第7話 酒場「ハンタクロス」
ルキアとクラヴィスは、マグナとフォノンの行きつけらしい酒場「ハンタクロス」の入口に着いた。クラヴィスは入口の扉から顔を覗かせ、静かに中の様子を伺った。
「あ、いたいた。マグナ叔父さんたち奥の方に居るわ」
クラヴィスは、軽快な音楽が流れる異国の雰囲気の明るい店内を見回しながら言った。
酔いに任せた客たちの中には、音楽のリズムに合わせて踊っている人もいた。威勢のいい客達の笑い声が飛び交う店内には、食欲をそそる料理の良い香りが漂っていた。そう広くない店内は、肩が触れ合うほどに客で一杯だった。クラヴィスとルキアは「ギィッ」と軋んだ音をさせながら、扉を押し開け薄暗い店内へ入っていった。
一瞬、店内の空気が凍りつく。
客の目線は、一斉に入り口の方へ集まった。ビクつく二人の若者を確認すると、客たちはそれぞれの宴の時間へと戻った。
クラヴィスは混み合っている店内を見回した。マグナとフォノンは、店の奥の方で仲良くテーブルを囲み酒を酌み交わしていた。二人はマグナとフォノンの方へと近づいていった。
「マグナ叔父さーん! フォノン叔父さーん!」大声で二人を呼んだつもりが、クラヴィスの声は、賑やかな店内の音にかき消された。どちらにしても、酒を酌み交わしている今の二人にクラヴィスの声は届かないだろう。
マグナとフォノンは長い間一緒に旅をしてきて、困難を共に乗り越えてきた掛け替えのない仲間だ。今日は久しぶりの親友との貴重な時間だが、実はもう一人いた仲間の弔いの日でもあった。
二人は心に秘めたそれぞれの想いを抱きながら、酒宴の時間を楽しんでいた。
「おじさん達。迎えに来たよ」
店内に響くくらい大きな声で言った。さっきとは違い、声がすんなり通ったようだ。自分達を迎えにきたクラヴィス達に気付いたマグナとフォノンは、赤ら顔で二人に合図した。
マグナ達の隣のテーブルの後ろの知らない男たちの方から魔女の話が聞こえた。
「……いたとしてもだな、魔女なんてシワの寄った老婆だぜ? きっと」
赤ら顔の大男が大声でいった。
「第一、魔女なんてさ、まだ生き残ってるのかねぇ?」
隣に座る小柄な男がいった。
「西の森に住んでるとかっていう噂なら聞いたことはあるがな。小屋へは誰もたどり着けないって話だぞ」
ボスの様な男がいった。
ルキアは、過去に起こった魔女狩りの話をしているのだと思いながら、二人はマグナ達の飲んでいるテーブルの空いた席に腰掛けた。
客の間を縫うようにして、若い女性の店員が注文してあった「羊肉のワイン煮」と「ポテトフライ」を運んできた。最近では天然の動物の肉は大変貴重で、中々食べる機会がないが、今日は特別だ。
可愛らしい女性の店員は、店内によく通る大きな声で「お待ちどうさま!」と、威勢よくマグナ達の座っているテーブルの上にドスンと料理を置いた。
テーブルの上のジョッキのビールの泡が揺れて、二人のフォークが床に落ちた。女性店員が慌てて落ちたフォークを拾おうとしゃがみ込んだ。
後ろで騒いでいた客たちが、床に転がるフォークを拾う女性店員の胸元を、チラチラと覗き見ていた。若い女性店員は愛想笑いを見せながら、機転を利かせて手を差し出してチップを求めた。
「キテラが、もし今の話を聞いていたら、きっと怒り出しただろうな。本物の雷を落としたりしてな」フォノンがニヤつきながらそういうと、マグナも笑みを浮かべながら、「そうかもな……」と相槌をうった。
「それにしても、クラヴィスってキテラそっくりになってきたよなあ。だんだん色っぽくなってきたし」
フォノンがクラヴィスをじろじろと上から下へと嘗めまわすように見ながら言った。
「やめてよ、フォノンおじさんの変態!」
クラヴィスは頬を赤らめながら怒った。
ルキアは恥ずかしそうに下を向いていた。マグナは関係ないといった様子で、ポテトをぱくぱく口に運んでいた。
――そのあと、マグナとフォノンは仲間との尽きることない思い出話に戻った。
しばらくの間、ルキアとクラヴィスは軽くポテトをつまみながら、二人の会話をじっと静かに聞いていた。
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