第三十二話 時が流れて

 長老の隣で静かに座っていたナイラが、いきなり口を開いた。


「おやおや。あなた達の大切な仲間が近くまで来ているようだわ」ナイラは、透き通った水晶玉を覗き込みながら、その瞳に一抹の興味を湛えている。


―――びっしりと広がる枝が、太い木の上方で光を求めるように横へ伸びている。木の幹には、内側から盛り上がってできた多数の『こぶ』ができている。突然、沢山の瘤が生き物の目のように「カッ」と見開いた。その姿は、まるで木の幹に多くの目を持つ不気味な物の怪もののけのようだった。―――


 ナイラの前に置かれた水晶玉には、薄暗い川沿いの山道を登ってくるフードを被った馬に乗った一人の若い女性の姿が映し出されていた。その背格好からすると、クラヴィスであると思われる。あやかし森でルキアと別れてから、二度目の雪解けの季節が訪れていた。


 薄紫色のローブに身を包んだクラヴィスが、ラナの木で作られた特殊な杖を握りしめている。その杖にはめ込まれた黒いシャーマナイトは、光の角度によって様々な輝きを見せている。黒いシャーマナイトは魔力を増幅させる効果があり、もっと沢山の魔女がいた頃は魔女の間で杖に用いられることが多かったようだ。


 クラヴィスは、ニックに貰った『あなたのハートを鷲づかみ』を覗き込みながら、アキホカ村に向かっていた。


「チノや。迎えに行ってあげなさい。あの辺からは電波が届かなくなるはずだから」


「はい、おばあ様。歩きながら今までの経緯を伝えておきますわ」そう言い残すと、チノは素早く迎えに村を出て行った。


───小一時間が過ぎたころ、迎えに出ていたチノがクラヴィスを連れてアキホカ村へ戻ってきた。二人のお年頃の女の子は、周囲を巻き込む笑い声を上げながら、話題が尽きることを知らなかった。


「最高だよね、BOSAYOIの曲!」


「うんうん、最高!」


「でさ、金属の都に歌姫行きつけのクレープ屋さんがオープンしたんだって!」


「わぁ、一度でいいから、アタシも食べてみたいな」二人はまるで女子学生のように流行りの歌姫の話題で盛り上がっていた。年齢が近かったため、共通の話題も多く、すぐに仲良くなったようだ。それにしても賑やかで、会話は尽きることがなかった。


 流行りの歌に流行りのクレープ。時代が変わっても、お年頃の女性の気になるテーマは変わらないのかもしれない。好きな男の子の話が出れば、完璧かもしれなかった。


 部屋に入ってきたクラヴィスを見て、皆が懐かしさに満ちた表情を浮かべた。お年頃の女性の一年という時間の経過は大きく成長させる。発育も立派になり、魅力的な大人の雰囲気を醸し出していた。


「無事に、魔女になれたみたいだね」とルキアが言った。


「ええ、ありがとう。ルキアも少し大人になったね」と返事をしたが、二人の間には昔の親しさが戻らず、どこかぎこちなさが漂っていた。


「時の流れは本当に大きいものだね。昔はこんなに緊張しなかったのにな」とルキアは苦笑していた。

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