第26話 期待させた罪は重いぞ

俺は走った。

体のあちこちが痛むのは、階段から転げ落ち、家の玄関で肩をぶつけて、暗い外で何度も転んだからだ。


あの男に何かされたわけじゃない。


俺が勝手に走り出して、コケまくっただけだ、


ズザザザ――。


「ぅゔっ、ぅゔっ……」


ああ暗くて何も見えねえや。

ポタポタと流れる熱い液体は、きっと血だろうな。


「ゔゔゔ、ひっゔぅぅ」


心の血だ。


「ぅわあああああああ!」


俺は走り続けた。

雑木林に突っ込み、ガサガサと葉をかき分け走った。


なんだよアイツは!

男がいたんかよ!最初から言っとけよ!

俺が間男になるじゃんよぉぉ。

童貞なのに間男ってなんなんだよぉぉぉ!


ゴチンッ!


涙で視界は曇り、辺りは真っ暗。

何も見えぬまま走り、とうとう木にぶつかった。


俺はぶっ倒れ、頭がグラグラする中、空を見上げた。


なんて美しい星々なんだ。

なんか聞いたことがあるな。

星の数だけ女はいるから、とかなんとか。


「だからなんだよ!死ねッ!」


星の数ほどいたって、俺に輝きを見せてくれた人は一人もいねんだよ!

数打ちゃ当たるって言いたいのか?

星がいくつあんのか知ってんのかバカがよ!

何兆もの星めがけて、俺は鉄砲撃たなきゃいけねんかい!

死んでしまうわ!その頃にはクソジジイになって、チンコも腐り落ちてるわ!


「……はあ、はあはあ。マジうぜえ、クソが。人の純情を弄びやがって。

パンと肉食って食あたり起こして、上と下から水吐き出してカラカラになって死にさらせッ!」


なぜなのだ神よ、なぜなんだぁ!

転生者、転移者はチート無双のハーレム好きの絶倫野郎だろ!


俺は人並だぞ!全部人並だ!

持ちすぎの野郎には女まで与えるくせして、人並みの俺にはなんにも与えないんか!


おかしいだろ。


もう……ハハハハ。


ムハハハハハハハ。


マジで笑えるわ。


あーうぜえ。

だが学べたな。

俺はここに来て一日目だというのに、大きな収穫を得た。


日本人はウンカスのウン汁だ。

ビリガンさんも言ってただろ。

義理と人情を忘れてるってよ。


あのバイオババアが、日本人を嫌ってるのも頷ける。

ひもじくて、家もボロっちいのに、ミキさんの家はピカピカしてるんだぜ。

村民から巻き上げたであろう税金でよお。


そんな日本人に嫌気が差してるはずなのに、俺を助けてくれただろうが。


ビリガンさんも、ババアも。


よし決めた。

優しくしてくれた異世界人には、優しくしよう。

そして日本人は全員敵だ。

敵じゃないにしても、まずは敵だと思うことにする。

同郷だから親しみで目が曇ってしまうが、今後は気をつけよう。


なぜかって?


こんなにムラムラしてんのに、ヤラせてくれねえからだよッ!


それだけだ馬鹿野郎!

死ね死ね死ね!


あ、そうだ。


こういう時こそだ。


俺は今、興奮してしまってる。

良くないな。


世界共通、男は胸に刻むべき言葉がある。


「シコって寝ろ」だ。


そう、まずはシコれ。

そして寝る。

これしかねんだよ。


遠くに明かりが見えるな。忌々しいぜ。

一応、辺りを見回してと。

誰もいないな。


ふう。

それでは、脳内でオカズコレクションを開いてと……。

今日は収穫物が色々あったからな。

使おうぜ。盛大に使っちまおうぜ。


ありがとな、シェリス、アドミラ、特にレイア。

息子に、生身の女を感じさせてくれてよ。


さて始めますか。

男が男であり続けるための、神聖なる儀式を。


ズルッ――。


そうだよな息子よ。

お前には悲しい思いばかりさせている。

許してくれ、不甲斐ない俺を許してくれ。


息子は怒りに震えていた。

そんな彼を、優しくしく包み込む。


いつものルーティンなのに、今日はなんだか切ないぜ。


さていつも通りに動かそうか、その瞬間だった。


「キヒヒヒヒヒ。何してんだおめえ?」


「……は、は、はあ、ぎゃあああああああ!」


誰もいないはずの暗がりから、ヌッとババアが現れたのだ。

ただのホラーでしかない。

むちゃくちゃ怖いって、何してんだよクソババア!死ね!寿命で死ね!


