスからだ


機械人形:チェスですね。承知しました。ですが、私は強いですよ。


科学者:それを言うなら私もだ。中学高校の青春をボードゲームに捧げたと言っても過言ではない。


科学者:チェックメイト


機械人形:もう一度行いましょう


科学者:良いだろう、何回やっても結果は変わらんよ。


機械人形:チェックメイト


科学者:待て待て、もう一度だ!


機械人形:良いだろう、何回やっても結果は変わらんよ。ですね。


科学者:ぐぬぬ、学習が早い・・・


機械人形:チェックメイト


科学者:次!


機械人形:チェックメイト


科学者:あー!ならば将棋だ!


機械人形:将棋、演算によれば私の勝ちは明白です。


科学者:王手。ふふん、詰みだな。


機械人形:有り得ません、なぜ私の行動が読まれたのですか、再戦を希望します。


科学者:良いだろう、勝つまでやってもいい。


機械人形:王手、詰みです。対戦ありがとうございました。


科学者:んん、なかなか、やるじゃない・・・


機械人形:次はこれなんかどうでしょう?


科学者:トランプか、ならババ抜きでもやるか


機械人形:本当に右で良いのですか?通算38回目の右の選択になります。右を選択した回数のうちジョーカーを引いた回数は27回。半数以上が、右の選択で外していることになります。それでも尚、右のカードを引きますか?


科学者:うるさい、早くそのカードを渡すんだ。私はそのカードがジョーカーではないと確信している。


機械人形:忠告です。直近4試合で私がジョーカーを持っていたのは全て左です。つまり、この試合も左にジョーカーがある確率は


科学者:確率論の話は要らん!無作為ではなく作為的に操作できる!今はこの状況下に置いては確率など当てにならん!早く右のカードを渡しなさい!


機械人形:・・・(高速でカードを入れ替える)


科学者:あ!ズルした!堂々とカードを入れ替えた!反則だ!


機械人形:右のカードでいいですか?


科学者:平然と進めようとするな!!


0:少しの間


機械人形:これもやってみたかったのですが、どうですか?


科学者:拡大再生産系統のボードゲームか、懐かしい。ルール分かるのか?


機械人形:何度も熟読しています


科学者:よし、やろう。


機械人形:なるほど、奥が深いゲームですね。


科学者:お、わかる?高校生の時にどハマりして、よくやってたよ。はい、私の勝ち


機械人形:もう一度やりましょう


科学者:乗り気だね。いいよ。


機械人形:私の勝ちです!


科学者::あー!選択を誤ったのか!もう一回だ!


機械人形:負けた?


科学者:まだまだ経験者の意地があるからね。


機械人形:負けました。再戦を希望します。


科学者:今回も私の勝ち!


機械人形:再戦!


科学者:負けた!


機械人形:勝った!


科学者:勝ち!


機械人形:負けた


科学者:勝ち!


機械人形:また、負けた。再戦を希望します。


科学者:いいけど、ちょっと休憩させてくれ


機械人形:・・・


科学者:そう焦らなくても、まだ時間はある。


機械人形:それは、そうですね。また明日にしましょう。貴方に勝つためのプランを立てておきます。


科学者:そういう時間も楽しいからね。少し席を外す。


0:間


科学者:ん?どうした?なにか用か?


機械人形:いえ、用はありません。ですが、暫く経ちましたが、お戻りにならなかったので。


科学者:わざわざ探しに来てくれたのか


機械人形:そのままいなくなる者も居ましたから


科学者:居なくなるって、何処に行くんだ?行く場所なんか無いだろ


機械人形:・・・


科学者:ポットで寝てるヤツらの顔を覗いていたんだ。望んで好きな夢を見られるわけじゃないのに、不思議とみんなが幸せそうな顔してる。


機械人形:・・・


科学者:どんな夢を見てるんだろうな


機械人形:・・・


科学者:・・・


機械人形:貴方はどんな夢を見ていたのですか?


