第二十八話 歩く金属の音
ニックは、ルキアと久しぶりに語り合ったあと、金属の都で耳にした噂話を思い出した。
「大事な話を忘れていたよ。この前、オイラはビークルを取りに南のサンベルト地方にある金属の都に行ってたんだけど、金属の都のビークルショップでビークル全体にBOSAYOIのオリジナルデカールを張ったんだ。それで、ケミカルプラントで働いてるお客さんと歌姫の話で盛り上がったんだよ」BOSAYOIは、子供から大人まで誰もが知っている、超有名な世界的バンドだ。歌詞には透明感や疾走感があり、兎に角歌声が素晴らしい。ニックは相当BOSAYOIに入れ込んでいて、ルキアにも金属の都で開かれるライブに行きたいと話していた。
「うん」
「金属の都の東に流れる川の近くには、二十四時間フル稼働しているインダストリ社のケミカルプラントがあるらしいんだ。たまにケミカルプラントが紅色の霧に覆われる日があるんだって話してくれたんだ。」
「それは、興味深い話だな。」
「紅色の霧が現れる日に限って、ケミカルプラントの裏手から、ガシャン、ガシャンと機械が歩くような金属音が聞こえてくるって言ってたな。プラントの地下には特殊な工場があるって聞いた。」工場で金属音がするのは珍しくないが、歩く金属音というのはあまりに特殊だ。どうやら、その金属音の正体はメタルレイスである可能性が高い。
「この間見た巨大戦車の奥に積まれていたメタルレイスを、プラントの地下に運び込んでいるのかもしれないね。歩く金属の音なんて、なかなか聞くもんじゃないよ」
「そうだよな。メタルレイスの歩く音に違いないだろうね。華幻も歩くとガシャン、ガシャンって金属音がするからね」
「オレもそう思う」
「それと、オイラたちが見た巨大戦車に書いてあったロゴマークはキューブに貼ってあるのと同じマークだったし、横には『壱』って書いてあっただろ? 一台しかないのなら『壱』なんてわざわざ書くはずがないよな」
「そうだろうね。すると、巨大戦車はあと何台残っているんだろう」ルキアは少し険しい顔をして言った。
「まあ、何台あったって関係ないけどね」ニックはいつもと変わらず楽観的だ。
「ところで、クラヴィスとはどうなってるんだよ。手ぐらい握ったのかよ。手ぐらい」ニックは二人の恋の進展をしつこく聞いてくる。
「こういうときはサッサと寝るに限るよな」ルキアはうまく話をはぐらかすと、素早く毛布に包まり目を閉じた。
「ああ、ズルいぞ。そういうの」コンロの青白い炎が、目を瞑っているルキアの横顔を照らしていた。黙って二人の話を聞いていた華幻が口を開いた。
「お二人は仲がいいですね。羨ましいです」
「なんだよ、機械が仲がいいとか言うんだね。って、ごめん。ついこの間まで生身の人間だったんだっけ」華幻の固い膝の上で、幼い焔が抱きついたままスースーと寝息を立てている。
「どれだけ見た目が変わっても、子供は本物の親だってわかるんだね」
「そのようですね」
「ところで、華幻は眠らないの?」
「ええ。金属化してからは、スリープ状態に入るだけになりました。何かあったら起こしますから、どうぞ先に寝てください」
「じゃあ、オイラもそろそろ寝るよ。何も起きないと思うけど」運転の疲れが一気に出たのか、ニックは横になるとすぐに深い眠りに落ちた。
華幻はスリープ状態に入ったのか、冷たく光っていた赤い目は暗闇の中に消えていった。メタルレイスの鋭敏なセンサーが、周囲の変化を微細に感じ取っている。眠ったように見えているだけだ。
華幻の意識は薄れることなく、ルキアとニック、そして焔の安否を見守り続けていた。焔の小さな身体は、ぬくもりを求めて華幻に寄り添い、穏やかな安らぎの中で静かに眠っていた。
薄っすらと顔を照らしていたコンロの炎はやがて消え、完全に暗闇に包まれた。
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