俺は腰を抜かして倒れた。

するとなぜか、ババアがグッと顔を近づけてくる。

松明も持ってないから、暗くて見えてないようだ。


つーか、ちょっとこの姿勢は嫌だ。


大股開いた足と足の間に、ババアいるのだから。


なんか、息子がおかしくなっちまう。

いやしぼんでるよ?可愛い子になってるけど、なんか……人の温もりを感じてしまっている気がする。


これはまずい!


「キヒヒヒヒヒ。一人で危ねえぞ。戻りな」


「おけおけおけおけ。わかりましたからちょっと離れてもろて。マジでお願いします、ちょっと下がってくれますか」


「はいよ、っしょっと」


ババアは大人しく下がってくれた。


俺はすぐに、片足で丸まってるズボンを掴み、もう片方の足を通した。


「おっし。はいどうもあざした。で、なにしてんすか?」


「……いんや、ちょっと見回りじゃ。もう行くでな」


見回りだ?嘘こけ!松明も持たずコソコソと見回りするやつがあるか。


「へい!ちょっと待った」


「……なんじゃい」


「分かってるぜ、アンタ、ミキを憎んでるんだろ。税金を搾り取られて、悔しいんだろ」


俺は協力する。


一飯の恩義だ!



という名目を借りて、ミキをとっちめてやる。

俺の純情を弄び、間男に仕立て上げた上に、ヤラせなかった罪は大変重い!


きっと、どこかの誰かが言うだろう。

「ヤラせなかったぐらいで、しょーもねえ。だからモテないんだぞ」と。


よしお前は死ね!

チンコを切り落として、宦官としてどっかで働いてこいハゲ!


だったら最初から期待させんなって話だろうがぁぁぁ!


ババア言え、言うんだ!

助けてくれ……恨みを晴らしたいんじゃ、と言え!

たとえお前が悪人でも必ず協力してやる!


「……そうじゃな。もう払う金もない。ミキにそう伝えたら、だったら子どもを寄越せと言ってな。今日の朝3名ほど連れ去られた」


ええぇぇぇ……。

それは、聞いてないよ。めっちゃ酷いやん。

なんか、普通に協力してあげたくなるわ。


「村で子供の笑い声が聞こえたじゃろ?明日には連れ去られるんではないかとな、家族がとびきり甘やかしていたんじゃよ。

いつもは笑わんというのに……今日はよう笑いよった……悔しいなあ。

ワシの体一つで済むならと思うと、悔しいんじゃ」


想定外に重いぞこれ。

ミキはクソド畜生じゃねえか。


「……後生じゃ。助けてはくれんか。何でもするから、助けてくれ」


くっ。ここはふざけるところじゃねえや。

ふざけたら、神にも仏にもぶっ飛ばされちまう。


「もちろんだ。召喚勇者ジュンが、ミキを成敗してくれる!」


「そ、そうか。ほんとか」


「男に二言はない!任せろッ!」


……とは言ったものの。

さてどうしよう。


別に決めたわけじゃないけど、参謀的ポジションははアドミラだったからなあ。相談しないとだよなあ。


あっ!

あるじゃんよ、これが。


俺は首からかかっている例のブツを思い出した。

なかなか便利やねえ。


『おい起きろアホども』


『……』


『……』


『……アドミラたん』


ちっ。シェリスだけか起きたのは。

まだ寝ぼけてるみたいだけど。


『起きろおぉぉぉぉぉぉぉッ!悪人をぶっ飛ばすぞ!』


『……ジュンか?うるさいぞ』

『ちっ。マジでウザいですぅ死んでもらっていいですかぁ』

『あ、アドミラたん。匂いがするよぉぉ』


シェリスは次の街で置いてこう……と思ったが、クソ。

奴が主戦力なのは間違いない。外せない、か。

人員不足も甚だしいなまったく。


『ミキはド悪人だ!とっちめるぞ!』

『何ッ!?悪人だと?いい人だと思ったんだが』

『金回りいいですからねぇ。バカでも分かりますよぉ』

『ぴょんぴょん』


『アドミラさん?なんか考えてくれます?』

『はあ?知らないですよぉ。シェリスにぶん殴らせればいいんじゃないですかぁ?』

『殺るぴょん?』

『私も参戦しよう。この剣の実力を試したいからな』


『……子どもが、身売りされそうなんだ。ミキは村民から税金を巻き上げられないと知り、子どもを拐ったらしい』

『今も世界のどこかで起きてるような、ありふれた事象ですねぇ』

『おいおいアドミラ。急に起き上がってどうした?ああ、なるほど』

『アドミラたん、優しいぴょん。私にもお情け欲しいぴょん』


『異世界人が図に乗るのは許せませんねぇ。シメますかぁ』






――――作者より――――

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