第四話 酒場「ハンタクロス」

 ルキアとクラヴィスは、マグナとフォノンの行きつけらしい酒場「ハンタクロス」の入口に着いた。クラヴィスは入口の扉から顔を覗かせ、静かに中の様子を伺った。


「あ、いたいた。マグナ叔父さんたち奥の方に居るわ」クラヴィスは、軽快な音楽が流れる異国の雰囲気の明るい店内を見回しながら言った。


 酔いに任せた客たちの中には、音楽のリズムに合わせて踊る人もいた。威勢のいい客の笑い声が飛び交う中に、食欲をそそる良い香りも漂っている。そう広くない店内は、肩が触れ合うほどに客で一杯だ。クラヴィスとルキアは「ギィッ」と軋んだ音をさせながら、扉の抵抗する力を感じながら扉を押し開け、薄暗い店内へ入っていった。


 一瞬、店内の空気が凍りつく! 


 客の目線は、一斉に入り口の方へ集まった。ビクつく二人の若者を確認すると、客たちはそれぞれの宴の時間へと戻っていった。


クラヴィスは混み合っている薄暗い店内を見回した。先ほど確認した店の奥の方で、仲良くテーブルを囲み酒を酌み交わしている、二人はマグナとフォノンの方へと向かった。


「マグナ叔父さーん! フォノン叔父さーん!」大声で二人を呼んだつもりが、クラヴィスのか細い声は、賑やかな店内の音にかき消された。どちらにしても、酒を酌み交わしている今の二人にクラヴィスの声は届かないだろう。


 マグナとフォノンは長い間一緒に旅をしてきて、困難を共に乗り越えてきた掛け替えのない仲間だ。今日は久しぶりの親友との貴重な時間だが、実はもう一人いた仲間の弔いの日でもあった。二人の表情は穏やかで、心に秘めたそれぞれの想いを抱きながら、酒宴の時間を楽しんでいた。


「おじさん達。迎えに来たよ!」店内に響くくらい大きな声で言った。さっきとは違い、声がすんなり通ったようだ。自分達を迎えにきたクラヴィス達に気付いたマグナとフォノンは、赤ら顔で二人に合図した。


 マグナ達の隣のテーブルの後ろにいた知らない男たちの方から魔女の話が聞こえてきた。


「………いたとしてもだぞ? 魔女なんてな、シワの寄った老婆だぜ? きっと」赤ら顔の大男が大声でいった。


「第一、魔女なんてさ、まだ生き残ってるのかねぇ?」隣の小さな男がいった。


「西の森に住んでるとかっていう噂なら聞いたことはあるがな。小屋へは誰もたどり着けないって話だ」ボスの様な男がいった。


 ルキアは、過去にあったという魔女狩りのことを話しているのだと思いながら、二人はマグナ達の飲んでいるテーブルの空いた席に腰掛けた。


 客の間を縫うようにして、若い女性の店員が注文してあった「羊肉のワイン煮」と「ポテトフライ」を運んできた。最近では天然の動物の肉は大変貴重で、庶民の口にはなかなか入らない。


 可愛らしい女性の店員は、店内によく通る大きな声で「お待ちどうさま!」と、威勢よくマグナ達の座っているテーブルの上に料理をドスンと置いた。テーブルの上のジョッキのビールの泡が揺れ、二人のフォークが床に落ちた。


 後ろで騒いでいた客たちが、しゃがみこんで、床に転がるフォークを拾う女性店員の胸元を、チラチラと覗き見ている。若い女性店員は愛想笑いを見せながら、機転を利かせて手を差し出してチップを求めていた。


「キテラが、もし今の話を聞いていたら、きっと怒り出しただろうな。本物の雷を落としたりしてな」フォノンがニヤつきながらそういうと、マグナも笑みを浮かべながら、「そうかもな……」と相槌をうった。


「それにしても、クラヴィスってキテラそっくりになってきたよなぁ。だんだん色っぽくなってきたしなぁ」フォノンがクラヴィスをじろじろと上から下へと嘗めまわすように見ながら言った。


「やめてよ、フォノンおじさんの変態!」クラヴィスは頬を赤らめた。ルキアも恥ずかしそうに下を向いている。マグナは関係ないといった様子で、ポテトをぱくぱく口に運んでいた。


 そのあと、マグナとフォノンは仲間との尽きることない思い出話に戻った。しばらくの間、ルキアとクラヴィスは軽くポテトをつまみながら、二人の会話をじっと静かに聞いていた。


別のグループの座っている方から、「賢者の石」という単語が聞こえ、ザワメキが起きていた。賢者の石といえば、レイスハンターならば知らぬものはないといわれるお宝だ。一国を滅ぼすともいわれる、いうなればレアメタルの頂点とでもいうべきだろうか。


「そういやさ、仲間が聞いてきた話だがな。お前、『賢者の石』って知ってるか?」


「知ってるけどな。お前さぁ。まさか、伝説を本気にしてるのか?」


「いや、それがな。今は違う名で呼ばれているようなんだ。どこかに有るらしいんだよ。ホ・ン・ト・二。ただの噂だけどな。ただの。ガーッハッハ!」酔っているからなのか、本当なのか嘘なのか、話の真偽はまったくわからない。


「で?何て呼ばれてるんだ?なんでも願いが叶うとか言うなよ?」小さな男が言った。


「残念ながら……」ボスのような男は、残りのビールを一気に飲み干した。


 少し間が空く。


「その通り!」年季の入った大きな木製のジョッキを、テーブルの上に乱暴に置いた。


 仲間たちは「何でも願いが叶う」という言葉を耳にして、目つきを変えて真剣に聞いている。


「売っぱらっちまえば、国だってつくれるかもなぁ。ガーハッハ!」段々と、大風呂敷を広げたような話になってきた。


「………」一同は名前を聞き逃さないようにしているようだ。


「………エメラルド・シードっていう石らしい………」話をしている本人は、その部分だけ声のトーンを下げて言ったつもりらしいが、周囲には丸聞こえだった。


「エメラルド・シードってんだから、エメラルド色の種なのか?」


「そのまんまじゃないかよ!ガーハッハッ!」話している本人たちが、その石の存在をまるで信じていない様子だ。


 その話が聞こえていたマグナはフォノンと顔を見合わせて、迎えに来たルキアとクラヴィスにそっと小声で言った。


「おじさん達はな、あると思うぞ。そういうの。効果の程は別としてな」フォノンは何かを知っているような口振りでそう言うと、羊の肉を一切れつまんで口の中へと放り込んだ。


「ふーん」ルキアとクラヴィスは、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていた。


「さてっと。母さんの角が生えてくる前に帰るとするか。残すと勿体ないから、それ、母さんに持って帰るか」ルキアとクラヴィスはうなずいた。マグナは手を上げて店員を呼びとめ、残り物を持ち帰りたいとお願いした。


 マグナは伝票をチラリと見てから会計を済ませ、詰めてもらった残り物の入った木の箱を受け取ると店をあとにして母ローズの待っている家へと帰ることにした。


 夜の帳が街に降り始めていた。朧気な影の映りこんだ石畳の上を、並んで歩く四人の後ろ姿は、まるで本当の家族のようだった。

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