第二話 出会い
ギルドを出たマグナ達は、ギルドの前にあった長椅子に座った。背中に背負っていた重そうな武器を外すと、横の壁に立てかけた。
「一先ず、お疲れさん」フォノンは、ギルドの中で見かけたセルフサービスのコーヒーをマグナの前にすっと差し出した。
「フォノン。目ざといな」フォノンの観察力にはいつも驚かされた。
「だって、飲まなきゃ損だろ? 無料だぜ。無料」フォノンは、ニコニコと無邪気な顔をしながら美味しそうにコーヒーを啜っている。
マグナ達のメタルレイスを討伐するための武器は、どこかの国のレーザー兵器を応用したものだとされた。剣の類の武器ではあるが、一般的にはブレードと呼ばれる武器だった。相手を切断するというよりは、むしろ焼き切るという表現が適切だろうか。
マグナの持っているような、純粋な玉鋼を使った刀をメインの武器とするレイスハンターは、今では殆ど見かけなくなった。噂によれば職人が減っているし、材料が採れなくなったらしい。マグナ達のように経験豊富なハンターに対しては、ギルドからのサポートがついて新しい武器や装備の試作品など真っ先に支給されることもあったが、不慣れなモノは使いたくないと、二人は断ることにしていた。
予備のブレードのエネルギー残量を確認すると、エネルギーが切れそうだとわかった。腰に装着した手脂が染み込んで黒光りした鞄に手を伸ばし、中から予備の角の丸い正四面体を取り出すと机の上に置いた。
机に置かれたキューブという正四面体に貼られた金属調のラベルには、何かのロゴが貼ってある。ロゴの横には「インダストリ」という会社名が印刷されていた。そのことからロゴはインダストリ社のものだとわかった。
キューブというエネルギーの塊は、この世界のシステムの一部となっていて生活に欠かせないものであり、キューブというのは、世界のキューブマーケットならどこにでも置いてあるのが当たり前だった。
パトロール組織のモノからビークル、手にしている端末に至るまで、売られているほとんどのモノはキューブに対応していた。
「ケミカルプラント 従業員 追加募集 寮完備」と書かれた、壁に貼ってあった紙が偶然目に止まった。紙の下の方には、インダストリという社名が載っていた。丁寧に作り込まれたチラシの美しく撮影された写真からは、クリーンな企業というイメージを伝えようとしているのがわかる。
少し目を細めながら、「また、この会社の名前か。ケミカルとあるが、一体何を作っているんだろうか。大きくなるモノは、裏で何をやっているのやら……」マグナの本音が口から出た。
その時、ふっと花屋の方から香りの強いイセク・モンキの花の薫りが漂ってきた。この時期になると一斉に花が咲くイセク・モンキの花は、強い香りを放つ。
マグナは花屋の店先を見やると、目が釘付けになった。マグナの目には、肩の下まで伸びた赤い髪を一つに束ねた細身の女性が映っていた。少し前かがみになってイセク・モンキの花に水をやっている。
服の隙間から覗く白い胸元。艶のある赤い髪を掻き上げるその仕草が、なんとも言えない魅力的な雰囲気を醸し出している。よくある一目惚れというやつだ。
「ローズ。 水遣りが終わったら、こっちを手伝ってくれるかしら?」花屋の店主の指示でこの店の店員らしい女性は「はい」と張りのある声で答えた。
「ローズっていうのか……純美だ」
「え? 純美って何だ? おーい。マグナ。聞いてるか?」
「あぁ」雷に打たれたようになっているマグナに声を掛けるが、まるで上の空だ。
「だめだな、こりゃあ。話を聞いてない時の『あぁ』だな」と、フォノンはいった。
「なるほど……ね」そう言いながらも、フォノンは、マグナの目線の先を見ると納得せざるを得なかった。
「ちょっとオレ、花買ってくるわ。悪いが宿屋へ先に向かっててくれるか?」マグナは素早く動いた。
「はあ。全く。美人にはこれだよ」フォノンは優しい微笑みを浮かべながら、親友の恋の始まりを見守っていた。
その後、マグナとフォノンはその街にしばらく滞在していた。ある日、マグナは勇気を振り絞り、後に彼の妻となる花屋で働くローズに声をかけた。
マグナは、毎日ではないが狩りの帰りに必ず立ち寄り、モテンペンスの花を一輪、買って帰ることにしていた。二言三言、会話をして帰ってゆくマグナの好意に、ローズは気づかないふりをしていた。マグナが一週間近く花を買いに来ないときは、ざわめく自分のこころにローズは気づき始めていた。
周囲が気づいた頃には、二人の恋は自然な流れで始まっていた。
二年ほどの交際を経て、マグナとローズは一緒になることを決めた。結婚を決めるのとほぼ同時期に、メタルハンターを引退することにしたマグナは、相棒であり親友でもあるフォノンに引退することを伝えた。話を聞いたフォノンは、親友の身を固めるという決断を、まるで自分のことのように喜んだ。
マグナは、レイスハンターとしての戦歴を買われ、ローズの実家のあったラナティスの街のギルドに勤めることになった。
一方、コンビを解消することになったフォノンは、ラナティスの街を拠点に、傭兵となってしばらくの間、募集の出ていた討伐に参加していた。
ラナティスの街を吹き抜ける風が、若い二人の新しい門出を祝福しているようだった。
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