第36話 アドミラァァァァァァァァッ!てめえコラぁぁぁ!

一般的な銭湯と違うのは、まあ仕方ないだろう。

シャワーがなくて、ポツポツと桶が置かれてるだけで、椅子も何も無い。

目の前に浴槽が一つ、それから左端の方には浅めの浴槽が一つ。そっちでは数人の人が縁に腰掛けて喋っていた。


で、気になったのは右端の間仕切りだ。

めちゃくちゃ簡素な造りな上、何故か扉がポツンとある。

たぶん隣は女湯だろ?

いや別に覗きゃしないけど、スゴイな異世界。

服のプライバシーは保護するくせに、ここは気を使わないんかい。


異世界クオリティに圧倒されつつ、桶を取って目の前のお湯を掬った。


ザバッ――。


「くぅー」


いやいいねえ。

ここへ来て二日目。

汗はかいたし、ゴブリンの汁やら汚水も浴びたし。風呂があるってのは最高じゃん。


でだ、石鹸が無い。

誰も体を洗っている人がいないから、見本がなくて困る。

そもそもこの世界に石鹸はあるのか。

そもそもここで使っていいのか。


つーか、俺はお湯を浴びたわけだが、使い方あってんのか?


さっきから、チラチラ見られてる気がしてならん。


さてどうしたものか。


どうしたもこうしたもあるかいっ!

ニオイが落ちるまでお湯をかけるしかねえや。


お湯を掬って頭から被ろうとしたら、ヒタヒタと足音がした。


ザバッ――。


「くぅー」


「こんにちはー。初めてですか?」


一旦チンコを経由してっと、声の主に視線を合わせた。

俺はド直球ストレートのノンケボーイだから、野郎に興味はねえ。

だがしかし!

見ちゃうよね。まあ普通だったわ。

むしろ俺のほうがデカいまである。


ふっ。


「あ、はい。初めてっす」


「体を流すならあっちがいいですよ」


指さされたのは、左端の浴槽……ではなくてその横っちょだった。

どうやら俺が見落としていたらしく、歩いてくとそこには、シャワーっぽいもんがあった。

ご丁寧に石鹸もな。

カウンターのおっさんめ、商才あるやんけ。


つーか日本人が多い世界なんだから、石鹸もシャワーもあって当たり前ってか、あっても不思議ではないか。


「ありがとうございます」


「いやいいんだ。よいしょ」


「……っしょ」


何故か隣に腰掛けたその男性は、俺よりも年上っぽくて、体つきもがっしりした野郎だ。


「これを使って――」


しかも甲斐甲斐しく世話まで焼いてくれる。

ふむ、ありがたいぜ。

この世界の人間は、終わってるやつかアホしかいないと思ってただけに、この人が神に見えてくるわ。


「背中、長そうか?」


「う、ああ、じゃあ、はい。お願いします」


背中まで流してくれるという優しさだぜ。


この人は、職人か何かなのか?なかなか手がゴツくていらっしゃる。


「んあっ」


「うん?」


不思議な音が聞こえた。

背後の男性からではなく、もっと遠くから。


いや気のせいだろ。


「ところで、ここに住んでるの?」


「いや、隣町から来ました。ちょっと用事がありまして」


「はあ、そうなんだね」


……そんなに背中汚れてるか?

うーん、なんか手つきも優しいし。

まあアレか、心の優しさがでてんだろうな。

アドミラだったら、爪立てそうだし。シェリスは背中から蹴飛ばしそうだし、レイアが一番まともに洗ってくれそうだな。


まあ、そんな日は一生来ないだろうがな。


パンパンパン――。


「……ん?この辺でボディーパーカッションでもしてる人います?」


「ぼで、え?なんだって?」


「……あ、いや。気のせいでした。すみません」


あれ?気のせいだよな。うん、気のせいだと思う。

近くに体を流してる人もいるけど、うん、普通だ。


……気のせいだよな。

そういや、浴槽の縁に腰掛けてた人たち、やけに距離が近かった気がしなくもない。


「気持ちいいかい?」


「あ、え?いいえ、あいや、はい。あー、オッケーです」


「……お、オッケー?それは、気持ちいいってことだよね?」


「すぅー、あー、まあそっすねー」


俺の心が汚れているだけだ。

こんな優しい人の言葉を、卑猥な意味に捉えてしまうとは。

間違ってるぞ俺。


ビリビリ――。


「んあっ、服が……」

「こういうのが好きなんだろ?」

「は、はい……ッあ」


すぅぅぅぅぅぅぅぅ、はぁぁぁぁぁぁぁぁ。

鼓膜がイカれてるんだな。

きっとそうだ。


「背中はもういいかな」


「そっすねー」


「……じゃあ」


んー?なんか怖いぞ。続きを聞きたくない気がするなあ!

