第34話 賢者ジュン
ユーチューブで般若心経をリピート再生していて良かった。
唱えると、なんだか心が安らぐ。
この世の煩悩に誘惑されないで済むよ。
いやー、助かったぜ。
「ジュンさん、何してたんですかぁ?」
「ああ、清い心を取り戻すために、徳の高い方のお言葉を復唱してた。うん、よかったなシェリス、アドミラと仲直りできて」
「……ぴょ、ぴょん?なんか変ぴょん」
「そんなことないぜ。ハハハハ、アドミラ、もうそんな攻撃、俺には通用しないぜ」
「チュパッ。はあ、変ですねぇ。また呪文を唱えるかと思ったのにぃ」
「はあっ!?アド、アドミラたんが、私の、私の唾液を……間接ディープ……はぅあっ」
「……シェリスちゃんが、おかしくなっちゃいましたねぇ」
さて、スキル発表の続きといこうか。
いちいち反応してたんじゃあ、キリがないからな。ハハハハ。
「【魅惑】【聞き耳】【金勘定】のアクティブとパッシブを教えてくれないか?ああ、歩きながらにしよう。時間がもったいないしな」
ガラガラ――。
「ジュン、まるで人が変わったようだ。スゴイなあの呪文。今度教えてくれよ」
「長いぞー?覚えられるかな?」
「ハハハハ、覚えてせるッ!」
目を細めている者が二人いるが、まあ仕方ない。
今までの俺は、煩悩に支配された愚かな人間だったからな。
この俺をすぐに受け入れろと言われても、無理な話だろうさ。
「……【魅惑】のパッシブは人が私をどのくらい好いてるか、好感度が見えるぴょん」
「へえ、スゴイなあ」
「……【聞き耳】は、パッシブで遠くの音が聞こえるぴょん。アクティブは音を聞き分けられるぴょん」
「ほう、使い方次第では何かに使えそうだな。【金勘定】について聞いてもいいか?」
「……アクティブは、金の勘定が一瞬でできるぴょん。パッシブは物と物を比べて、どちらが高価か分かるぴょん」
「ふむふむ。詐欺師泣かせのスキルだなあ。ハハハハ」
「コイツ、おかしいぴょん。なんか変ぴょん」
さて、後はレイアだけど、俺は知ってるんだよなあ。
言ってもいいのかな?一度確認を取ってからにしよう。
プリッケギルドから、スキルがしょぼいという理由で、冒険者登録を断られたと言っていたし。
あまりスキルには触れられたくないかもしれない。
プライバシーにも関わることだしな。うん、その方がいいよ。
「レイア?みんなに共有してもいいかな?」
「……まあ、そうだな。全員のスキルを聞かせてもらったし、隠すのも気が引ける。私のスキル――」
「ああ、俺が代わりに言おうか?一人で言えるか?」
「ん、ああ。随分と優しいんだな。大丈夫だ」
「そうか、頑張れ」
「……ああ。えーと、一般スキルが【徒手格闘術】で特殊スキルが【処女の祈り】だ。【徒手格闘術】のアクティブは敵の急所を看破できる。パッシブは肉体強度を限界まで引き上げる、だな。有名だから知ってると思うが」
「いや知らなかった。教えてくれてありがとう。もうひとつの方も、教えてもらっていいか?」
「【処女の祈り】のアクティブは祈ると治癒できるというものだ。自分は治せない。パッシブは他人から嫌われにくくなるらしいが、どうなんだろうな」
「嫌われにくいのは、レイアの性格がいいからだと思うぞ。うん、間違いない」
「……なんだか、とても優しくなったなジュン。やはりあの呪文が?」
「さあ、それはどうかな?ハハハハ」
3人のスキルは分かったぞ。
みんな良いスキルを持ってるじゃないか。
もっと早くに聞いていれば、パーティの連携にも意識を向けられただろうに。
いや、過去に目を向けても仕方ない。
これからだもんな、このパーティは。
「……ジュンさんのスキルはどうなんですぅ?【コールセンター】が使えないことは知ってますけどぉ、他にもあるんですぅ?」
「ああ、あるぞ。【剣術】と【家庭料理】だ。【家庭料理】はアドミラとお揃いだな。ハハハハ。両方とも使い方を知らないんだが、誰か教えてくれるか?」
「……怒らないんですかぁ?【コールセンター】はクソスキルですねぇと言ってるんですけどぉ」
「俺が不甲斐ないってことだろう?これから頑張って見返してみせるよ。ハハハハ」
「……おかしいですねぇ」
「なあ、スキルについて教えてくれよ。【家庭料理】はどうやって使うんだ?」