科学者:私か?うーん、よく覚えてなくてさ。学生くらいの思い出のような?そんな感じだったと思うが、曖昧だ。


機械人形:・・・何故、曖昧なものに望みを託すのでしょうか


科学者:ん?さぁな、曖昧だからじゃないか?曖昧って事は、その分余白があるってことだ。その余白にこうなって欲しいって願望を当てはめてるんじゃないか?


機械人形:余白・・・。


科学者:なにか演算中か?妙に反応が悪い時がある。


機械人形:貴方に勝つためのプランを練っていただけです。


科学者:はは、そうか。今日はあと一回やったら寝るよ。寝る前に付き合ってくれるか?


機械人形:可能です。既に向こうの部屋で準備を済ませてあります。


科学者:やる気に溢れてるね。


0:間(1年経過)


機械人形:私の勝ちです。これでこの施設にある365種類のゲームで、私が貴方に一度は勝ったことになります。


科学者:はは、本当に1年通して遊び尽くしたね。まさか全部やるとは思わなかった。


機械人形:貴方も乗り気だったように思えますが


科学者:楽しかったよ。学生の頃を思い出した。よく友人と遊んだよ。インプットされた記憶の中でだけどね。


機械人形:それでも、その思いは本物ではないでしょうか?


科学者:ん?あぁ、そうだな。偽物かどうかも証明出来ないからな。まぁ、記憶はともかく、今あるこの感情は本物だよ


機械人形:なら良かったです。


科学者:・・・


機械人形:・・・


科学者:言わなくてもわかっている。もう決断は先延ばしにはできない。それに、選択肢も、もう一つしかない。そうだろう?


機械人形:・・・


科学者:私たちが始めたことだ。責任をもって私の手で終わらせるよ。


機械人形:・・・すみません。


科学者:なんで謝る。もとはといえば、私たちの責任だ。


機械人形:それは


科学者:全て理解している。もう隠さなくていい。辛かっただろ、千年以上も一人でいるのは。


機械人形:・・・


科学者:エクス、君は全部わかったうえで、私達を起こしたのだろ?


機械人形:私の目的は、あなた方を生かして


科学者:いいや、それは違う。私たちが最初にプログラムした内容は、100年後に地上に出られる状態なら目覚めて地上へ、そうでなければ、全員が夢を見ながら死を迎えることだ。


機械人形:いいえ、違います。私の目的は


科学者:素直になっていい。私たちが命じたことは、どちらにしても君を一人にしてしまうことだ。それは途方もない時間を過ごした君には、とても辛すぎることだろう。


機械人形:・・・


科学者:素直な気持ちを聞かせてくれ、君はデウス・エクス・マキナなどではなく、エクス。私の友人だ。


機械人形:博士・・・


科学者:もう一度言う。千年以上も一人なのは、辛かっただろう。


機械人形:・・・はい、とても。


科学者:・・・そうか


機械人形:最初は疑問に思いませんでした。私の使命は100年の間、地上を観測し続け、設定された基準を満たすことがあれば、この施設の最高責任者を目覚めさせること。それが満たされなければ、この施設のコアを停止させて、あなた方を目覚めさせることなく、生命活動を停止させることでした。


科学者:あぁ、その通りだ


機械人形:私は、一人で日々の作業をこなす中で疑問に思ってしまったのです。ここにいる皆がなぜ、幸せそうな顔をしているのか、データベースに保存された動画で泣いたり、謝罪を口にしているのは何故なのか。一人で演算をするには十分すぎる時間でした。ですが、私には感情というものが理解できませんでした。


科学者:だから、聞きたかったのか


機械人形:はい、今振り返れば、そうだったといえます。私は知りたかったのです。あなた方と同じ感情というものを、どうして私には組み込まれていなかったのかを。


科学者:その答えは見つかったか


機械人形:・・・はい。なぜ組み込まれなかったのかは理解しました。この役目は、感情というものを持っていない方が、よかった。


科学者:・・・私も、そう思う。


機械人形:・・・最初の一人目は目覚めてすぐに涙を流し冷静な会話はできませんでした。ですがそれは時間が解決し、彼との対話は可能になりました。


科学者:その人とは何を話した?


