第8話 夏の終わり、そして新たな始まり
夏の終わりがいよいよ近づいてきた。町の木々も少しずつ色を変え始め、夕暮れが早まっていくのが分かる。凛がこの田舎町で過ごす最後の日がやってきた。
その朝、凛はいつもより早く目を覚ました。窓の外からは、涼しげな風とともに、セミの鳴き声が静かに響いている。彼女は起き上がり、ふと昨日の出来事を思い出した。光とのあの会話、そして二人が分かち合った時間。それが胸にじんわりと広がり、心に残る温もりを感じた。
「今日で、最後か……」
凛は静かに呟いた。祖父母の家の庭に広がる向日葵は、今が見頃で、まるで凛を見送るかのように堂々と咲いている。彼女は浴衣に着替え、祖父母と一緒に最後の朝食を楽しんだ。
食事の後、凛は光と最後の時間を過ごすために町へと出かけた。光はいつものように、町の広場で彼女を待っていた。
「おはよう、凛ちゃん。今日は特別な場所に連れて行きたいんだ。」
光は少し緊張した面持ちでそう言った。凛は驚きつつも、彼の提案に頷いた。
「うん、行ってみたい。」
二人は手を繋ぎ、町外れの山道へと向かった。そこは、これまで凛が訪れたことのない場所だった。山道を登っていくと、やがて広がる大きな丘の上にたどり着いた。そこからは、町全体を見渡せる絶景が広がっていた。
「すごい……こんな場所があったなんて。」
凛はその美しさに息を呑んだ。丘の上には、無数の向日葵が一面に咲き誇り、まるで黄金の海のように広がっていた。風が吹き抜け、向日葵たちが揺れるたびに、光の波が波打つように見えた。
「この場所、実は君に見せたくてずっと準備してたんだ。向日葵が一番綺麗に咲くこのタイミングを待ってたんだよ。」
光は少し照れながら説明した。凛はその言葉に感動し、涙がこみ上げてくるのを感じた。
「ありがとう、光くん。本当に素敵な場所だね。ここで過ごした時間、忘れられないよ。」
二人はその場に座り込み、向日葵の海を見ながら静かに話し始めた。町のこと、これからのこと、そしてそれぞれの夢について語り合った。
「私、都会に戻ったらもっと頑張るよ。ここで過ごした時間が、私にたくさんの力をくれたから。」
凛は力強くそう言った。光は彼女の言葉を聞いて、少し寂しそうにしながらも、微笑んだ。
「凛ちゃんならきっと大丈夫だよ。この町は、いつでも君を応援してる。そして、僕も。」
その言葉に、凛は心から感謝の気持ちが湧き上がってきた。
「また必ず戻ってくるから、そのときはまた一緒にこの町を歩こうね。」
凛がそう言うと、光は力強く頷いた。
「約束だよ。凛ちゃんが戻ってくるまで、僕はここで待ってるから。」
日が沈む頃、二人は町へと戻った。手を繋いだまま、最後の時間を噛み締めながら歩いた。凛は、この町と光との絆がこれからも続くことを信じていた。
翌朝、凛は祖父母と光に見送られ、町を後にした。駅のホームで、最後に光と向かい合い、お互いに静かに微笑んだ。
「光くん、またね。またきっと、ここに戻ってくるよ。」
凛はそう言って手を振りながら電車に乗り込んだ。光もまた、大きく手を振り返し、凛を見送った。
電車が動き出すと、凛は窓から見える町の景色をじっと見つめた。遠ざかる風景の中で、光の姿が次第に小さくなっていく。それでも、心の中で彼との約束がしっかりと根付いていることを感じた。
「この夏が終わっても、私たちの絆は消えない。」
凛はそう心の中で誓いながら、静かに目を閉じた。電車は町を離れ、次の目的地へと進んでいく。
夏の日差しが少しずつ和らいでいく中で、凛はこの町で得たもの、そして光との出会いが、これからの自分にとってどれほど大きな力になるのかを感じながら、新たな一歩を踏み出した。
こうして、凛の田舎町での夏が終わりを迎えた。しかし、その夏が彼女に与えた思い出と絆は、これからもずっと、彼女の心の中で輝き続けることだろう。
夏色の炭酸と向日葵 灯月冬弥 @touya_tougetu
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