「……アクティブはぁ、調理機材の扱いが上手くなりますぅ。パッシブはぁ、調味料の味を忘れませんねぇ」
「へえ、面白いスキルだ。異国の調味料は、味を忘れやすいからなあ。どこかで使えそうな気がするよ。【剣術】の方はどうだろうか」
「ああ、私が知ってるぞ!アクティブは武器の威力を上げることができる。【剣術】という名前だが、刃がついている武器ならば、全てに適応される上等なスキルだ。
パッシブは、剣を携帯していた場合のみ発動する条件つきで、肉体の強度が少しだけ上がるぞ。私の【徒手格闘術】と比べると、やや見劣りしてしまうが、気にすることなはない。
【剣術】は攻撃に重きを置いたスキルだからな。攻撃は最大の防御というだろう?」
「なるほど。攻撃重視のスキルか。だったら俺には剣が必要だな、お金が貯まったら買うとしよう」
「ところでジュン、日本では剣士をしていたのか?」
「ん?いや剣士なんて職はないぞ。剣道という武術を嗜んでいただけだ」
「はあ、なるほど。一般スキルは、個人の経験によって発現するといわれてるんだ。
特殊、種族、神託スキルなんかは、生まれた時に決まってて、消えたり増えたりしないものだが、一般だけは努力次第で増やせるんだ」
「それなら例えば、弓なんかを練習すれば?」
「【弓術】スキルが発現するかもしれないな。でも、発現条件がはっきりとは解明されてないんだ。とある槍の達人には【槍術】のスキルがなかった、なんてのは有名な話で、それぐらい、よく分かってないんだ」
「そうか。そうなんだな、その槍の達人は不憫だな。きっとスキルがないことで嘲笑されたんだろう?」
「……あ、ああ」
「達人と呼ばれるほどの実力がある。それは努力の証じゃないか。それなのにスキルで笑われてしまうなんて、不憫だな」
「……ジュン。まったく同意するよ。君は、なんていい奴なんだ。私もスキルで笑われた口でな、私自身の努力をバカにした時期もあったよ。でも、そうだよな、ジュンありがとう。なんか救われた」
「ハハハ、よせやい」
ガラガラ――。
舗装された通りを歩き数十分。
各々のスキルも把握できたところで、折よく町の入口である門が見えてきた。
「あれがコウロン町かあ。いい町だなあ」
「……どこがですかぁ?ただの寂れた町ですけどぉ」
「見ろ、人が笑ってるじゃないか」
我が子の顔を見て笑う母親。
楽しそうにネズミを追いかける子どもたち。
煙草と酒で机を囲み、ガハハと笑い合う男たち。
いいじゃないか。
「おかしいですねぇ。これは一度、調べるべきですぅ」
「ん?どうした?なんで止まるんだ」
「町へ入る前にぃ、ジュンさんの異変を調べましょう」
「ハハハ。面白いこと言う、ヒギャッ」
ア、アドミラ……、脛、脛脛!脛を蹴りやがった。
「ううぐっ、はあ、はあ、いい、痛゛え、なんで蹴るんだ」
「……スキルに操られてるのかと思いましてぇ。精神系スキルはぁ、痛みに鈍感なことが多いですからねぇ。蹴ってみましたけどぉ、勘違いでしたかぁ」
「はあ、はあ、わ、分かってくれて良かった」
胡乱な目つきは変わらなかったが、思い当たる節がないのだろう。
不承不承といった面持ちで、歩き出そうとしたら、今度はシェリスが声を上げた。
「……んん?クンクン、クン、なんか、臭いぴょん」
「ジュンさんの顔でしょぅ?」
「……違う臭いぴょん。イカ臭いぴょん」
「イカ臭い?あの、海の生きものですかぁ?」
「うん、コイツイカ臭いぴょん……あ、もしかして」
まったく愚かな奴らだ。
人を軟体生物呼ばわりとは、ヒドイヒドイ。
「レイア、先を急ごう。盗賊たちも苦しいだろうからな」
「ああ、そうだな」
ガラガラ――。
「フフフ。ジュンさぁん?」
ああ、いい天気だ。
絶好のピクニック日和だなあ。
そうだ、みんなでピクニックに行くってのも乙じゃないか。
「おい生臭男ぴょん」
ハハハ。盗賊を引き渡した金で、美味いものを買って、小高い丘にでも行きたいな。
涼しい風を浴びて、みんなでワイワイ楽しく……。
「臭え、やっぱりコイツイカ臭いぴょん」
「フフフ。いっぱい出ましたかぁ?」
……。
「下着、洗ってきたらどうですぅ?ジュンさぁん」
ええい!南無三!
――――作者より――――
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