19.堕とされた男
「
「はあはあはあははあはあ、はい。はあ、はあ。失礼、息が……荒くなり」
「いえいえ構いませぬ。ああ、失礼。グラサンを外すのを忘れておりました」
ムンムンに漂う魔力が蒸気みたく溢れ出て、ちょっと目に染みる気がしたのでグラサンを外した。
性欲が爆発しかけたら、魔力も爆発すんのかね?
あー、でもあれか。
オカズ探しのためならば、集中力爆発させて、何時間でも過ごせてしまう、あの感じがに通ずるものがあるのかな。
分かる、分かるぞ同志。
「あ、あなたも
「……敬虔、とは言い難いかもしれません」
「くっ、やはり、やはりぃぃぃぃぃ、ぐっぉぉぉぉ、はぁっはぁっはぁっ!」
ええ、なに!?怖い怖い。
ミスったか?
今さら「違いますよーなに言ってんすかー」で流せそうな雰囲気じゃなかったから、嘘ついちゃったけど、なんでコイツ……唇を噛み切ってんだよ。
いやもう、やめてよぉぉ。
「じ、失゛礼。敬虔かどうかなど、我々がはかるべきではないのです。ただ神に祈ればみな信徒だッ!しかし、禁を破れば話は別、はあ、あ、ああああ、あなたは、その、したのですか、アレを」
「あ、あれ?なんですかな?」
「アレですよアレ!口に出すのも憚られるアレ!」
「……セッ」
「ぐはっ!がぉぁあぁあぁぁぁぁあっ、どうぉおはっ!や、止めてください!し、死んでしまう。心臓が、張り裂けそうだぁぁ」
……やべえ、俺も唇を噛みちぎりそう。
クソおもろいなコイツら。
どこの事務所だ?絶対よし◯とさんでしょ。新喜劇だろ?
「しておりませぬよ、同志」
「はぁっ、はあっ、う、嘘だ……。お、おおおと、おんおんおんおんおんおんおん、おん、ねゃと、一緒にいて、こうも平然としていられる信徒など、この世にいるはずがないッ!」
「ここにいるではないか」
「嘘だぁぁぁ!貴様は嘘を――」
俺は同志の肩に、そっと手を置いた。
そして優しく温かな、母のような目で彼を見つめた。
「悲鳴も上がらぬほどシコるのだ」
「なっ、なんだって!?し、シコシコシコ、シコシコシコシコシコ」
どもりすぎて普通に卑猥なんだが。
道のど真ん中で止めてくれ。
「シコってるだと!?そ、それは禁忌だぞ!」
「俗的な言い方で誤解させたな。正しくは愛すのだ」
「愛、だと!?」
「母は我が子を抱く。父は我が子を抱く。生物は皆、抱かれて愛された。
しかし!悲しいかな、生まれた時から一緒にいる、我が息子を抱くことは叶わない。体の構造的にな。
だからこそ愛でるのだ。抱く代わりに、優しく手で包み込む。
その行いに神が怒りを向けると?
本気でそう思っているのかぁぁぁあッッッ!」
「ひぃぃ。いや、そ、それは……」
「まずは己の息子を愛せ、同志よ。さすれば平穏を身に宿すことができよう。私のようにな」
「わ、我々は間違っていたというのか……そんな、どれだけの我慢をしてきたと……うゔっ、うゔぁぁぁ」
「同志」
俺は彼を抱きしめた。
臭い?汚い?関係ないね。
これほどまでに切なく、これほどまでに過酷な人生を歩んできた彼には、必要なのだ。
オカズが――。
「男の潮◯きというのがあってな……」
俺は耳元で囁いた。
ネット社会で得た、豊富な知識の一端を示してやった。
「はぁっ、ぐぁぁあぁああぁぁあぁぁ、がぁあぁ、うぉぉぉぉ、し、しお、どぅぁっでぇぇぇ、な、あ、あ、あ、あ、アッ」
ちょっと……ていうか、刺激が強すぎたらしい。
「……あ」
彼は、ガクガクと腰を震わせ、砕けた。
ガクリと崩折れ、潤んだ目で俺を見つめている。
「……
「ナン?ナンすかそれ?」
「お、おおお、
「……他言はせぬよう。励めよ同志」
カッコよく言い残し、てくてくと歩き出したところで、崩折れた男が俺を呼び止めた。
「
めんどくせえなあ、と思ったのは認めよう。
だが彼も同志だ。
彼のため、俺はくるりと振り返った。
すると、彼はポウッと頬を赤くして、唇を濡らしていた。
「はあ、は、励みま、す♡」
「……あ、はい」
くっそぉぉぉぉぉ!どうして男なんだ!
