第20話 隠れた一面

俺とレイアは白目を剥いていた。


「こちらはぁ、世界樹ユグドラシルの生木から切り出した、家庭用テーブルですぅ。価格は……読めますぅ?」


100億ゴールド……。

ゴブリンを根絶やしにしても足りないんじゃないか?

日本円では、ええと……。


「……一日の飯代っていくらぐらいなんだレイア」


「……外食か?安ければ、15ゴールドくらいだ」


「一食5ゴールド。500円ぐらい?てことは、千億、一兆円」


「フフフ。買いますぅ?」


「……す、すぐにこの場を離れよう」


レイアがまかり間違って、テーブルとやらを壊してしまわぬうちに。

つーか、どこのご家庭に置くんだよ。

国宝とかそんなレベルだろ。


「これ、いいぴょんね!」


「ぬぁ?」


背後を振り返ると、上等なナイフがピカピカと光を反射していた。

それを握っているのは、シェリス。


「ぬぁにをしてんだ!早く戻せ、それも高えだろ、たぶん」


「そんなことないぴょん。ほら……一万ゴールドだぴょん」


「ああ、一万か。安いな……って違う!それは錯覚だ!」


俺は、慌ててシェリスに駆け寄った。

一万ゴールド、日本円で百万円のナイフを取り上げて、ビロードの布が敷かれた飾り箱へと戻した。

それはもう慎重に。

神棚に御神酒を供えるぐらい慎重に丁寧に。


「目を覚ませシェリス!感覚が狂ってるんだ、一万だぞ!一万!」


「一万、万、万……万万?万万くれるぴょん?」


「戻ってこおぉぉぉおい!」


瞳孔が開ききったシェリスを捕獲し、俺たちはその場をあとにした。


アドミラの嫌味なセールストークを聞きながら、一階のショールームを散策していたら、正装の男どもが向かいからやって来る。


男どもの真ん中から顔ひとつ飛び出しているのは、グレーヘアのイケメンおじさん。

しかも、こちらを見てニコリと笑っている。


「お父様ぁ!」


「アドミラ!」


互いに名前を呼ぶと、グレーヘアのおじ様は、正装の男たちをかき分けて走り出した。

すると隣にいたアドミラも、キャラに似合わず走り出す。


いつぶりの再会かは知らないが、生き別れた親子のような感動シーンだった。

熱く抱きしめ合い、正装の男たちもハンカチで涙をぬぐっている。


「なんだコレ」


「ぴょーんぴょん」


「喋れや」


「なんだコレぴょん」


シェリスも、同じ感想だったらしい。

気が合うなんて珍しいな。


「さあ、上でゆっくり話そうではないか」


とイケおじは言うのだが。


「いいえお父様ぁ、上にはお客様がいるのでしょう?」


「ああ商談中の御仁がな。待たせているよ」


「それでは、独り占めできないじゃありませんかぁ」


「……おお、そうだなあ、そうだ!よしここで話を聞こう」


「ありがとうお父様ぁ」


「良いんだよアドミラ」


あんだこれ?

なーにを見せられてんだ。

アドミラの隠されていた一面的なことか?

いやどうでもいいわ。

だってアイツの素顔知ってるもん。


ほれ見てみ。


ニヤリ――。


アイツはただの悪魔だ。

親すらも手玉に取ってしまうな。


ということで、一階のカウンター奥にある部屋に通された。

さっきは見向きもされなかったのに、チェレーブロの親父が前を歩くだけで、俺たちにまで頭を下げてくれる。


こういうのは、全然嫌いじゃない。

どんどん虎の威を借りていきたい所存だ。


「しょっとお」


気が大きくなったところで、俺はソファへ腰を落ち着けた。

そりゃあもう、大股開きもいいところよ。


「ジュン、足を閉じろ。狭いだろ」


「男にしか分からぬ、蒸れというものがあるのだよ」


「蒸れ?意味が分からん」


ああ、分からんだろうな。お主にはついていないのだから。


「ふんっ」


「ふぎゅぁっ……ぐはっ、なにを……シェリスめ」


「邪魔ぴょん」


突っ立っていたシェリスが、隣に座る寸前。

中指を突き立てた拳を、俺の太ももにねじ込みやがった。

筋肉どころか骨まで折れそうだったわ。


「さあアドミラ隣へ座りなさい」


「はぁい」


俺たちが座ったあと、アドミラパパが向かいに座り、アドミラはその隣に座った。


ふんっ、皮を被りやがって。まるで俺の息子のようだ。

すべて知っているのだぞ。皮を剥けば臭いってことをなッ!


