山姥――③

 部屋に通すと、陽子は暖房のスイッチを入れた。


「ごめんなさいね、いますぐ温かくなるから。好きなところに座ってて」

「いや、ほんますんません……」


 二人が荷物を下ろすのをちらりと見てから、キッチンに入る。


「紅茶でいいかしら?」

「おかまいなく!」


 しかし陽子はお湯を沸かして、常備してあった紅茶を手にした。

 室内に通した二人は、やはり高校生くらいにしか見えなかった。だが、高校生がたった二人でこんなところに来ているとも考えにくい。二人だけではぐれたというのも妙だ。それに、帽子やマフラーを脱ぎ捨て、ダウンジャケットを脱いだ下は普通の服装だった。最近は軽装で弾丸登山を行う外国人がいるという話だったが、まさかこの二人もそうなのか。それに女の方は、胸まである長い黒髪を下ろしているし、白いスカートだ。これじゃあせいぜい観光か、キャンプでもギリギリだろう。

 砂糖とミルクをつけて、陽子は居間に持っていった。

 二人用のソファの端と端で、男は猫背気味に、そして女は背を伸ばして座っている。


「変なものは入れてないからね」

 そう断りを入れると、男は微妙に困ったような笑みを浮かべて礼を言った。

「それにしても、二人とも若そうね。高校生?」

「オレら、これでも大学生なんすよ。なあ?」

 彼は慌てたように氷華に同意を求める。

「そういえば自己紹介してませんね。オレがヒナタ。日向夏樹です。こっちが神宮寺」

「……神宮寺氷華です」


 氷華がぺこりと頭を下げた。

 しかしここまでわかりやすく声のトーンや訛りが違うと、確かに大学生なのだろう。どちらもそうは見えないが、まだ一年生かもしれない。最近は大人びた子供や、逆に若く見られる大人もいるが、さすがにそこまで年齢不詳ではない。


「学生さんだったのね。私は奥田陽子よ。よろしく」

 にこりと笑ったが、氷華は表情をぴくりとも変えなかった。

「ところで、お二人はどうしてここに?」

 陽子はどちらともなく見た。


 氷華と目が合ったが、彼女はちらりと夏樹を見ただけだった。

「実は、授業のフィールドワークで来たんすよ。オレら、このあたりの植生とか調べとって。あんまり奥に入る予定は無かったんやけど……。いつの間にか迷っちまってて」

「あら、それじゃあ山に登る予定はなかったの?」

「そうなんすよ! それがいつの間にか奥まで入っとって。気付いたら雪まで降ってくるし……」

「勉強熱心なのはいいことね」


 しかし、彼らの軽装については納得がいった。

 元々はこれほど奥に入るつもりもなかったのなら、装備がなくて当たり前だろう。彼女がスカートなのも、当初はここまで奥に入るつもりもなかったのだろう。いったいどうしてそんなことになったのか――迷い人にそれを尋ねたとしても、決定的な出来事がわからない場合もある。

 夏樹は紅茶に手をかけ、少しだけ苦笑して啜った。


「そうですね。あなたが道を外さなければこんな思いはするはずなかったですね」

「えっ!? お、オレ!?」

「……」

「あっ、ハイ。オレな……」


 つんとした表情の彼女に、夏樹は適わないといったように頭を搔く。


「なるほどね」


 陽子は少しだけ苦笑した。彼女が不機嫌なのも理解出来る気がする。


「まあ、オレの趣味で、このへんの伝承とかも調べとったんで……」

「伝承? あったかしらそんなの」

「伝承っつうか……、そういえば、お姉さんは聞いたことあります?」


 夏樹は囁くように声をひそめた。


「このあたりで化け物が出るって噂」

「……化け物?」


 不意に、空気が張り詰める。


「この山での遭難の何件かは、化け物に食われた――みたいな噂があるんすよ」

 氷華が少しだけ顔をあげ、陽子を見た。

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