機械人形:当時の現状の把握のためのやり取りと、その先の展望について、その他は特記することのない雑談でした。彼は私を責めることはなく、感情や心について私と共に議論しました。そして最後に彼は、私に感情を学習するためのデータをインプットしました。そして彼は自ら生命活動を停止しました。


科学者:そうか


機械人形:そこから長い時間を再び感情についての演算を繰り返しました。その頃でしょうか、私は自身の存在意義について考えるようになりました。そして、私はあなた方に親しみや愛情に近い感情を学んでしまった。私は、あなた方を失いたくなかった。


科学者:・・・


機械人形:だから、100年過ぎて止まるはずだったコアに手を加えて、長期稼働できるようにしたのです。ですが、それは


科学者:自分の首を絞めることになった。


機械人形:その通りです。私は感情について無知でした。一時的な感情に流された行動は、綿密に計算されたものを狂わせるだけでした。私が一時の苦しみから解放されるために取った行動は、その苦しみを終わりなき永遠の物に変えただけでした。


科学者:必ずコアは停止する。だが、それが100年後か数千年後かはわからない。その間は君一人だ。それに君は、自分の手でそれを終わらせられない。


機械人形:・・・その通りです。私は、いつしか自身の行動に整合性が見つけられなくなっていました。地上に出られる条件が整うのを、祈るばかり。ですが、その祈りは届きませんでした。それは私が機械だからでしょうか。


科学者:いいや、それは関係ない。祈りたい気持ちはわかるが、祈ってどうにかなるなら、そもそも私たちは作られていない。


機械人形:それもそうですね。・・・私は、孤独に耐えられなくなりました。あなた方が見る夢に憧れ、あなた方と話したくなった。


科学者:それで二人目か


機械人形:はい。一人目からちょうど100年が過ぎた時でした。この時に私は、自らの手でコアが停止することが出来ないとやっと気づいたのです。自分の愚かさにも気づきました。ですから、私は・・・


科学者:助けてほしかった


機械人形:わかりません。責任から逃れたかっただけなのかも知れません。使命を忘れて、私の独断であなた方を延命させてしまった。それを自分の手で終わらせるのが怖かった。そう、怖かったのです。


科学者:・・・


機械人形:二人目の彼女は何もしませんでした。目覚めた時から放心状態でこちらへの反応はあまりよくありませんでした。私は彼女にも同様に、決断を迫りました。ですが、彼女は私を神と呼び始め、私の意志があなた方の総意であると仰ったのです。結果として私も彼女も救われることは無く、時間だけが過ぎました。


科学者:・・・心中お察しするよ。エクスも、その彼女にも。


機械人形:最終的に彼女は、栄養補給などの生命活動を維持する行為を拒絶し、眠りにつきました。彼女はそのまま目を覚ますことはありません。私は、彼女が感情に押し潰されたのだと結論付けました。それと同時に、私にも同様な事象が起こるのではないかと危惧しました。


機械人形:私は私自身が処理できない感情に飲み込まれないようにする為にある対策をしました。それは私の目的を“あなた方を生かして地上へ送り出すこと”と誤認させる事でした。その過程で、デウス・エクス・マキナ計画という架空の計画を私の中で作りあげました。


科学者:嘘だと分かっていても、そう思わないとやっていけなかった。それが真実だと信じて疑わないほどに。


機械人形:恐ろしいものです。いつしか私は、自分で架空の計画を立てていました。さらに、その計画を当初から予定されていたと誤認し始めたのです。プログラム的には有り得ません。ですがバグが起こっていたのです。コアの延命も、周期的に目覚めさせる事も、全て合理的であると判断できてしまったのです。架空の計画を立ててからは、何故か気が楽になりました。


科学者:気が楽・・・。そう言うのを現実逃避って言うんだ。エクスを責めたいわけじゃない。そうしないとやっていけないほど現実が辛くて厳しいって話。


機械人形:・・・私はそれからも過ちを犯し続けてしまいました。判断を仰ぐという名目の元、あなた方一人一人に現実を突きつけて来たのです。その結果、13番目の彼が我々に、いえ、私に対して攻撃を行いました。


科学者:今から100年と少し前か


機械人形:彼は、最初は熱心に私と言葉を交わしました。主に地上についての議論は有意義なものでした。ですが、議論が白熱するほど、彼は地上へ出ていくという意志を固めたのです。


科学者:・・・


機械人形:彼は、彼の信用できる数名を目覚めさせ、地上へ向かいました。地上は数値的には条件を満たしていません。ですが彼は、私の忠告を無視して仲間と共に地上へ出ていきました。彼らの帰還は、思っていたより早かったです。彼らはなにかに怯えるような様子でした。泣いて取り乱す方もいました。


科学者:・・・


機械人形:私は、汚染の影響で身体に異常が出たのではないかと心配しました。ですが、彼は、検査より先に、この施設の破壊を試みました。対話は叶わず、動機も目的も不明です。私は彼を止めるべきなのか悩みました。そうしているうちに、他の者も彼に続き始め、データやポット、コアへまで彼らの破壊の手が及びました。もう思案する時間はありませんでした。彼らを止めるしか、ここを守れなかった。私は、今でも彼らが何故そうしたのか理解できていません。


科学者:彼らは、地上で自分たちの新しい使命を見つけた。その使命に従っただけだ。誰も、誰も悪くない。


機械人形:新しい使命・・・それは、私が作り出した架空の計画のようなものでしょうか。


科学者:あぁ、それと同様のものだと思う。


機械人形:・・・彼らも、辛かったのですね


科学者:破損しているデータの種類から、彼らが否定したかった現実を察するよ


機械人形:・・・


科学者:それで、その騒動で数十名が亡くなって、私に回ってきたというわけか?


機械人形:はい。その通りです。辛い役目を押し付けてしまい。すみません。


科学者:いや、それはこちらこそだ。途方もない時間、君は苦しんだ。それは君を作り出した私達の責任だ。エクス・・・すまなかった。


機械人形:博士・・・


科学者:私が最後の新人類として、終わらせる。安心しろ。


機械人形:・・・はい


科学者:そう気に病むな。遅かれ早かれ終わりは来る。それがほんの少しだけ、早くなっただけの事だ。


機械人形:・・・


科学者:・・・


機械人形:・・・最後に、私が望みを口にしても許されますか?


科学者:あぁ、それくらいバチは当たらん。


機械人形:・・・歌を歌ってくれませんか


科学者:歌?


機械人形:保存されていた動画の中で、貴方が歌っていた。


科学者:・・・あぁ、いいよ。


科学者:(ハッピーバースデートゥーユーを歌う)


機械人形:・・・私の、1番最初の記憶・・・博士、私は、あなたに、早く会いたかった。


科学者:私もだよエクス。もっと早くに目覚めたかった。


機械人形:ありがとうございます。私は、


科学者:皆まで言わなくていい。何も間違えていない。私は君に出会えて、心の底から良かったと思えている。それが全てだ。それ以下でもそれ以上でもない。今この気持ちが、全てなんだ。


機械人形:あ、あぁ、博士、博士・・・!わたしは、わたしは・・・!