「さて、一体どんな冒険譚を聞かせてくれるのかな?」


冒険譚?

ああ、冒険者だから冒険譚ってことね。

いやでも、冒険者になったのって今日だぞ?

話せる冒険譚なんて……シェリスに犯されそうになったことぐらいじゃないか?


「今日は冒険のお話じゃないのぉ」


「そうか、それは残念だ。

なんだったか、お前が昔に話していたろう?

街へ繰り出し、少年と出会い、そして最後に死んでしまったあの話。

他にも色々あったな。最近は、クィスリアの町で、ご老人にいたずらする猫を懲らしめたというのがあったじゃないか。すごく面白かったんだけどな。

では、なんの話をしてくれるのだ?」


……その少年はなぜ死んだ?

出会って死ぬって。何年掛かりの超大作なんだよ。

はっ、まさか。出会った少年を調教して、さんざん楽しんだ挙げ句に、殺害?


それはないな。うん、考えすぎだ。


でも猫の話はなんだろうな?

ご老人にいたずらする猫を懲らしめたとか、あり得ねえよ、アドミラに限っては。

むしろコイツが猫を調教して、ご老人を懲らしめたの間違いだろ。


うん、あり得るな。


「今日はねぇ、投資のお話があるのぉ」


「……ほう」


親父さんの目つきが変わった。

さっきまでのニヤケ面が嘘みたいに、激渋イケイケおじさんに早変わりだ。


「彼は召喚勇者でねぇ、面白いスキルを持ってるのぉ。それに投資してもらおうと思ってぇ」


「具体的には?」


「はいこれ。下げてみて」


アドミラが手渡したのは、思念通話器だった。

親父さんは、訝しげな顔をしつつも、娘の言う通り首から下げた。


「思念を飛ばしてみてぇ」


親父さんはコクリと頷いた。


『聞こえるか?』


『……あー、はい。どうも』


『で?』


『は?』


『貴様、娘に手を出してはおらんだろうな』


ええええ。急に出たよ親父の顔。

何もするわけねえじゃん。ちょっとズリネタを提供してもらったけど、それは内心の自由だからな。


『指一本触れておりませぬ。私、こう見えても雄汝禁教オナンキンきょう徒でごさいますゆえ』


『嘘をつけ』


『え』


『性欲まみれの日本人が、雄汝禁教オナンキンきょうに入信するなどあり得ん!お前たちのような獣は、見るだけで虫酸が走る。二度とこの私に嘘をつくな、分かったか!』


『……は、はあ』


クッソキレてんですけど。

チラッとアドミラを見るが、ニヤリと笑っているだけで、話を始めてくれない。

思念通話器がないから、こっちの話は聞こえないはずだが……。

どうやら計算内のことらしい。

手のひらの上ってか。


『お待ち下さい、チェレーブロ殿』


『うん?誰だ、騎士殿か?』


『あ、私はまだ騎士ではありません』


『ふむ。で、なんだ』


『この男、間違いなく雄汝禁教オナンキンきょうの信徒です。私は、見たのです。神々しいまでの祈りの姿勢を。それについさっき雄汝禁教オナンキンきょうの信徒たちからは、汝様ナンさまと呼ばれ、崇められておりました』


『な、なにぃ!?汝様ナンさまだと、この男が。こんなにも性にまみれていそうな面構えの男がッ!?』


親父さん改め、コイツ、めっちゃ失礼なんですけど。

金持ちだからって、何を言ってもいいわけじゃねえんだぞ。

今すぐここで、チンコの皮剥いてやろうか?下民はなんでもできるんだからな、覚悟しやがれ!


と思いつつも、冷静に対応できちゃうのが、俺のイケメンポイントだな。


『身分を隠している故、内密にお頼み申す。神はいつ何時も見ておられること、ゆめゆめお忘れなきよう』


『……くっ、分かった。雄汝禁教オナンキンきょう汝様ナンさまならば、娘に手を出すこともないでしょう』


雄汝禁教オナンキンきょうって、便利だな。

この感じなら、王様も平伏させられそうだ。

ほうほう。なんか見えてきたぞ?

あの国王やら、召喚勇者やらにザマアをする未来がなッ!


「お父様?お話してもぉ?」


「ぬぁあ、すまないな。汝様ナンさまの御高説に聞き入ってしまった。で、スキルと念話になんの関係があるのだ?」


「魔力がいらないんですぅ」


「ぬぁんだって!?」


キャラがブレブレだなおっさん。






――――作者より――――

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