第11話 我慢しないでね?

「はい」


「こんにちは。ビリガン冒険者ギルドの職員です。ゴブリン討伐の報酬を受け取りに来ました」


「はあー?ビリガン?ああ、あのギルドね。えーと、ちょっと向こうで待っててくれます?」


「……はい」


クィスリア町役場の受付で、加齢臭漂うオッサンに事情を説明したわけだが、めんどくさそうにしながら、席で待てと言われた。

席って言っても、ソファがあるわけではなくて、ちっこい木の箱があるだけだ。


まさかアレに座れってか?

さすがに恥ずいな。


と思ってたら、アドミラは当たり前のように座った。


「わ、私も隣に座りたいぴょん」


「ダーメ!さっきの忘れてないからねぇ?今日は隣に来ちゃダメよぉ。分かったぁ?」


「……はぁい、ぴょん」


シェリスはしょんぼりとしているが、自業自得だ。

つーか、シェリスを遠ざける理由は絶対に、あの暴走が原因じゃないことを知っている。

アレは、反応を楽しんでるに違いない。


「フフ」


控えめに言って、奴はサイコパスの気狂いだからな。


「ジュン!こっち空いてるぞ!座ろう!」


「いや、お前は座るな。また壊すだろ」


「……こ、壊すわけないだろ」


「自腹だぞ。ギルドは払わんぞ。いいんだな?」


うん。それでいい。お前は窓際で突っ立ってろ。


「何も触るなよ!」


「わ、分かっている!ペットじゃないんだから、いちいち命令するな!」


「はいよー」


にしても長いな。

俺は立ち上がって、受付へ。

浮き上がった髪の毛が、なんかズレてる気がするが、まあ見なかったことにしよう。


「あのー。まだでしょうか?」


「はいー?整理券取ってもらえますか?」


「いや、俺たち以外誰もいないっすよ?」


目腐ってます?目薬の代わりに加齢臭を濃縮した香水さしてます?

整理券て誰を整理すんですか?俺一人しか並んでねえよ?

と、目をギョロギョロさせて伝えたら、おっさんは、めんどくさそうにため息を付いた。


「すんませんねー。もうちょっと待っててくださいよ」


「……うい」



俺は首を回しながら、腕組みして待った。

3名のバカが何かしないか、一応気を張りながら待ったわけだが……。


「遅いぴょんね?」


「……」



「なあジュン。遅くないか?」


「……」



「終わってますねぇ。バカしか働いてないんですかねぇ」


「……」



いや遅えぇぇぇぇ!

ナメてんのかあのズラ!

さっきからエロい目でシェリス見てんの知ってんぞ!

おめえがキョロキョロするたびにズラがズレてんだよ!気になるから直さんかい!


「あ、あのーすみません。お客様ー」


あのズラを睨みつけていると、受付の奧で書類仕事をしていた若い青年が、声をかけてきた。


「はい」


「討伐報酬ですよね?」


「はい」


「……こちらで処理しましょうか?」


「……はあい?」


あのズラは何をしてる方なの?

銅像ではないよな?え、ゴーレム?魔法で動いてるウサ耳好きの変態ゴーレムなのか?にしては加齢臭の再現度、半端じゃねえけど。


「よろしければ」


青年は何故か苦笑してる。

そして俺も苦笑で返してやった。

まったく意味が分からんし、ちょっとイケメンだからなんかムカついたわ。


とりあえず受付に行って、また依頼書を提示した。


「ゴブリンですね。討伐証明はありますか?」


「いや、ねっす。すんまへん」


「……あ、はは。ま、まあビリガン冒険者ギルドさんなら、問題ないですかね。では、少々お待ち――」


「どんくらいすか?もう30分待ってますけど」


「す、すぐです」


「うい」


イライラするのも仕方ないだろう。

ったくあのおっさんなんなの?

もうチラ見とかのレベル超えて、シェリスを凝視してるよ。

しかもなんか揺れてね?その度にズラが……もうなんだ、新しい帽子見たくなってるわ。新進気鋭のファッショニスタですか?


「……ジューン!あのおっさんがシコってるんですけどーぴょん」


「し、しこ、え?」


「シコってるんですけどーぴょん」


バッと顔を向けると、おっさんは目を逸らした。

そして揺れも収まり……えマジ?


この世界ってしか住んじゃいけないって規則でもあんの?


