第10話 一番ヤバい奴

ドゴオォォォォォォァァァァンッ!


たった今行われた拡張工事で、3倍ぐらいには広々とした玄関が出来上がった。

ただし、その代償は大きい。

天井も半分ぐらいなくなった。


「これ以上、俺を怒らせるなシェリス。いいな?」


シェリスはゴクリと生唾を飲み込み、コクリと頷いた。

そして、腰振りビリガンギルマスの手に舌を這わせて、まん丸のお薬を飲み込んだ。


くっそエロいと思った。

それはそうなんだが、それよりも腰振りビリガンギルマスの技が頭から離れない。


俺は間違いなく見たんだ。


腰振りビリガンギルマスが、シェリスの頬を叩く瞬間、何故か腰を振っていたことを。


いや、卑猥なやつじゃない。

たしかに腰を振る動き自体は卑猥だが、その腰に卑猥さは一ミリもなかった。


むしろ、恐ろしい。


腰をひと振りした瞬間に、入口か吹っ飛んだのだから。


腰振りビリガン――。



このおっさん、できるッ!


「はあ。落ち着いたか?」


「う、うん。ごめん、なさい」


腰振りビリガンギルマスは、シェリスを優しく下ろすと、ギロリと睨みつけた。


「おらあよお、冒険者って仕事に誇りを持ってる」


そしてなんか語り始めた。


「魔物を狩れるからでも、薬草の知識があるからでも、人を守る力があるからでもねえ。

どんな人間でも、受け入れる懐の深さが誇りなんだよ。分かっか?」


ほう。

貧乏でも、宗教が違っても、肌の色目の色が違っても、獣人であっても……誰でも成り上がれるチャンスが、冒険者にはあるってことか。

なるほどなあ。

腰振りビリガンギルマスめ、いいこと言うなあ。


「う、うん」


シェリスもなんか、しおらしくなって。

反省してるんだな。


「おし!俺からの話は終わりだ」


えええ?

何この消化不良な感じ。

なんもまとまってませんけど。

シェリスも目が泳いでるじゃんよ!どうしたらいいのか分かんねえんだよ!


