第十七話 魔女修行 ~壱~
魔女修行が始まって半年が経つが、畑仕事と読書ばかりの日々。クラヴィスは、いい加減うんざりしていた。
「どう? 作業の方は進んでるかしら?」ツァローニはクラヴィスの様子を見に畑へとやってきた。分厚い本の方は自分で読破するように言われていたが、半年経っても魔女修行らしいものは始まらない。
「これのどこが、魔女修行なんだと思っているでしょう?」
「どうして、わかるんですか?」
「そう顔に書いてあるわ」
「え? ウソ?」慌てたクラヴィスは、自分の顔を指先で確認するような仕草をした。
「これも、魔女修行には欠かせない大切なことなのよ?」
「うーん」と、クラヴィスは唸りながら、納得いかないという様子だ。
ツァローニは、クスクスと笑いながら、おもむろに、転がっている石ころを拾い、クラヴィスに手渡した。
「石は、ただ転がっているだけだと思う?」
「え? 違うんですか?」クラヴィスは、白い斑の石灰岩を眺めては不思議そうな顔をしている。
「じゃぁ、ちょっと面白い話をするわね。昔ね、石から学べといった人がいたの。クラヴィスなら、その意味をどう捉えるかしら?」
「石から学ぶのですか。石は石ですよね」
「ふふふ。それは常識的な考えだわね。では、こう考えてみてくれる?」
「はい」
「石には何が含まれていて、中には何がいて、何に反応して、何をどう変化させるのかしら? そもそもどうしてその場所に転がっているの?」ツァローニの話はまるでなぞかけのようだ。
「考えたこともありません。なんだか難しい話ですね」
「考え方の問題よ。世界に住む多くの人が、今のあなたのように、石はただの石だと思っているわ。石とあなたの存在は一見すると全く別の話のように思えるけれど、全てひとつの話だと言うことはわかる?」クラヴィスは小さな子供に説明するように、慎重に言葉を選んで話した。
「よくわかりません」
「あなたは単体で生きていると思っているけれど、あなたとこの石は、互いに影響を及ぼしあっているの。虫のしらせというのがいい例ね」
「同じ世界の中で生きているのだから、必ずどこかで繋がることは解ります」
「そうよね」
「質問してもかまいませんか?」
「ええ。どうぞ」
「『全ての答えは自然の中にある』ということも繋がりますか?」
「あなた。いい言葉を知っているのね」
「一緒に山へ入った時に、父がわたしに教えてくれた言葉なんです」
「あなたのお父さんは、きっと自然の力を信じていたのね。それは、本当はとても大切なことなのよね。自然の中では全てが完璧に循環しているし、人間はその仕組みを応用しているに過ぎないから」
「段々、話がそれていっていませんか?」
「いいえ? これも、全てひとつの話しよ」
「なんだか、頭が混乱してしまいそうです」
「今日のところは、これくらいにしましょうか。段々と見えないものが理解できるようになってくるから大丈夫よ」不安そうな表情を浮かべるクラヴィスを見て、気遣うように言った。
「明日もまた、本を読んで、太陽の下で畑仕事を続けてね。石から学ぶ意味も、必ずそこにあるから。私がほとんど嘘を言わないことは解っているでしょ?」ツァローニは馬鹿正直だということはクラヴィスはよくわかっていたが、魔女として森で動物たちを相手にして孤独に生きてきたため、仕方のないことかもしれない。
「はい。解っています」
「一つだけ、ヒントをあげるわ」ツァローニは顔の前で人差し指を立てながら言った。
「はい」クラヴィスは真剣だ。
「仕組みを理解することよ」
「仕組み、ですか」仕組みといわれると少し難しく聞こえる。自然の仕組みや成り立ちを知っていることも、魔女としては基本であろう。
その日の作業を終えたクラヴィスは、ツァローニと一緒に夕飯を食べたあと、部屋に戻って本の続きを読み進めた。「仕組み」という言葉を、頭の片隅に置いたまま、頭の中にある全ての単語を並べかえてみた。
「端末で調べて書き出した方が早いかも」そういって、端末で言葉の意味を調べてみるが、普段あまり使わないためかどうもしっくりこない。
「あー。やっぱり、わたしには紙のほうが向いてるわ」クラヴィスは、ノートと鉛筆を取り出すと、思いつく限り全ての単語を鉛筆で書き出した。そして、仕組みや共通点を考えながら言葉同士を線を引っ張り繋げていった。いうなれば、一人ブレインストーミングだ。
「石の成分、ケイ素。これは、さっき読んだわ。石の中の微生物。微生物の示す反応温度や条件。存在? 父親? 畑? 魔女? わかんないわ。この考えも、全て一つの話だというんでしょ? 石から学べという意味がわからない。今日やめ!」クラヴィスの頭から煙が出てきそうだ。
クラヴィスは、明日の朝、目が覚めてすぐの頭が冴えている時に、もう一度よく考えることにして、今日は寝ることにした。
朝早く目を覚ましたクラヴィスは、何やらぶつぶつと呟きながら、机の上の昨日まとめたノートを覗き込んでいた。
「仕組み。仕組み。仕組み? 物理かしら。物理的な反応は化学かしら。全てを応用したものが科学よね。これじゃぁ、まるで。ん? そういうこと? あ! わかっちゃった」
ツァローニを探した。畑にいるようだ。クラヴィスは裏庭にある畑に走って行った。畑でツァローニの姿を見付けると、嬉しそうに大声で「わかったんです!」と、連呼しながら、ツァローニの方へ駆け寄っていった。
「落ち着きなさい。それで、答えは何だったの?」息を切らせたクラヴィスは、ちょっと待ったというような仕草をしながら、前かがみで膝に手をおき深呼吸をした。
「全てを。全てを学べということです」
「そうなの。それが、あなたの答えね。素晴らしい答えだと思うわ」少し間をあけてから、ツァローニが答えた。
「自分の考えというものを十分理解しておいてほしかったの。本のほうは読破できた?」
「はい。あとチョットで読み終わります」クラヴィスは残りのページをつまんで見せた。
「学科のほうは、それで終了ね。明日からは、実技に入るわよ」ツァローニは弟子の成長に期待している様子だ。
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