第5話 ホドラ古書店

 色づき始めた木々の葉が、涼しい秋風の中で揺れている。虫の羽音や鳥のさえずりが響いている。夏の余韻の残る中、古めかしい家の縁側で、ひとり静かに瞑想をしている少年がいる。細身で筋肉質の少年は、十四、五歳といったところか。


 母親ゆずりの赤毛の少年から漂う雰囲気は、年齢の割には意外にも落ち着いている。刀術の鍛錬により身についたものだろうか。少年は父の勧めで幼い頃から刀術を始めたらしい。


 前髪の隙間から、額に見え隠れしているは、一見するとケガのようにも見える。確か父親であるマグナの額にもそっくりのがあった。


 少年は五感を研ぎ澄まし、意識を自分の内面に向けている。少年は身動き一つしない。いつもであれば、一緒に鍛錬をしているはずの師匠でもある父マグナが今日は珍しくそばにいない。どうやら留守にしているようだ。今日は、フォノンおじさんとの最後の飲み会に出かけているらしかった。


 肝心の少年の刀術の方はというと、かなりの腕前であったが、まだまだ父の足元には及ばない。少年の素直で負けず嫌いな性格が成長の糧にもなっているのだろう。父の若いころの様なレイスハンターになりたくて、愚直なまでに鍛錬に打ち込んでいた。


 正規のレイスハンターになるには、十五歳という年齢制限が邪魔をしていて、ハンター登録することは出来なかった。小遣い稼ぎも兼ねてだが、たまに父親の討伐に同行していた為に、実戦経験が全くないというわけでもなかった。


「ルキア。 クラヴィスと一緒に、父さん達を迎えに行ってくれるかしら。クラヴィスのほうは、いつもと同じで怪しいホドラ古書店に居るはずよ。父さんとフォノンおじさんは、飲むときはいつも『ハンタクロス』だから」


 ローズの中ではルキアが迎えに行くということは、返事をする前から決まっていたようだ。ルキアは静かに息を吐き終え瞑想に区切りをつけると、出かける準備をはじめた。


「わかったよ、母さん。ホドラ古書店に寄ってから酒場に向かうよ」

 ルキアは先に二歳年上のクラヴィスを探しに街の裏路地にあるホドラ古書店へ向かった。クラヴィスは暇さえあれば、昔ながらのホドラ古書店へ、掘り出し物を探しに行っていた。古書店へ通い詰める理由は、廃盤になった本が眠っていることが多いからだと言っていた。


「ホドラ古書店は、こっちから行ったほうが近かったっけな」

 ルキアは、家の庭を抜け細い裏路地に入った。裏路地は、街に何かが起こった時のためにと昔の人が意図して作ってくれたモノだった。ちょっとばかり細かったが、街の入り口まで抜けることができる住人しか知らない裏道だった。


「ここを通るのは、何年ぶりだろうか」

 ルキアは心の中で過去を思い出しながら呟いた。

 裏道を抜けていく途中、少しだけ幼馴染たちと遊んだ懐かしい記憶がよみがえってくる。静かな路地の中に残る懐かしい面影を感じながら歩いていた。街の喧騒から離れたこの裏道は、まるで別の世界のようだった。


 裏道を真っ直ぐ進んで右横へ抜けると、大通り抜ける。大通りへ抜ける手前のカーテンの半分閉まった店が、クラヴィスお気に入りのホドラ古書店だ。何度見ても、やっぱり怪しい。いつ営業しているのかよくわからない。


 ルキアは偵察でもするように、無言で窓の外から店内を覗いた。薄暗く怪しげな、ずっと前から存在している古風で趣のある古書店の店内は、石畳の床にそのまま直に本が置かれていた。

 本が置かれているというよりは、積み上げてあるといったほうが正しいだろうか。無造作に積み上げられた本が今にも天井に届きそうだ。


 目をつぶったままじっとしている店主のおだやかな瞳は、奥まで続く本の山に向けられている。古書店というよりは、むしろ本専用の大きな物置といったほうが正しいだろう。


 ルキアは薄暗い店内を見回した。ルキアが予想していた通り、お客はクラヴィス一人きりだ。この辺りでは珍しい水色の長い髪なので、すぐにクラヴィスだとわかった。クラヴィスは、どちらかといえば地味だが可愛いらしい女の子だ。今日は珍しくスカートを履いている。やはり丸眼鏡がよく似合う。目が悪いのは、読書のし過ぎが原因なのは言うまでもない。


 ルキアは休日にこの店を訪ねる客の数は、やはりこんな感じなのだろうと推測していた。


 ホドラ古書店に積み上げられた過去と消えゆく本の中には、世界の真実が隠されていることが多いことを、クラヴィスは知っていた。しかし、最近の若者には真実の書かれた本より機械に打ち込まれた本のほうが好まれるらしく、物理的な本そのものが古書店と共に消えていこうとしていた。時の流れとは、そう言ったものかもしれない。


 クラヴィスからすれば空いた店内というのはとても快適ではあるものの、いつ大好きなホドラ古書店が跡形もなく消えてしまうのかと心配で心配で夜も眠れないほどだった。


 老店主は恩給を貰って暮らしているらしく、趣味で古書店を営んでいるようなものだった。老店主からすると、生命維持装置といったほうが正しいのかもしれない。


 いつしかホドラ古書店のお得意様となっていたクラヴィスは、昔ながらの古書店のほうが、素晴らしい本と出会うには一番よいのだという、自分なりの答えに行き着いていた。そんな話をルキアによく話していた。 


 ルキアは「コンコン」と窓ガラスを叩いたが、老店主との会話に夢中になっている。ノックの音は、クラヴィスの耳には全く届かないようだ。ルキアはホドラ古書店の正面へと回ると、入り口のドアに手を伸ばした。

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