第十九話 キューブマーケット

 ビークルの助手席で仮眠をとっているルキアを横目に、ニックはキューブマーケットの位置を表示された地図で確認していた。一番近くのキューブマーケットは、『煙霧えんむの里』という忍びの末裔が作ったとされる村らしい。ニックはビールを煙霧の里へと走らせた。


 忍びの一族がまだ存在しているとは、ほとんどの人が知らない話だろう。過去に起きた魔女狩りで数が減った魔女同様、今では太古の遺物のような存在かもしれない。


 パネル画面の表示を切り替え画像を確認すると、人が身を隠せる岩場が多く隠れ家のようななだらかな丘陵地帯にあることがわかった。画面の説明の下に載った誰かの撮影した写真から、まるで限界集落のようだとわかる。


「こんな僻地へきちにキューブマーケットなんてあるのかねえ?」写真を見ていたニックがポツリと呟く。

   

 煙霧の里に到着すると、あたりを見回した。昔ながらの家が十軒ほど点在している、まるで映画のセットのようだ。

 

 ようやく目を覚ましたルキアは、あくびをしながら周囲を見回した。


「なぁ、ニック。この里、少し妙だと思わないか? 生活感が残っているのに人の気配が全くしない」


「そういわれると、そうだなぁ」ニックが言った。


 よそ見をしながら歩いていたニックは、小石に躓き転倒した。転んだ拍子に手をついた。


「地面がなんでこんなに固いんだよ。あ! ルキア! 地面が金属化してるよ」ニックは驚きながら膝を擦った。


「こんな僻地へきちまで、金属化が進んでいるなんて」金属化は年々広がっている。人々の気づかないうちにじわじわ世界を侵食している。同時に人々の心まで犯して侵食してしまったのではとさえ思える? 気づけば荒廃したのは、世界だけでなかったようだ。それすら人は気づかないように心を隠して日々生きている。


「全ての人間がレイス化してしまえばいい」ルキアがポツリと言った。


 奥のテントのほうから、小さな子供が泣きながらこっちに向かって歩いてくる。女の子と見間違えそうな、かわいい男の子だ。


「おーい。君ひとりだけかい? おちびちゃん、名前はなんていうの?」ニックが穏やかに腰をかがめて話しかけた。


「ぼく、焔」焔という男の子は泣きながらも、少し警戒するような目つきでニックのほうを見た。


「他には誰もいないの?」


「うん。帰ってきたら誰も居なかったの。山で一晩、修行してただけなのに」焔は泣くのをやめると、うつむきながら寂しそうに答えた。


「なぁ、ルキア。何があったんだろうな」


「うーん。それにしても、こんなに小さな子を一人で置いてく訳にもいかないよな?」


「うん。そりゃそうだ」


「なぁ、ほむら。この里にキューブマーケットがあるって端末に載ってたんだけど、いったいお店はどこにあるんだ?」


「キューブマーケットなら、ずっと前になくなっちゃったよ。でも、キューブなら僕んちにまだ残ってるかもしれないよ。なんかマークのついた四角い奴でしょ?」焔が言った。


「そうそう。あると、お兄さん達とっても助かるんだけど。あと、何か食べ物もあると嬉しいなぁ」ちゃっかりしている、ニック。


「わかった。ちょっと、探してくるから、ここで待ってて」焔はパタパタと里の奥のほうへと走って行った。


 暫く経ってから袋を抱えて焔が戻ってきた。袋の中には、キューブが三個と、五枚ほどの干し肉が入っていた。


「お代のほうは、こちらでお願いします」焔は左の手で指を三本立てている。世界の通貨であるクリスタCOINの画面を表示した端末をニックの方に差し出した。


「ちゃっかりしてんなぁ。金取るのかよ。しかも三万クリスタ!」ニックは端末を使って指示されたクリスタCOIN三枚を、しぶしぶ焔の端末に送った。


「ところで焔、オレ達と一緒に来るかい?」


「一緒にいっていいの?」


「子供一人でおいてけないだろ?」ルキアが笑顔で返事をすると、焔は安堵した。


「お代のほうは、クリスタCOIN三枚でお願いします」ニックは左の手で三本の指を立てながら、ポケットの中に端末をしまい込んだ。


「………」焔は目を丸くしたまま、ポカーンと口を開けて突っ立っていた。


「おい、ニック。仕返しなんて大人げないぞ」ルキアは呆れた表情をした。


「ハハハ。冗談だよ、冗談」


「キューブも手に入れたし、そろそろビークルにもどろっか」ビークルに向かう二人の後を、ちっこい焔が嬉しそうについて行く。


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