第三十四話 完璧なシステム

 華幻を別のコテージで休ませると、話の続きを聞くために、全員、長老の部屋へと戻った。


「話すかどうか迷っておったんじゃが。実はネザンはな、アキホカの出身なんじゃ。フォノンが生まれるずっと前の話だ」ネザンといえば、この世界で知らぬ人はいないインダストリ社の社長だった。インダストリ社は、遥か西国の帝国とのつながりが噂されている。今では世界のキューブのシェア八割を誇る巨大企業である。


「ある日のことじゃ。西国で科学者をしていた男が、幼いネザンを連れてアキホカ村に移り住んできたんじゃ」


「ネザンって、アキホカ出身だったの?」チノは驚いていた。フォノンが生まれるずっと前、長老が青年だった頃にやって来たそうだ。ネザンが村での生活に慣れてきた頃、ネザンを太古の遺産である『廃墟の街』の警備に誘ったらしい。


 長老が若かった頃にはまだメタルレイスの存在は確認されていなかった。それでも、世界のあちこちでは何かしらの争いが続いていた。


寂寞じゃくまくの『廃墟の街』に行った時のことだ。ネザンは眼前に広がる瓦礫がれきの山を見て、絶望的な顔をしながら、こんなことをわしに聞いてきたんじゃ。『僕たちの住むこの世界もいつかこんな風に滅んでしまうのか?』とな」


「何て答えたんですか?」ルキアは言った。


「わしは何も答えることができなかった」長老は話を続けた。


「うーん」ルキアは言った。


「ネザンから直接聞いた話だが、ネザンの父親は、誰も証明できなかった仮説を証明するほどの天才科学者だったらしい。しかし、研究所の所長がネザンの父親の研究成果を横取りし、研究データの入った全てのファイルを帝国に売り飛ばしてしまった。当然、ネザンの父親はその功績から排除され、研究所を去ったと聞いた」話し終えると長老は深いため息をついた。


 そういった経緯を経てネザン親子があちこち放浪した後に、流れ着いたのがアキホカ村だったのだろう。


「ふーん」ニックがいった。


 「しばらく経ってから、アキホカ村に移り住んだネザンの父が、幼いネザンを残して村から忽然と姿を消してしまった。俗にいう蒸発というやつじゃな」


「なんだか、ネザン可哀そう」クラヴィスは同情していた。


「その後からだ。ネザンが廃墟の街のパトロールに自ら進んでいくようになったのは。それから、ほどなくして廃墟の街に残された太古の遺産の中から、前文明の残した全ての情報と自己修復を繰り返す計算式の入った『知識の箱』という箱を見つけたようでな。ある日、その箱を村に持ち帰ってきたんじゃ」


「前文明って今よりずっと高度な文明だったんだね。」ルキアは信じられない様子だった。


「『知識の箱』の中の自己修復する計算式を使い半永久的に計算を繰り返していけば、必ず『終わりの来ない永続的な世界に変えられる』そう断言するネザンの自信に満ちた言葉に、太古の遺産を守り続けてきた我々は、とても魅力を感じたんじゃ。自然回帰を願うわしらは、ネザンの言葉を信じてネザンの実験を黙認してしまったんじゃ。世界が変わると信じてな」


「全ての行動が最初から考えられていたとすれば、ネザンは本当に恐ろしい人ということになるわね」クラヴィスは言った。


「今考えてみると、我々も浅はかだった」周りに座っていた長老たちも頷いた。


「しかし、『知識の箱』を使って生み出されたのは、生き物を金属化してしまう、微生物を改良した 。

『謎の薬品』だったんじゃ」


「ある日、当時の族長であったわしのところへ、この世界を変えられる薬品、『デルタ七三』が完成したことを伝えに来たんだ」


「でもどうして、生き物を金属にしてしまうことが世界を救うことになるんだよ?」ニックは首をかしげていた。


「ネザンは薄気味悪い笑みを浮かべながら、こんなことを話していた。この世界の生き物全てが金属の生命体になってしまえば、死は消え、人が互いに殺し合うこともなくなる。クスリを正しく使えば、誰も苦しまずに済む。そして『完璧なシステムで循環し続ける世界』が作り出せる、とな。」


「そういうことか……。」クラヴィスが言った。


「わしが思うに、あの時のネザンの言葉は嘘ではなかった。だが、今はネザンが存在する限り、世界に平穏は訪れないだろう。ネザンを倒せば、この世界のシステムは崩壊する。逆にシステムを残せば、いつか全てが金属化してしまう。」長老が言った。


「どっちに転んでも、似たようなものか。」ルキアはしばらく考え込んでいたが、こころは決まっていた。


「どちらにしても、ネザンを討たねばならん。村の掟は絶対なんじゃ。」長老は言った。

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