第3話 湊斗学園高校
湊斗学園高等学校は、ほぼ同じ名前の駅の北側に存在する。
離れたところにある大学は門戸が広いため格式張ったイメージは無いに等しいが、高校は違った。私立であることを差し置いても、学校設備が近代的で綺麗だというだけで、ずいぶんと上等なイメージをされてしまうのである。
おまけに湊斗学園前駅がちょうど区域のど真ん中を突っ切っているせいで、北側と南側では雰囲気が違う。南側は昔ながらの商店街や古くさいアパートなども建ち並ぶ一方で、北側は高級スーパーなどを擁する静かな高級住宅街や高級マンションのある一角も存在する。
かといって高校側は学生を区別しないし、実態は一般人の方が多いにも関わらず、上流の学校だというイメージだけが先行していた。単に近いからという理由で、南側から自転車で通う生徒も存在するため、実際には「隣のクラスのなんとかという奴が、実はどこかの社長令嬢や子息だった」みたいな事の方が圧倒的に多い。それなのに、部外者からは学生全員が上流階級出身だと思われている、というちぐはぐな事態が発生していた。
とはいえ――当の学生たちにはなんら関係の無いことである。
多少そういう人間がいたとしても、湊斗学園高校はごく普通の学校の域を出なかった。
さて、そんな湊斗学園では、四時間目の授業が終わると途端に騒がしくなった。
真っ先に購買に走っていく女子。まだ写し切れていないところをノートに急いで書く男子。荷物を纏めて、何人かで弁当を持って行く女子たち。それぞれが目的をもって動き始めていた。
「神宮寺さーん!」
名前を呼ばれたとき、氷華は授業のノートを閉じて教科書と一緒に机にしまい込むところだった。
「神宮寺さん!」
二度目に呼ばれてようやく、私のことか、と氷華は思い出した。
顔をあげると、すぐそばに人なつっこい笑顔を浮かべたショートカットの女子がいた。
「神宮寺さん、お昼一緒に食べない?」
氷華は少しだけ笑いかける。
「ごめんなさい。これから生徒会室に行かねばならないので……」
「あれっ、そうなんだ?」
「でも、お誘いありがとうございます。また誘ってくださいね」
「うん、じゃあまた今度だね」
クラスに溶け込んだといっても、クラスメイトが自動的にわかるわけではない。把握には少しだけ手間取った。それでも何人かはわかりやすくて良かった。いま話しかけてきたのは、学級委員もしている橘陽葵だ。人なつっこくて社交的で、氷華にもこうして話しかけてくる。氷華もほんの少しだけ親近感を覚えるくらいには好意的に捉えていた。それに、名前も覚えやすくていい。男女問わず話しかけるので、橘さんとかヒナタとか呼ばれているからだ。
「生徒会室? なんでや?」
ボサついた黒髪の男子が不意に顔を出す。
「なんでって、いまの会長は神宮寺さんでしょ」
陽葵が答える。
「……あ~~! そうやった! ……そうやったっけ?」
この、しゃべり方に特徴があるのは日向夏樹。橘陽葵と下の名前の音がかぶるせいか、クラスの中心人物たちからは「夏樹君」と呼ばれていた。だから、氷華も夏樹さん、と呼んでいた。そう呼んでおくのが自然だろうと思ったからだ。
「オレだって氷華と昼飯食いたかったんになあ」
「え~、夏樹はダメでしょ」
「なんでや!? オレだけ仲間はずれか!?」
「てか私たちの神宮寺さんにめっちゃなれなれしいからその呼び方もNGで!」
「ええやろ別になんて呼んでも!?」
氷華は苦笑した。確かに多少なれなれしいとは思ったが、好意があるのは理解できる。見た目の印象から相手に好意を抱くこともあるからだ。それに、氷華と呼ばれた方が馴染みがあるから仕方が無い。
「いいですよ、別に。なんと呼んでも」
氷華は荷物を持ってにこりと笑う。夏樹は、ほらな、と言いたげに陽葵に得意顔をした。
そんな二人を横目に、踵を返す。
名簿を見ても顔と一致していなければ意味が無い。そのため氷華は会話の中から覚えていくことを選んだ。
明るくて社交的で、クラスを引っ張る中心にいるのがクラス委員でもある高杉。その周辺の男女は特に名前も呼ばれやすく、わかりやすい。そのあたりの把握はずいぶんと楽だった。
かといって、案外――目立たない人々の中でも、わかりやすい特徴はある。
いつもほぼ三人で行動している眼鏡の三人組の女子が、それぞれ松田・竹下・梅崎。嘘みたいな名前のトリオだが、そのおかげで仲良くなったらしい。
基本的にひとりで、スカートが長めの大人しい女子が前原。
意外になんとかなるものだ。
教室を出ていく氷華の背を見ながら、陽葵は呟いた。
「それにしても、神宮寺さんは本物だよねえ」
「なにが?」
「何がって、ほら、この学校、意外とお嬢様とか御曹司とか少ないじゃん。だけど神宮寺さんは、神宮寺グループのお嬢様でしょ。ほら、この近くの森に囲まれたでっかい家! あそこで使用人さんたちと住んでるんだって!」
「……、ああ、せやったな」
夏樹はたったいま思い出したように言った。
授業を終えて生徒たちが出てくる廊下を、氷華は生徒会室へと向かう。二階から繋がる空中廊下を通って教室棟から別棟へ向かっただけで、ずいぶん静かになった。
クラスメイトの把握はいつでも出来るが、いまはそれ以上にやらなければならないことがあった。
生徒会室の前に置かれた机に、箱が二つ、ぽつんと置いてある。氷華は箱を回収すると、鍵を開けて中に入った。
ここが、自分だけの執務室だ。
箱を置いて、レザーチェアに腰を下ろす。
正直に言えば――ここを使っていた元生徒会のメンバーには悪いが――学園内でひとりになれる部屋が欲しかっただけで、別に生徒会長になりたかったわけではない。だから生徒会の仕事、つまり予算編成や学園内の挨拶活動、イベントの準備といったもののほとんどは、「執行部」という別組織に移動させた。それでも乗っ取った責任として、自分のところに報告書は来るようにしておいた。
箱のひとつを開けると、執行部からの報告書が整えられて入っていた。突貫だが作ったシステムはちゃんと働いてくれている。まずはこっちの仕事を片付けてしまうことにした。
それが終われば、もうひとつの箱に目をやる。
これが本来、欲しかった情報だ。
何枚か、紙が乱雑に入っている。ノートの切れ端だったり、可愛らしいメモ帳だったりしている。どうやらこちらもシステムとしてちゃんと動いているようだ。
「……さてと……」
わざわざ生徒会を乗っ取ってまで欲しかったのはこれだ。
生徒達から直接投函される報告。それは学園の内外にかかわらず、不審人物や変質者の情報、あるいは近隣で起きた事件事故の情報だ。
加えて――怪異、都市伝説、不気味な噂。
表向きには、生徒会から危険情報を発信できるように。あるいは教師や親に言えない悩みなども相談できるように。その一環として、例え幽霊やオカルトのような非現実的な出来事でも相談できる――そんな風にした。
そのおかげで、面白がった生徒がいくつか投函していた。いまは学校の七不思議は無いのかという質問や、崩れそうな廃墟があって登校時に危ない、というものもある。そのほとんどはとるに足らないものだったが、なかには気になるものがある。
「ふむ。これなんかはそれっぽいですね」
氷華はその一枚一枚を丁寧に読み込み、内容を分析していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます