第24話 バイオハザード

ドワーフ国、アマゾネス国の他、戦闘略奪国家フィヨルド、日本人が教祖のロリロリ教を国教とするロリータ法国、そして最後に……。


「ジュンさんにはとても馴染み深い国かと思いますよぉ」


「俺に?うーん、ああ!日本ぽい国があんのか?例えば倭の国とか、ヤッポンとか、ジャパンとか。そんな名前の国だろ」


「いいえ。雄汝禁オナンキン皇国ですよぉ。汝様ナンさまでしたらぁ、ギルドの一つや二つ作れるんじゃないですかぁ?」


「……ま、まあな」


「では参ります――」


「いやちょと、待って、お、落ち着こう」


絶対に行きたくない。

雄汝禁教オナンキンきょうの国だと?

つい最近会ったアイツらも相当だったけど、総本山にはもっとヤバい奴がいるに決まってる。

アレだ、バイオハザードの世界だ。死臭漂うゾンビたちが群がってくるに違いない。


もしも足を踏み入れたら、俺が信徒でないことはすぐにバレる。

そうなるとレイアが追求してくるだろ、返す言葉もなくアワアワしてたら、シェリスとアドミラが会話に割り込み……そして全てバレる。


俺が暗器と呼んでいたブツ。

祈りと称した中腰の意味。

全部バレちまう。


それに俺は怖いんだ。

奴ら性に飢えすぎて、見るのも怖いし触れるのも怖い。

あの時のように、腰を押し付けてガクガクされたら堪らん。

ゾンビは生きた人間を食べるけど、奴らも……ある意味では食べる。

この可愛らしく清い体を貪るはず。


絶対に入ってはならん!


「なしだ」


「えぇ?それじゃあ魔王領に行きますよぉ?」


「それがいい……魔王?ああああ!そういや魔王も雄汝禁教オナンキンきょう徒なんだろ?」


「はい、有名ですねぇ」


意外となんとかなるのでは?

魔王に会えるかは知らんけど、魔王の領ならば魔物とかもしっかり調教されてるはず。

雄汝禁教オナンキンきょう徒には優しくしてくれることを祈ろう。


「よし。魔王領へ行くぞッ!」


「いやジュン。暗いから今日は休もう。シェリスも疲れているみたいだ。先程からお尻をナデナデされている」


「ぴょん」


後ろを振り返ると、レイアにもたれかかり、息荒く頬を染めるウサ耳の姿があった。

淫乱キャラが定着しかかってるけど、お前はそれでいいんか?


「たしかに暗くなってきたな。で?野宿か」


「うーん、この辺りに村があるはずなんですぅ。そこで一泊させてもらおうと思ったのですけどぉ」


辺りを見回してみるが、雑木林があるだけ。

ただ、俺たちが今歩いてるのは道だ。リヤカーを引いても、まあ普通に歩けるぐらいに整備されている。というか踏み均してある。


普通に考えれば、道の先には人里があるだろう。


もっと先にあるのか?


