第5話 風の通り道

 夏祭りの夜から数日が過ぎ、凛は毎日のように光と一緒に過ごすようになっていた。二人は町のあちこちを散策し、新しい場所を見つけるたびに、その美しさや歴史について話し合った。特に気に入ったのは、町外れにある小さな川沿いの道だった。川のせせらぎと涼しい風が心地よく、夏の暑さを忘れさせてくれる場所だ。


 ある日、凛は光と一緒にその川沿いの道を歩いていた。風に揺れる木々の音と、水の流れが二人の耳に心地よく響く。


 「ここ、本当に涼しくて気持ちいいね。都会にはこんな場所、なかなかないから、すごく癒される。」


 凛は川の水面を眺めながら言った。光は頷きながら、川の上にかかる小さな橋を指さした。


 「実はこの橋、昔はもっと大きな橋だったんだって。祖父母から聞いた話だけど、昔の人たちはこの橋を渡って山の向こうまで行ってたらしいんだ。」


 「へえ、そんな歴史があったんだね。」


 凛は興味深そうにその橋を見つめた。川の流れとともに、かつての人々の足音が微かに聞こえてくるような気がした。光がそんな話をしてくれるたびに、凛はこの町のことがますます好きになっていった。


 橋を渡り終えると、二人は少し開けた場所に出た。そこには古い木造の風車が立っていた。風車は長い間使われていないようで、少し朽ち果てていたが、その姿はどこか懐かしさを感じさせた。


 「この風車、子供の頃に来たことがある気がする……」


 凛は風車を見上げながら、ぼんやりとした記憶が蘇るのを感じた。母と一緒にこの場所を訪れたことがあったのかもしれない。しかし、その記憶はあまりにも曖昧で、詳細を思い出すことはできなかった。


 光は風車の近くにある木のベンチに腰を下ろし、凛を招いた。


 「ここに座っていると、風が通り抜けるんだよ。僕はよくここで本を読んだり、ただぼんやりと過ごしたりしてたんだ。」


 凛もベンチに座り、風の音を静かに聞いた。風が凛の髪を優しく揺らし、夏の匂いを運んできた。


 「光くん、この町で過ごした時間って、君にとってどんな意味があるの?」


 ふとそんな質問が口をついた。凛は、この町に特別な愛着を持つ光の気持ちを知りたくなったのだ。


 光は少し考え込んでから、ゆっくりと話し始めた。


 「僕にとって、この町は全部が思い出なんだ。子供の頃の楽しい時間も、辛かった時期も、全部ここで過ごしたから。この風や、この風景を見ていると、なんだか自分がどこにいても変わらない存在だと思えるんだ。」


 その言葉に、凛は少し胸が締めつけられる思いがした。光にとってこの町は、ただの故郷以上の存在なのだろう。ここでの時間が、彼の心を支え続けてきたのだ。


 「凛ちゃんはどう?この町で過ごす夏、どんな風に感じてる?」


 今度は光が凛に問いかけた。凛は少し戸惑いながらも、自分の気持ちを正直に話すことにした。


 「私は、最初はただの休暇だと思ってたんだ。都会の生活に疲れて、ここに来たら少しはリフレッシュできるかなって。でも、実際にここで過ごしてみると、そんな単純なことじゃないって気づいたの。この町での時間が、私にとって大切な何かを教えてくれてる気がするんだ。」


 凛の言葉を聞いて、光は優しく微笑んだ。


 「それが何か、これから一緒に探してみようよ。僕たちが見つけられることが、きっとあると思うんだ。」


 その言葉に凛は頷いた。光と一緒に、この町で過ごす時間が、自分にとっても特別なものになっていることを感じていた。


 ベンチに座って、しばらくの間、二人は静かに風の音を聞いていた。その風は、過去から未来へと続く道を通り抜けていくようだった。


 そして、凛はその風の中で、また一つ、この町での大切な思い出を作り上げているのだと気づいた。

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