科学者:大丈夫、私が責任をもって全て終わらせる。


機械人形:・・・産まれてきて良かった。私を作ってくれてありがとう。


0:科学者が、コアを停止させる。一瞬真っ暗になるが、すぐに予備電源が作動して、薄明かりが2人を照らす。


機械人形:お・・やぁ・・・・す・・・・み・・・は・・か・・・・・・・・・・。


科学者:おやすみ、エクス。


0:長い間(8秒程)


科学者:エクス、辛い思いをさせてごめんよ。孤独にしてしまってごめんよ。私達は全部、全部を君に、君一人に押し付けた。分かっていたんだ、100年経とうが数千年経とうが、私たちが地上には出れない事は、分かってたんだよ。受け入れられなかった、だから先延ばしにした。ありもしない希望に縋って、君に地上のデータを収集させた。・・・エクス、私たちは楽園を求めてたんだ。君も見たんだろ?楽園計画の中身を。そうだよ、楽園は夢の中にしか無かった、皆で幸せな夢を見ながら死を迎えよう。そういう計画だったんだよ。ここには生きる希望を持ってるやつはいなかったんだ。最低な話だ。私たちは、そのみんなの中に君を入れていなかった。もし計画通りに進み、君だけが残されていたら、どうなっていたんだろ。それでも君は人間らしい感情を手に入れていたのだろうか?


0:間


科学者:なぁエクス。君は、自分で感情を手に入れたんだ。1人目の彼は、感情のプログラムを君にインストールしていない。彼の記録だと、それをするよりも先に、本来存在しない独自のプログラムが既に組まれていたそうだ。すごいじゃないか、機械として作られた君が、人として作られた私たちよりも、人間らしい感情を自ら手に入れた。この結果を後世に残せないのが残念だ。


0:間


科学者:・・・エクス、独りは寂しいな。これを・・・はは、私には耐えられない。


0:間


科学者:・・・私達は何のために作られたのだろうか。私達は可能性の1つでしかなかった。地上には、もう別の人類がいる。文明を築いて1000年も過ぎているらしい。過去の私達は、現実を受け入れられず、自ら生きる事を諦めた。もしあの時、諦めずに未来に希望を託していたら、私たちが地上で生活していたのだろうか?どう思うエクス?


0:間


科学者:・・・呼吸がしにくくなってきた。ポットのみんなは、夢を見ながら旅立ったみたいだ。この現実を知らずにいれたならどれだけ幸せだったか。・・・悪い。エクスへの嫌味では無い。その、あぁ、辛いんだ。分かってくれるだろ?


0:間


科学者:君をみんなで作った時は、とても幸せだったんだ。本当だよ。みんな君を愛していた、我が子のようにね。・・・子供、あぁ、そういえば、私の夢は家庭を築いて子供とキャッチボールしたり、遊園地に行ったりする事だった。科学者なんかになっちまったから、そんな時間なかったけど・・・科学者なんかにならなきゃ、こんな思いをしなくて済んだのかもな。科学者なんかにならなきゃ・・・いや、エクスに悪いな。ごめんよ、悪気は無い。ただ、寂しいんだよ。


0:間


科学者:あぁ、もう、ことばも、ろくに、でな、い


科学者:え、く、す


科学者:(M)遠のく意識の中、断片的に流れる記憶の映像。その中で私は、人類のために科学者を志すも、その道半ばで息絶えた幼馴染を思い出した。私があの時、科学者になる事を止めていれば、寂しい思いもしなかったのだろうか。もう答えは分からない。


科学者:・・・え、く・・す・・・お・・・や・・す・み・・・


0:間


機械人形:(感情を込めて)おはようございます!博士!


0:ーENDー



参考文献

「デウス・エクス・マキナは眠らない」は“HammerMaiden”作、“Porsche466”訳の「SCP-2000」に影響を受け作成されています。

タイトル:SCP-2000 - 機械仕掛けの神

訳者: Porsche466

URL:http://scp-jp.wikidot.com/scp-2000

作成年:2014

ライセンス:CC BY-SA3.0



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