第6話 夕立の中で

 夏の空は変わりやすい。朝から快晴だった空が、午後になると急に曇り始め、重たそうな灰色の雲が町を覆い尽くしていく。凛と光は、いつものように町を散策していたが、空模様の変化に気づいて急いで帰路に着くことにした。


 「夕立が来そうだね。凛ちゃん、急いだほうがいいかも。」


 光が空を見上げながら言った。その瞬間、遠くで雷が鳴り響き、空気が一気に湿っぽくなった。二人は足早に歩き出したが、次第に風が強くなり、ぽつぽつと大粒の雨が降り始めた。


 「間に合わなかった……」


 凛がつぶやいたと同時に、雨は一気に勢いを増し、まるで滝のように降り注いできた。二人は急いで近くの木陰に駆け込んだが、すでにずぶ濡れになっていた。


 「これじゃあ、しばらく動けそうにないね。」


 光は苦笑いしながら、濡れた髪を手で払い落とした。凛も同じように髪から滴る水を払いながら、雨の音に耳を傾けた。


 「でも、なんだかこういうのも悪くないかもね。」


 凛は微笑みながら、雨に打たれる森の景色を眺めた。葉っぱに当たる雨粒が跳ね、木々がしっとりと濡れて光る様子は美しく、まるで別世界にいるようだった。空から降り続く雨が、自然と彼女の心を落ち着かせていく。


 「確かに、雨の中でこうしているのも、少し特別な感じがするね。」


 光もまた、雨に打たれながら穏やかな表情を浮かべた。二人はしばらくの間、言葉も交わさずに雨音に包まれていた。雨が降り続ける中で、時間が止まったかのような静寂が広がり、凛は心の中で何かが静かに満たされていくのを感じた。


 「ねえ、光くん。」


 ふいに凛が口を開いた。


 「雨が止んだら、またあの花畑に行ってみない?なんだか今、あそこが恋しくなったの。」


 光は凛の提案に少し驚いたが、すぐに笑顔で頷いた。


 「もちろん。雨上がりの花畑はきっと綺麗だろうね。行こう。」


 二人は雨が少し弱まるのを待ちながら、これから訪れる場所のことを想像していた。


 しばらくすると、雨は少しずつ小降りになり、やがて完全に止んだ。空には再び青空が広がり、夕方の柔らかい光が町全体を包み込んでいた。


 「行こうか。」


 光が優しく言うと、凛は頷いて立ち上がった。二人は森を抜け、例の秘密の花畑へと向かう。雨上がりの空気はひんやりとして心地よく、濡れた草や土の香りが漂っていた。


 花畑にたどり着いたとき、凛は目を見張った。雨に打たれた花々は一層鮮やかに輝き、向日葵の大きな花が夕日の光を受けて輝いていた。


 「こんなに綺麗だったんだ……」


 凛はしばらく言葉を失い、その光景に見とれていた。雨が止んだ後の静けさと、花たちが放つ生命力が、心に深く染み渡っていく。


 「やっぱりここに来てよかった。」


 凛がぽつりと呟くと、光も静かに頷いた。


 「凛ちゃんがこの町に来てくれたことが、本当に嬉しいよ。」


 光はそう言いながら、そっと凛の手を握った。凛は驚いたが、彼の温かい手の感触が心地よく、自然とその手を握り返した。


 「私も、この町に来て本当に良かった。母さんがこの町を大切に思っていた理由が、今なら少しわかる気がする。」


 凛の言葉に、光は優しく微笑んだ。


 「君のお母さんも、きっとこの景色を見て、同じように感じていたんじゃないかな。」


 その言葉に、凛は母がこの場所でどんな思いを抱いていたのかを思い浮かべた。そして、自分が母の思い出と向き合いながら、少しずつ成長していることを感じた。


 夕日が沈む頃、二人は再び町へと戻ることにした。手を繋いだまま歩くその道は、雨上がりの柔らかい光に包まれて、どこまでも続いているように感じられた。


 「これからも、いろんな場所を一緒に歩こうね。」


 凛の言葉に、光は深く頷き、二人は静かに町へと帰っていった。


 雨がもたらしたひとときの静寂と、二人の間に芽生えた新たな感情が、これからの夏の日々をさらに色濃くしていくことを、凛は感じていた。

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