第6話 紙の本に残る真実

 ルキアは「コンコン」と窓ガラスを叩いたが、老店主との会話に夢中になっているクラヴィスの耳には全く届かないようだった。ルキアはホドラ古書店の正面へと回ると、入り口のドアに手を伸ばした。


「おじゃましまーす」そういって、古書店の正面のドアを静かに開けて中に入った。ルキアは、そおっとクラヴィスに近づいていった。


 クラヴィスは老店主と楽しそうに話し込んでいる。ルキアはクラヴィスの手にした本のタイトルに目を留めた。「ゼロの革命」と書いてある。どうやら、二人は難しい話をしているようだ。

 「ゼロの革命」という言葉自体、過去に起こった特定の部族が狙われた大量虐殺だということくらいは、歴史好きな母ローズに聞いて知っていた。


 クラヴィスは、今にも崩れてきそうな本の山に埋もれながら話をしている。老店主との会話がひと段落したのか、難しいタイトルの本を本の山に戻すと、また店内をウロウロし始めた。

 まるで宝探しに夢中になっている子供のように、幸せそうな笑顔をしながら、まだ出会わぬ本を探し始めた。


 クラヴィスは、積み上げられた本の中から「赤と霧」という本を手に取り、ぺらぺらとページを捲りはじめた。食い入るように読み進めていた本を、行き成り閉じると、がばっと顔を上げた。どうやら今日の一冊は、「赤と霧」という本に決めたようだ。


「クラヴィス。父さんを迎えに行くよ」トントンと肩を叩かれたクラヴィスは、ルキアのほうへ振り向いた。


「あ。ルキア。今日もいい本見つけたの。いま、会計を済ませてくるから、ちょっとまっててくれる?」

 そう言うと、悩みぬいて決めた『赤と霧』を手にとると、老店主の座るレジへと向かった。


「いつも、ありがとうね」

 老店主は、クラヴィスの方にしわくちゃな笑顔を向けてそういった。


「こちらこそ。いつも、貴重な本をありがとう」

 クラヴィスは、こころの奥から感謝を口にした。


 カバンの口を広げて会計の終わった本をしまおうとした時! 


 肩に掛かっていた紐が外れた。


 カバンが塔のようになっていた不安定な本の山を、引っかけながら倒してしまった。隣に立っていたルキアも両手をさっと伸ばしたが、本の山は見事に崩れた。二人は、落ちたカバンの近くに散らばった本を拾っては、積み上がっている本の上に戻した。


 ルキアは、膝をついて本を拾っているクラヴィスのおしりのラインが目を留めた。突然、クラヴィスが後ろを振り返った。


「今、私のおしり見てたでしょ?」


「え? あ? いや」

 ルキアはさっと目を下へとそらして、見なかった振りをした。


「まあいいわ。ニックが見たなら間違いなくビンタしてたわ」

 クラヴィスは、そう言いながら、スカートの裾をひっぱった。


「ねぇ、前から不思議に思ってたんだけど。クラヴィスは、どうして端末で本を読まないの?」


「だって、なんだか紙媒体の本の方が理解しやすい気がするの。それに、紙の本には真実に近いモノが残されていると思ってるから」

 クラヴィスは答えを返しながら、カバンを拾って立ち上がった。


「そういう考え方は面白いね」




 二人は老店主に会釈をしてからホドラ古書店の扉を静かに閉めると、マグナたちの酌み交わしている酒場「ハンタクロス」へと向かった。

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