第十八話 愛しの歌姫

 あやかし森を抜けたルキアは、重くなったカバンを担いでラナティスの街から西方へと向かって歩いていた。振り返ると、ラナティスの街が遠くに小さく見える。軽い鎧の下に着た薄手の服のフードを深く被り、鉄砂を一歩一歩踏みしめながら進む。朱色の鎧が、遠くからでも目立っていた。ごつごつとした岩場は避けなるべく平坦な場所を選んで歩いた。


 その時。「ルキアー!」聞き覚えのある声が段々近づいてくる。確かにルキアを呼ぶ声がした。幻聴ではないようだ。振り向くと、土煙を上げながら物凄いスピードで近づいてくるバンタイプのビークルが視界に入った。オリジナルデカールが大胆に貼り付けてあるビークルからは、ニックの元気な声が聞こえてくる。


「いたいた、やっと見つけた!」ビークルのタイヤがザザザと音を立てながら、ルキアの真横で止まった。


 ニックがまくし立てるように話し始めた。「オリジナルデカールを南西の鉄の都のショップに頼んであったんだ。出来上がったビークルを受け取りに行ってたんだ。で、ラナティスの街に戻ったら街が壊滅しててさ、親父に会おうと思ったけど、頑丈な親父なら問題ないと思って、そのままお前たちを探しに来たってわけさ。お前たちだけ楽しそうなんてずるいぞ? あれ、クラヴィスは?」クラヴィスがいないことに気づくと、辺りをキョロキョロと見回していた。ルキアが言うまで、ニックはクラヴィスの不在に気づかなかったらしい。


「クラヴィスなら魔女になるため、森の魔女のところに残ったよ。でも、どうしてここにいるってわかったんだ?」


「え? 受信機が、クラヴィスに渡したやつだけだったなんて、言ったっけ? 作った甲斐があったよなあ。」ニックは得意げに微笑んでいた。やはりニックはいつも抜かりがない。


「これじゃ目立ってしょうがないだろ。」ビークルのオリジナルデカールを指さしながらルキアが言った。


「いいだろ? 自分のビークルなんだから」


「まぁねぇ」


「それにしても、あいつが魔女修行ねえ。まぁ、乗った乗った。」ニックの調子の良さに呆れながら、ルキアは武器を抱えて五人乗りのビークルの助手席に乗り込んだ。後部座席には、綺麗に畳まれた毛布が一枚あった。その毛布は、長旅の疲れを少しでも癒すための心遣いに違いない。


「修行が終わったら必ず合流するってクラヴィスが言ってたよ」


「それにしても、クラヴィスはほんっと勉強が好きだなあ。ビークルのマニュアル読むのも億劫なのに。で、ルキア。どこに向かうつもりだったんだよ?」ニックはぶっきらぼうに尋ねた。


「目的地は決めてなかったんだ。それより、エネルギー残量が少ないから、一番近いキューブマーケットに向かったほうがいいと思うよ。」センターパネルのエネルギー残量が赤く点滅しているのを指さしながらルキアが言った。ビークルのパネルには、エネルギーの残量が非常に少なくなっていることが表示されていた。


「残量九パーセントか。教えてくれてありがとう。」ニックは急いでパネルでキューブマーケットの場所を探し始めた。「煙霧の里ってところが一番近いみたいだな。二十キロは離れてるけど、約四十分ってところかな。」ビークルのパネルを操作しながらラジオをつけた。車内に流れる音楽が、緊張を和らげてくれる。


 穏やかな旋律がスピーカーから流れ、柔らかな歌声が周囲を包み込んでいく。美麗なメロディが心地よく、リラックスした雰囲気を醸し出していた。


「なぁ、ニック。いい曲だな。これ、誰が歌ってるんだ?」


「よくぞ聞いてくれました。BOSAYOIのボーカル、いとしの歌姫RAIKAライカちゃんさ」


「誰だよ、RAIKAライカちゃんって?」


「知らないのかよ。ルキアは刀術の鍛錬ばかりやってるから、時代に取り残されちゃうんだぞ?」ニックは残念そうな表情で、帝国の人の素振りを真似して両手を広げながらルキアをからかった。ルキアはその表情と仕草に、少しだけ笑いをこぼした。


「時代に取り残されることに、何か問題でもあるのか? 別に流行りで刀術をやってるわけじゃないからな」


「まぁ、今一押しの歌姫の曲なんだから、よーく耳のお掃除でもして聞いてみてよ。金属の都でも、確かこの曲流れてたっけな。」やさしい歌声に包まれると、ルキアの疲れた身体が少し癒されるようだった。歌のリズムが、心の奥までじんわりと響き、気持ちをリフレッシュさせてくれる。


「悪いけど、少し眠るわ。」ウトウトしてきたルキアはシートを倒し、目を閉じた。ビークルの揺れが心地よく、すぐに眠りに落ちていった。


「あいよ〜。夢の中で『鉄砂てっさの地』の探索でもしててよ。おやすみ〜」ニックはパネルに表示された地図を確認しながら、ルキアに優しく声をかけた。ビークルのエンジン音とともに、静かな旅路が始まった。

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