「ああ、それから」


なーんだ。続きがあったのね。


「ゴブリンは討伐終わったか?終わったんなら報酬やるからよお」


「え?」


「終わってねえのか?そので?」


は関係ねだろ!いや、終わったすけど、話も終わりですか?含蓄のある深〜いお言葉的なのは?説教は?」


「あるわけねえだろ。何匹殺った?」


「5匹……です」


「次からは討伐証明として、耳を削ぎ落としてこいよっと……あれ?ねえな」


腰振りビリガンギルマスは受付下にある金庫を覗き込んでいるが、ねえんだそうで。

こんな貧乏ギルド、トンズラしちまおうかしら。


「あーっとよお、金が盗まれたみてえだ。悪いが、町役場まで直接取りに行ってくんねえか?」


「町役場?なんで町役場なんすか?」


「ああ、おめえは召喚されたばっかだったな。んじゃあ――」


説明しよう。

これはファンタジーお決まりの説明パートである。

主人公である俺にも、このパートが降ってくることは当然なのだ。


さて、腰振りビリガンギルマス曰く。

まず、ギルドに依頼を出した依頼人は、依頼書という発注書と、報酬の1割をギルドに納める。


次に、冒険者が依頼を達成した場合、ギルドが持ち出しで支払いを行う。


最期に、ギルドが依頼人へと依頼達成の旨を報告し、報酬を受け取る。


というのがギルドのシステムだ。


んで、今の段階ではギルドが俺たちに支払いをしなきゃいけないわけだが、金がないと。

盗まれたとか嘘こいてるわけだ。

なので直接、依頼人である町役場から報酬を受け取ってこいと、俺たちに言ってる。


「つーことだ」


「ふむ?なんか納得いかねっすわ旦那」


「あんだよ。文句あっか?」


「ぅぉ。こ、怖くないぞ!暴力反対!」


ったく太え腕してやがる。俺の太ももみたいな前腕だな。

ああ恐ろしい。やっぱ文句は言わんとこかなー。


とか思ってたら、意外や意外。アドミラが声を上げた。


「ギルドの仕事を肩代わりするわけですからぁ、ちょっとだけ報酬に上乗せしていただけませんかぁ?と言いたいんですよねジュンさんは」


……バカだと思ってたけど、頭いいな。


「あー、そういうことか。構わねえぜ。ガキの駄賃ぐれえにしかならねえがよお」


「だそうですよぉ?ジュンさん?」


「あ、はい。アザッス」


「ああ!ほんでよぉ、シェリス!これやる!」


ポンッと投げられ、放物線を描くのは、茶色のビンだった。

シェリスがパシッと掴むと、腰振りビリガンギルマスは親指を立てて笑った。


「発情期は辛えだろ。ちゃんと飲めよ!てめえの体なんだから、大事にしな!」


「……は、はい」


は、はつ、はつはつはつはつはつはつはつ……。


「発情期だってぇぇぇぇぇぇ!?マジすか?え、獣人は全員にあるんすか?見境なく男を食うとか?そんなんすよねぇぇぇ!隠さんでくだせえよ親方ぁぁぁ!」


「バーロー」


ゴチッ――。


「痛っ、何するんすか!暴力反対!」


「てめえには配慮ってもんがねえのか!?レデーの前で、発情期を茶化すんじゃねえ!」


「ぇぇぇぇわ、分かりやしたよ。それとレディーね?レデーじゃなくて」


「っるせえ。さっさと行って来い!」


「あのー、その前に……」


「あんだよ?」


「もしよろしければ服を、一着いただけませんでしょうか。とても寒くて……いえ季節がらではなくて、視線が寒々しくて」


こうして俺は、服を一着手に入れた。

独特の臭いがするとか、そんな文句は言わない。

なんか黄ばんでるとか、そんな文句も言わない。

ただ、あまりにも体格が違いすぎて、俺が貧弱に見えるのだけは勘弁してほしいと思った。

もやしのナムルを思い出したのは、悲しい秘密だ。


「で、なんでお前らも来た?」


「だって私たちはパーティ、仲間だろう?」


「違います。俺はギルド職員です。おっさんから町役場の場所も聞いてるし、わざわざついて来なくてもよかったんですけどねえ」


チラリと残念なヒロインたちに視線を向ける。

どうしてだか、俺を挟むようにレイアとアドミラがいて、シェリスは端に追いやられている。


「ジュンさんに興味がありましてぇ」


「はいはい。たとえ上目遣いで言われても、俺はなびきませんよー。アンタはシェリスと懇ろねんごろなんだからねー」


「え?違いますよぉ?」


「へっ。嘘つけい!シェリスが暴れたのも、お前が誘惑したからだろ!なにしたんだ?シェリスのシェリスをドロドロにして楽しんでたのか?詳しく聞かせろいッ!」


「シェリスちゃんがやたら胸を揉んできましたけど、私は何も」


「胸を……はっ、危ねえ。俺は騙されんぞ!」


「うーん、私は男の人が好きなんですけどねぇ」


「……」


だ、騙されるな俺!落ち着け息子!

これは何かの策略だ!

高度な心理戦の第二幕だな?

よおーし、こちとらラノベとアニメで心理戦は慣れてる。

どのパターンだ?どれで攻めてくる?


「シェリスちゃんは、大好きですよぉ。いたずらが好きなウサちゃんでぇ、妹みたいなぁ」


「そ、そんなクソエロい……妹がいてたまるかぁぁ!なんだ?お前の魂胆を言いやがれ!全部お見通しだぞ!このちんちくりんの服まで剥ぎ取る気だろ!ケツの毛まで毟り取ろってんだな!」


「いえ、私はチェレーブロ商会の娘なので、お金には困ってませんよぉ。」


「チェリー?な、なんだよ。おちょくってるのか?」


「チェレーブロですぅ。私の家族名忘れたんですぅ?」


あー。確かに言ってたな。

アドミラ・チェレーブロって。

てっきり童貞チェリーをいじってんのかと思ったぜ。


「ジュンさん、異世界人なんですよねぇ?日本人……?」


と言って、上目遣いと首傾げのダブルコンボで俺を見つめているわけだ。


くぁぁわいいなあお前は!


クソッ!騙されてるのは知ってる!マジで知ってるけど……ちょっと騙されちゃおう。


「うん。そっすけど」


「ついてったら面白いことが起きそうだなぁって。召喚された人は、面白い発想や行動をしますからねぇ」


「……アドミラさんほどじゃないと思うよ?」


「ぇぇ?変なことしてますぅ?」


「だってほら。さっきから、俺の前に足を出して転ばそうとしてるでしょ?バレてるよバレてないと思った?バカだと思ってる?ねえ?なんなの?止めて……ぶへっ」


「……反応は至って普通ですかぁ。面白くなあい」


「ん、てめえこの野郎!はっ倒すぞボケぇぇぇ!」


コイツ……なんか分かってきたぞ。

冒険者になったのも、シェリスを可愛がってるのも全部分かった!

ドSの卵なんだ。

面白そうとか言ってるから、本当に興味があるのは間違いないのかもしれん。

けど、そこになんの歯止めもかけないんだコイツ。


どんな反応をするのか、どんな顔を見せるのか。

それを見たいから、試してみた。


はっ!もしかして雑草汁も……。


「なんですかぁ?」


分かってて……俺たちの反応を見るために!?


一番ヤバいのは、怪力のシェリスでも、ドジッ子のレイアでもなく、コイツだ。


しかも商会のご令嬢……。

え?怖っ。

ないよなそんなこと。

まさかな。


まさか、興味があって人を殺したとかないよな?

商会の金でもみ消したとか……。


「フフ」


「あ、怖っ」







――――作者より――――

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