第31話 スキルってしゅごい 中編

ベンジャミンの不気味な呟きは、スキルの発動を明示していた。

普通は明示したらダメだと思うけど、彼らの流儀なのだろう。


ブンッ――。


空を切ったレイアの拳。

避けられたわけでも、狙いを外したわけでもない。


敵が消えた。

キョロキョロと首を動かし敵を探すレイアだったが、俺は見えている。


たたらを踏む彼女の背後に、ベンジャミンが立っていることを。


「レイア後ろだ!」


「なにっ!?」


だが、一步遅かった。

ベンジャミンは背中のナイフに手を伸ばし、振り返りざまのレイアへと切っ先を差し込んだ。


ガギンッ――。


「はっ!?」

「ちっ、頑丈な鎧だ」


今のは危なかった。

マジで危なかった。


鎧のおかげで貫通こそしなかったものの、もしも首や顔を狙われていたら……。


「ヒッヒッヒッ。俺の出番かあ?」


最後のひとり、モブCも動き出した。

盗賊は残り三人。一方のこちらは戦える者が二人、足手まといが二人。


俺も何かしねえと、これは勝てないかもしれない。


「アドミラ!戦闘スキル隠してないよな!」

「ないですよぉ!」


ですよね。

じゃなきゃ、そんな顔しないですよね。

アイツも焦ってるみたいだ。

どうにかしないと。


「ヒャッハー、スキル【人拐い】!」


ヒャッハーといえばモブBか!?

シェリスへ視線を向けると、腹に刺さったナイフを引き抜かれ、シュルシュルと麻縄に拘束されている真っ最中だった。

拘束といっても、モブBが汗水垂らしてふんじばってるわけじゃない。

シェリスの全身に、自動で巻きついているのだ。


しかも……胸を強調した卑猥な縛り方で。


クッソぉぉぁ!

これは非常にヤヴァい!


ニタニタしたモブBは、シェリスを放り投げてターゲットを切り替えた。

苦々しい表情を浮かべるアドミラへと、ジリジリと近づいている。


剣があれば、剣さえあれば、俺のスキル【剣術】が火を吹くというのに。


こうなりゃ、棒でもなんでもいい!

なんかないのか!?


なにもなぁぁぁい!


ええい、とりあえずやるっきゃねえ!


「ハサミ、ペーパーナイフ、ホッチキス!」


バラバラ――。


当たり前のように落っこちてきた筆記用具たち。

俺はペーパーナイフを拾って、アドミラの近くに放った。


「アドミラ刺せ!」


アドミラはペーパーナイフを拾い上げると、目を細めて敵を見やった。

心なしか、手が震えているな。


そりゃあそうだ。ドS大怪獣だが女の子だ。

恐ろしいに決まってるじゃねえか!


「……ヒャッハ、なんだあ?」


一瞬だけ足を止めたモブBだったが、効果は薄かった。薄く短いペーパーナイフでは恐るるに足らないといったとこだろうか。


だがしかし!

そうはさせんぞ馬鹿野郎!


「椅子!」


ガタン――。


「……ヒャハ?スキル、か?」


よし意識を逸らした。

もっとだ、もっと俺を見ろボケい!


ガシリと椅子の脚を掴み、ぶん投げ……あ、あれ?重っ。


「……?」


今度は両手で持ち上げて、その場でぐるぐる回転した。

ここで日本での知識が活きるってもんだ。

重たい物をぶん投げるなら、やはり陸上競技だろう。

椅子を放り投げ、室伏◯治ばりの雄叫びを上げた。


「ウォォォォオォォォォァッ!」


ガタン――。


「……何がしてえんだ?」


と、届かないだと!?

マズイ、想定外だ。いくら貧弱な俺でも、さすがにこの距離は届くだろって思ってたのに。


だ、だがアレだ。

盗賊たちの動きを止め、意識を俺に向けることは成功したな。


よーし、やってしまいなさい!アドミラさん!


「フフフ。ガラ空きですよぉ、頸動脈がぁ」


「……ふあっ!?ぐあっ」


ぶしゃぁぁぁぁぁ!