一旦話を逸らせ俺!巧みな話術でかましてやれ!


「あ、あの、隣は女湯ですよね?あんなの覗き放題じゃないすか?今まで被害とかなかったんすかねー。いやもちろん、俺は覗かないっすよ?」


「女湯?そんなのないよ。隣は風呂場じゃなくて……だからね」


おっけい!来るとこ間違えたー!


「さあ、こっち向いて?前も洗ってあげるよ」


男の力は強かった。

ちっこい椅子の上をグルンと回転させられて、強制的に見合う形となった。


「はあ、可愛いね」


「……っっ、ん゛ん゛ああああ、すんませんしたぁぁぁ!」


俺は駆け出したが、石鹸でヌルヌルしてて、アイススケーターみたく滑りながら、脱衣所を目指した。


「あ、おい君!どうしたんだい?」


すまねえ!アンタ、悪い人じゃないんだろうな。

でも、俺にナニ見せてくれてんだタコ!


体重を傾けてカーブを曲がろうとした時、浴槽の方がちらりと見えた。


それはもう、アレだった。


アレをアレして、アレしてた。


「んぎぃぃぃぃ、なんでこうなるんだよぉぉ!」


巧みな身のこなしで脱衣所へ飛び込み、自分の服をひっ掴んだら、棚の奥から変な音が聞こえた。


「はあ、もうこんなに、はあ」

「合わせて、そう一緒に、はあ、いいよ、アッ」


ヤヴァい!ここは俺のいるべき場所じゃない!

服を着たいが、全身ずぶ濡れな上、石鹸がついたまま。

ペタペタと張り付いて、全然着れない。

焦れば焦る程に、うまく袖を通せない。


「おーい、あ、いたいた」


すると、脱衣所の前にやってきた、あの男性。

お前は本当に、面倒見がよろしいこってぇぇ!


もう時間がない。俺との距離、僅かに10歩程度。

クソッ!こうなったらパンツだけ履いてトンズラしかねえ!


ほんでお前は、俺よりもデカくなってるソレを見せつけるなッ!


「どうしたんだい?何か気に障ることしたかな」


「あー、いえ」


「じゃあ……」


ヤバい近づいてきてる。

なんか言え!なんとか言って下がらせろ!

だが気をつけるんだぞ俺、あの人は悪い人じゃない。普通にいい人だ!


「あ、えーと」


「君が好きなんだ、わかるだろ?」


「あー、そっすねー。あ、アレだ!アレ!」


「アレ?」


「ま、マジになりたくないっていうか。その、本気になったら、俺、ヤバいんで」


どゆことぉぉぉぉ!?

喧嘩慣れしてないもやし人間の、ささやかな抵抗みたくなってるぞ!

言ってる俺が一番意味不明だぞ!


「……本気ってことかい?」


だが、効果はあったようだ。

早くパンツを履け俺!

会話を繋ぎながら、パンツを履くんだ!


「は、はいそうっす。お互い困るんじゃない、っすかね?」


「……困るわけないだろッ!」


ぇぇぇ!?なぜ怒る!?おめえの感情バロメーターグラグラしすぎだろ!


ああ集中しろ、片足さえ通せば終わりだ!


「ど、どーゆう、っと、意味すか。困らないって」


「俺もずっと、誰かを探してたんだ。体だけじゃない、心の通う誰かを」


「あーはー。っしょっとぉおぉ!」


「君の想い受け取った!さあ――」


「ほんとすいません!ぶん殴られても文句は言えませんし言いませんからごめんなさい!」


小脇に服を抱える俺は、上着とパンツ姿であった。

カウンターのおっさんには目もくれず、一目散に外へ飛び出し、憎きあの女の元へと走った。


盗賊を換金してるはずだから……。


「コロウン騎士団詰め所、そこかぁぁぁぁぁぁ!」


今この感情のまま、世界陸上に出場すれば、間違いなく俺は、日本にメダルを残せただろう。

それほどの脚力、それほどのコーナリングを見せて、騎士団詰め所の扉を蹴飛ばした。


バダムッ――。


騎士がたくさんいるなあ!

俺のことを変質者扱いする女もいるなあ!

衆目が集まってるけど知るかぁ!


どこだ、悪魔めどこにいる!


……いた。


「フフフ。気持ち良かったですかぁ?」


んてめぇ、この。


「アドミラァァァァァァァァッ!てめえコラぁぁぁ!ぶっ殺してやらぁぁぁぁ!」






――――作者より――――

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