「あのー、すいません。手を垂直に動かすの止めてもろてええです?」


「は、はあ?本当に失礼だぞ君たちはッ!これだからビリガン冒険者ギルドは……君たちまだ若いんだ!今からプリッケ冒険者ギルドに登録しなさい!それから獣人の君!君はもっといい仕事――」


カチーンと来たのは、俺だけではなかった。


まずはレイアが窓ガラスをガッツリ殴って破壊し、次はアドミラがてくてく歩き、おっさんのズラをつまみ上げ、ピザ生地のように回転させた。

そしてシェリスは、おっさんの襟首を掴み上げて、耳元で何か呟いている。


「はあ、はあ。そ、そうだ。君は才能がある、アアッ!も、ももっと罵ってくれぇ」


あ、あれ?なんか、別の意味で効いてねえか?

お前の才能が怖いよ。

まあいいや。

ツルッパゲのおっさんが、いろんな意味で覚醒しただけだし。


「あ、あのー」


「はい!終わりですか?」


「はい……こちら、報酬の25ゴールドです」


「アザッス。ところであのおっさんなんですか?」


「あー、アレは……貴族の血筋の方でして。全然仕事しないんですよね」


「へー」


仕事しないのはまだしも、シコるのは普通にイカれてるだろ。

まあ、貴族相手にはなんにも言えなかったんだろうけどさあ。

大変だなあ役所ってのも。


「あのおっさんが言ってた、プリッケ冒険者ギルドって、有名なんすか?つい最近会った冒険者が、そこのギルドだって言ってたんすよね」


「三大ギルドの一角ですから。かなり有名ですけど……」


「三大?ちょいと教えてくれませんかねえ?こう見えても、召喚勇者なもんで、知らないことばかりなんすよ」


「勇者様でしたか。そういうことなら分かりました。三大ギルドとは――」


三大ギルドとは!

世界を股にかける超有名冒険者ギルドを指す。

その一角、プリッケ冒険者ギルドは、三大の中では最も新しいギルドで、登録冒険者を増やしつつ勢力を拡大しているらしい。


「へー。この辺はプリッケの縄張りって感じなんすか?」


「そうですね。この国ではプリッケ冒険者ギルドと、ビリガン冒険者ギルドしかありませんから……はい」


「ああ、いいっすよ気を使わなくて。吹いて飛ぶ鼻くそみたいなギルドなんで。この国はプリッケ一強かあ。おす!勉強になりました、あざした!」


と言って帰ろうとしたが、呼び止められてしまった。


「あのー、ガラスを……」


「あー、アレはウチの冒険者じゃないんで、彼女に請求してください。ういっすアザした」


と言って、今度こそ玄関まできたわけだが、タタタッと俺に近づく影があった。


「ジュン!あ、アレは違うんだ!あの男に苛立って、ちょっと空突きをしてみただけなんだ。そしたら、ガラスが近づいてきてて」


「近づくかあ!お前が近づいたの!間隔が短かったから、拳がガラスをぶち破ったの!」


「わ、わざとじゃ」


「私は言いましたよ?自腹だとね!」


「頼む!自腹でいいから!一緒に頭を下げてくれないか?頼むよジュン!」


「はあ……」


俺は保護者じゃないの!と言おうかとも思ったが、ゴブリンを倒した中だ。

おっさんに絡んでる二人とは違って、いい奴だし……まあ、いいか。


「100ゴールドぐらいしますので、分割でお支払いお願いしますね」


「済まなかった。今払えるだけ払う!ジュン!それをくれ」


「ああ?嫌に決まってんだろ!せめてお前の分け前の6ゴールドだけ……」


「頼むジュン!アレだ!」


するとレイアは耳元に近づき言った。


「暗器のことは黙っておくから!頼む!」


コイツ……まさか知ってる?

俺の息子が凶暴化しただけだと知ってて、交渉の材料にしているのか!?


「暗器は隠しておいてなんぼだろ?なあ頼むよ」


この感じは……バレてはいないな。


クソッ!

だが断りきれない。

もしもあの二人に言いふらされたら、間違いなく俺の名誉に傷がつく!


そうだ!

だったら、俺も妥協案を提示すればいい。

このままじゃあ、俺だけが割りを食うから、少しばかり利益を得ないとな。

ウィンウィンてやつ。


「……くっ。じゃあ一つ言ってくれ」


「分かった!何を言えばいい?」


俺は、レイアの耳元でとある言葉を伝えた。

ずっと夢見ていた、あの言葉だ。


「そ、それだけでいいのか?私は構わないが」


「ああ頼む」


レイアは俺の耳元に近づき、言った。




「はぁぁ、こーんなに大きくして……我慢しないでね?」




「……はぁぁぁい!ありがとうございまぁぁあす!」


こうして、ゴブリン討伐報酬は、一瞬にして溶けてしまった。

なんか、おっさんの気持ちが分かった瞬間でもあった。






――――作者より――――

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