梨汁ではない。

真っ赤な飛沫がお空に吹き上がった。


「ヒャ、ヒャハ、ク、クソぉ」


ドサリ――。


首を押さえているが、アレでは止血できないだろう。

とんでもない量の血がドクドクと流れ出している。


もはやグロさもない。

なんか映画でも観てるみたいな、嘘くささまである。

こんなに血って吹き出すんだ。

こんなに顔は白くなるんだ……。


「フフフ、イヒヒヒヒヒ。はあ、はあもっとお顔を見せておじさん。ああッ!いいッ、最高ですおじさぁんッ!」


「はぐっ、はぁっ、はっ……」


グロさよりも、恐ろしいのが勝ってしまう。

アドミラのマジもんの狂気を見てしまったから。


モブBの顔近くに屈み、ニヤニヤしながら顔を凝視している。しかも息を荒くして……。

興奮していた。全身を震わせて、それはもうエロティックに……。


「こ、怖いから!アドミラさん怖すぎるって!それよりも前見ろ前!」


ベンジャミン、モブCの両名は驚きから怒りへと表情を変えていた。

そりゃあそうだろうな。仲間を殺されてんだから。


「許さねえ、許さねえぜ」

「ヒッヒッヒ。殺してやる!」


怒りの矛先は、アドミラへ向けられた。


なんかごめん!本当にごめん!でもお前らが悪いんだぞ、そうそう、正当防衛的なのが成り立つはずだ!

成り立たないなくても、俺は無関係の第三者なんで無罪だ!アドミラが殺ったんだからな!


「私から目を逸らすとは、いい度胸だ盗賊がぁぁぁあ!」


バゴン――。


レイアにぶん殴られて、ベンジャミン撃沈。

コイツは、大したことしてねえな。瞬間移動はスゴかったけど、あまり活躍せずと。


残るはひとり、モブCだけだ!


「レイア!シェリスの治療を頼む!」

「了解した!」


さてさて、お前ひとりなら勝てそうな気がするぜ。

ホッチキスの魔術師たるこの俺が、貴様をパンクロッカーみたくしてやるわ。


「ヒヒッ……お、お前らやるじゃねえか」


「アホ面のモブCよ!抵抗せず――」


「ヒッヒッ、死ねぇぇぇ!」


「うわっちょタイム!ちょ!」


タタタッと走り出したモブCは、軽やかなステップで俺を翻弄した。

左右に揺れる体から繰り出されるパンチ。

急所を突く精緻なピンポイント攻撃。

それはもう華麗で優雅で、美しかった。

まるで夕立後に現れた虹のように。


んなことよりもぉぉぉ!

痛゛い!


「ぢょ、あ、レイア、だずげで、アドミラ!だずげ」


「ヒッヒッヒ!お前はザコのようだな」


一応、敵の腕にホッチキスをパチンとしてみたが、なんの効果もなかった。

興奮してて、ホッチキス程度の痛みじゃあ効かないらしい。


うむ、良いこと一つ勉強できたな。


「れ、、れぃあ、ちゃ、ちゃすぢぇ」


「貴様ッ!そんなに殴ることないだろう!」


ゴズッ――。


「モブッ」


麻縄を解く手を止めて、ようやく俺の救出に来てくれた。

蹴り一閃。見事にモブCの腹にめり込んで、ゴロゴロと転がっていった。


「ぁ、ぁりがちょう」


「……ヒドイな。顔がぶどうみたいになってるぞ」


「ぁぁ、ぅん。あちょで、治療、ぉねがいじみゃす」


「あ、ああ。まずはシェリスから――」


そう言ってレイアが視線を逸らした瞬間。

俺の背後から不気味な声がした。

ちょうどモブCが転がっていった所から。


「ヒヒヒッヒ。まぁだ終わっちゃいねえぜ。スキル【近接格闘術】発動!」


「……にゃ、にゃにぃ!?」


俺は思わず後ずさる。

見た目に変化はないが、何かが起きている!