ガラガラ――。


それから数秒後だった。


「……ぴょん!?」


「ど、どうしたシェリス。急にびっくりするじゃないか」


レイアにしなだれかかってたシェリスが、突然顔を上げて耳をピクピクと動かしたのだ。


「この先に人がいるぴょん」


「人?まさか盗賊ではないだろうな」


「ううん。村だぴょん」


開けた視界の先には、なんとも貧相な家々があった。

クィスリア町も相当なもんだったが、こりゃあ田舎も田舎。孤立した絶滅寸前の町って具合に閑散としている。


「あー、本当に人が?なんか、ちょっと、怖いんだが」


「いるぴょん。うーん、たくさんいるぴょん」


「たくさん……」


ゾクリと背筋が粟立った。

さっきまでの赤かった空に月明かりが広がり、照らし出される家屋の姿。

古びた戸が無造作に打ち捨てられ、カチカチカチと金属の甲高い音が響く。


俺はゴクリと生唾を飲み込み、リヤカーを引いて歩き出す。


ガタリ――。


路面が悪く何かに引っかかった。

その瞬間、うるさいぐらいに響いていた音が止んだ。

ピタリと、何かに勘づいたように。


ギギーッと音がした。

ガラリと金属を叩きつける音がした。


「キャハハハ」


狂ったように笑う子供の声。


俺は驚いて身を竦めた。

後ろのアドミラたちに視線を向けると、彼女たちはシェリスにくっついて固まって歩いていた。

まるで、恐怖を分かち合うように。


「……ここは農家が住んでるのだな」


こんもりとした小山の影。

レイアの言葉で、積み上げられた物がハッキリした。


赤黒く錆びついた農具――。


「ギャハハハははははは」


……ゴクリ。

喉が渇く。飲み込む唾すらないほどに。


「あ、アドミラ。帰りてえんだが」


「……薄気味悪いですねぇ。フフフ」


「な、何がおかしい」


「皆さん?仲間ですよねぇ」


その言葉を聞いて、心臓がビクリと跳ねた。

ドSキチゲエ女、何かする気だ。

頭よりも体が気付いたその刹那。


「こんにちはぁ!どなたかいますかぁ!」


アドミラは躊躇いなく叫んだ。

あたりの草木が揺れるほど大きな声で。


「ひっ、な、なななな、なんてことを、バカ!」


リヤカーを引く手に汗がにじむ。

心なしか呼吸が苦しい。

月明かりでは心もとない視界の中、端で何かが動いた。


「あのー誰かいます――」


「アドミラ、ちょ、ちょっと。叫ぶのは止めてくれないか。怖いんだよ、なんだか、ゾワゾワするんだ」


レイアが口を抑えて言葉を奪ったが、時すでに遅し。


「ギャハハハはははははは!」

「ふぁああああ!」

「ぶふっっっっふぉん!」


あちらこちらから奇妙な音が……。


はっ!?


俺は驚愕に目を剥いた。

自分が恐ろしくなった。


恐怖に身が竦んでいるというのに、どうしてか。


村のど真ん中に来ていたのだ。


「……みんな走れ!」


俺は叫んだ。

これはスキルか?

それとも何か別の……。


いや分からない。分からないけど恐ろしい。


クソックソッ。


ガタンッ――。


「うぉっ」


リヤカーが何かに引っ掛かり動かない。

どうしてこんな時に……。


「ジュン!誰か来るぴょん」


シェリスの焦った声に、俺も焦りが募る。

引っ張っても押しても動かないリヤカー。


「キヒヒヒヒヒ」


不気味な笑い声が……。


はあ――。


湿り気のある暖かい風が耳を撫でる。


「若い男だねぇ……キヒヒヒヒヒ」


次に触れたのは、不気味な声だった。




「いゃああぁあぁぁぁぁぁぁあ!ひいゃっ!ひやぁぁぁぁぁあ!きゃゃゃゃやゃあああああ!嫌だ!助けて!シェリス!レイア!アドミラぁぁぁぁ!」


俺は石のように固まった。

体を丸めて、視界も音も全て遮り叫んだ。


頼む助けてくれ。

もう、すぐそばに……。


トン――。


肩に触れたのは、硬くて軽いゴツゴツしたものだった。


まるで骨のような。


「キヒヒヒヒヒ。怖がっちまって、可愛いねぇ」


「みぃいいいいいゃあああああ!ごめんなさいごめゆなさいかごめんさいさいぜおこあん!ヘルプ!ヘルプミー!何でもするから許してぇええ」


トントン――。


「きゃやああああああああ、ごめんなさい!許してください!改心します!徳を積みます!頑張りますからあああ!」


トントントン――。


「ひゃああ――」


ゴスッ!


「あだっ」


「うるさいぴょん。早く立つぴょん」


シェリス……?


まさか助けに!?


ガバっと立ち上がり、白いもふもふに抱きついた。


「ありがとうありがとうありがとうあり――」


何度もありがとうを伝え、目を潤ませていたら、ふわりと体が浮き上がり回転した。


ドスンッッッ!


「ケフッ……」


背中に強い衝撃が走る。


「おい。口から糞尿を流し込んで、ケツからは土を詰め込んでよ、胃の中で堆肥でも作ってみるか?ああ?」


「はっ、はっ、ええ?」


「堆肥作って見るかって聞いてんだよ」


あら?シェリス?

なんで怒って……ああ、男嫌いだから。

嫌でも、そんな場合じゃないだろ。


呆然としていると、視界には見慣れた顔が映り込んだ。


「大丈夫かジュン。今のは痛そうだ」

「フフフ。シェリスさんの案に一票。堆肥を作って、こちらの方々にお渡ししましょう」


こちら……?


眉にしわを寄せていると、ヌッと視界に滑り込む謎の影があった。


「キヒヒヒヒヒ。怖かったかい?もう大丈夫だよ」


「……はあ」


バイオハザードの村にいそうな、しわくちゃの、ものすごいおばあちゃんだった。






――――作者より――――

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