あああああああ!
なんか腰辺りに嫌な感触が残ってるし!
くそ!くそ!
なんで俺がひとりエッチの手ほどきしてんだよ!
むしろ俺が手ほどきしてほしいんだよッ!
「フフフ。モテモテですねぇジュンさん」
「うっさい死ね」
「おいおい、仲間にそんな言い方ないだろう?」
「ぴょんぴょん!」
俺はグラサンをかけた。
なぜか視界が歪む。
あれ?どうしてだろう。
「泣いてますぅ?」
誰にも見せたくない、この涙――。
プリッケギルドから歩いて数十分。
「ここですぅ」
「でか」
アドミラの家族名である、チェレーブロの名を冠した商会に到着した。
端的に言ってデカい。
日本で言うところの、ドン◯ホーテぐらいのデカさだ。
驚安かどうかは知らないが、こんだけ広けりゃ、なんでも売ってそうではある。
しかも立地は王都のど真ん中らしく、王城が目と鼻の先にある。
だから騎士が多いんだろう。
負けじと、ハイソな人々も多いし、高そうな防具を身につけた冒険者たちも行き交っている。
「どうぞぉ、貧乏人の皆さまぁ〜」
「……ここで買うの止めようぜ。約束な」
「んああ。というか買えないと思うぞ」
んんん、クソッ!
どうやらチェレーブロ商会の顧客は、ハイソな方々限定らしい。
出入りする人が、いかにもリッチって感じで、なんか鼻につく。
「ぴょんぴょ〜ん」
「めんどいからって、ぴょんで相槌打つの止めてもらっていい?」
「……ぴょん」
もう、壊れちまったんだな。
アドミラの毒にやられたんだな。
それでもどうしてだろう。女好きだと分かっているのに、興奮してしまう。
くっ、かわゆいなお主。
「いらっしゃ、お嬢様!?」
階段を上がると、中から出てきた正装の男が、驚いた顔をしている。
まあ、貧乏人の俺らなんか眼中にはねえよ。
お嬢様しか見てねえよ?
「お父様いるぅ?」
「はい。ご案内致します」
「ううん、一階にいるから連れてきてぇ」
「は?いや、しかし……ただいま商談中でございまして」
「はあ」
「か、畏まりました。どうぞお寛ぎください」
男は顔を青くして、タタタッと走り出した。
「フフフ。面白いでしょぅ?」
「パワハラ反対!アドミラ反対!」
「行きましょう?みんなが、絶対に買えない商品を紹介してあげるぅ」
「……金持ちになっても、絶対にここでは買わないでおこうぜレイア」
「あ、ああ、そうだな」
アドミラの背を追いかけてると、なんだか汚らしい小動物にでもなった気分にさせられた。
あのドSキチゲエのアドミラがいないと不安になるほど、商会の中はキラキラしてて、めっちゃ清潔で高級感溢れてて。
ハイソな方々とすれ違うが、意外にも、差別とか侮蔑とかはゼロ。
存在しないかのように、俺たちには目もくれなかった。
普通に傷ついてたら、アドミラが、わざわざ振り返ってニヤリと笑った。
殺意を覚えた、良い思ひ出だ。
「こちらどうぞぉ。触れないでねぇ、弁償できないんだからぁ」
「……もう帰っていいすか?」
「良いけどぉ、ギルドが潰れちゃいますねぇ」
「父親に金をねだるだけだろ?俺たちは邪魔じゃないか」
「むむ、出ましたねぇ、ノータリンのジュンさんがぁ」
「……ふう。落ち着け俺。落ち着け」
「少なくともジュンさんは必要ですぅ。正確にはスキルが必要ですぅ」
「スキル?」
いつものおっとりとした表情はどこへやら。
あくどいというのは、悪く言い過ぎだが、目にドルマークが見えるぐらいに商人の顔をしていた。
「まあ、見ててくださいよぉ。大金をギルドに持ち帰りましょぉ!」
「お、おー!」
――――作者より――――
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