わざわざスキル発動を宣言したのだから、間違いないッ!


「ヒッヒッヒ。【近接格闘術】アクティブスキルは、己の武器と肉体をちょっとだけ回復してくれる。気絶させなきゃあ、俺には勝てないぜ」


「しょ、しょうなのか!気絶しちゃら、スキルは……」


「使えねえよ。アクティブスキルは意識しなきゃあ、発動しねえからなぁ!ヒッヒッヒ」


ありがとうモブC!


「レイアしゃん!相手をしちぇやりなさい」


「わ、私か!?シェリスの縄を解かないと……」


「仕方ない。俺が代わりゅから、相手を!」


「分かった!」


今助けるぞシェリス!

すれ違いざま……俺とレイアは頷きあった。


なるほど、彼が仲間、か。

たしかに俺は弱い。でも俺にだってできることがある。

戦えない分、サポートに徹するのだ。

シェリスの縄を解き、止血をしないと……。


集中しろ!集中するんだ俺ッ!


「シェリス!今解くぞッ!」


「はぁ、はぁ」


「うぉぉぉぉ!唸れハサミ!」


みっちりと締め上げられた麻縄には、ハサミが入る隙もなかった。

であればまずは足先から。

端っこから切り進めていくしかないだろう。

だが……。


「くっ、刃が通らない」


刃が通らない、だと!?

この分だとペーパーナイフでも通らないはず。

仕方ない。時間はかかるが、ハサミ刃をギコギコして切断するしかない!


集中しろぉぉ!集中するんだ俺!麻縄だけを見るんだぁぁぁ!



「これで終わりだぁぁ!」


ガスッ――。


どうやら、レイアの方も戦いを終えたようだ。


早くしろ!レイアが来る前に、俺が麻縄を解くんだ!

集中、集中、集中!

麻縄を見ろッ!上に視線を向けるんじゃないッ!


「フフフ。視姦ですかぁ?シェリスが倒れてるこの機に乗じて」


はぅっ!?


「な、なななななにを言ってるのきゃなぁ」


違うんだ本当に助けたいだけなんだ。

これはマジ、全ての神に誓ってマジ。


でも……男の性が……クソぉぉぉ!

クソエロい縛り方をしやがって!

強調の意味わかってんのか!ここを見ろって意味なんだぞ!

緊縛師の意図を無視して、強調部分を見ないやつがあるか!?


「……おいジュン、胸のとこから解いたほうが早いぞ。ほら」


ハラリ――。


レイアはなんの躊躇いもなく、胸の上下に指を突っ込んで、容易く縄を解いてしまった。


盲点だった。

たしかに胸を強調している分、他に比べて縄同士の密着度が低い。つまり弱い!


紳士ジェントルマン気質が強いあまり、弱点を見落としていた……。


やりおるな盗賊!


「はあ、はあ。アドミラたん、手を握って……」


「シェリスちゃん」


アドミラはその傷を見て、静かに膝をついた。

深い傷から流れる、その赤い血を見て、険しい表情を浮かべる。

スッと腹に手を触れて、シェリスの手を握りしめた。


「大丈夫よシェリスちゃん。今レイアが治すからねぇ」


「はあ、はあ。アドミラたんの匂いだ、はあはあ」


シェリスは握られ手を握り返し、貪るように匂いを嗅いだ。

そして、なぜか……指先を口に入れ……ベロベロ……。


「あ、あのー、治していいか?このぐらいならすぐ治るが……あとアドミラ、腹の傷に指を突っ込むな」


レイアはいかがわしい雰囲気の二人に声をかけた。

だが彼女たちには聞こえていない。

ぐちゃぐちゃと腹のとこで音を立ててるのは、グロすぎて俺も見てない。

なんでか知らないけど、シェリスの口元に目がいってしまう。


俺は神に祈った。

ああ神よ。シェリスをお救いください。


敬虔なる雄汝禁教オナンキンきょうの信徒として、お願いします。


すっかり板についた、あの祈りの姿勢で、神に祈った。


大切な仲間を救ってくれ、神よ。






――――作者より――――

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