第20話 月明かりの下で

 夜更けの暗闇の中、フクロウの鳴く声が森に溶け込むように響いていた。その音は静寂を破るどころか、むしろ静けさを強調していた。


 屋根裏部屋へと上がったルキアとクラヴィスは、すぐにベッドに横になった。疲れていたクラヴィスは、すぐに深い眠りに落ちた。


 ルキアの方は、なかなか寝付けなかった。父マグナの手紙を思い出すたびに胸が締め付けられ、自責の念が湧き上がってくるのだ。ルキアは、もし過去に戻れるならばと願ったが、それが叶わないことも痛いほど理解していた。


 隣でスヤスヤ寝ているクラヴィスの寝顔が月明かりの中に浮かぶ。満月の光が、屋根裏部屋の小窓からルキアを外へと誘った。ルキアはクラヴィスを起こさないように、そっと布団を抜け出した。ベランダに出ると、冷たい夜気がルキアの頬を優しく撫で、広がる美しい星空がその心の傷を癒やしてくれた。物思いにふけるにはちょうど良かった。


 ルキアは小さなベランダに立つと大きく深呼吸した。夜気が肺に染み渡り、少しだけ心が落ち着いたように感じた。壁に寄りかかって座り込んだルキアは、じっと遠くを見つめながら考え込んだ。


 一方、クラヴィスは夜の自然な衝動で目を覚ました。トイレから戻ると、隣にいるはずのルキアがいないことに気付いた。その時、開け放たれた窓から外の冷たい風が吹き込んできた。直感的に、クラヴィスはルキアが外にいることを察し、ベランダに向かった。


 ベランダでは、ルキアが月を見上げていた。その横顔には深い悲しみと迷いが刻まれていた。クラヴィスは静かにルキアの隣に座った。二人の間に流れる沈黙。クラヴィスは、静寂が壊れるのを待ちながら、どう声をかけるべきかを考えていた。


「マグナおじさんのことを考えてたの?」

 クラヴィスが静かにルキアに問いかけると、ルキアの肩がわずかに震えた。ルキアは頷くでも否定するでもなく、ただじっと膝を抱え込んでいるだけだった。その姿は普段のルキアの堂々とした態度とは違って、まるで幼い子供のようだった。


「うん。もし僕がもっと強かったら……もしあの時、街を離れずに戦っていたら、父さんは……。父さんが何と言おうと逃げ出さなければよかったんだ」

 ルキアの声には、後悔と自責が滲んでいた。クラヴィスはルキアの言葉を遮るように、穏やかだが力強い声で返した。


「あの時、ルキアが残って戦っていたとしても、無駄に命を落としただけよ。マグナ叔父さんは、私たちが生き延びることに全てをかけたの。マグナおじさんを討った相手に勝てたと思うの?」 

 ルキアはクラヴィスの言葉に何も言い返すことができなかった。視線を遠くに向けたまま唇を噛みしめていた。しかし、心の奥ではクラヴィスの言葉がこだまのように響いていた。

 クラヴィス自身もまた、「四つ目の百」が自分の母に関わる何かを知っているという思いが心をかき乱していた。だからこそ、クラヴィスは自分の力を信じ、立ち向かう覚悟を決めていた。

 

「確かに勝てなかったと思うよ……でも……」

 ルキアは父の犠牲が無駄ではなかったと信じたい一方で、自分の弱さが全てを招いたと痛感していた。

「悪いけど、玉砕戦法なんて立派でもなんでもないわよ。生き残るほうが先決じゃない。マグナ叔父さんは、きっとルキアの額のアザの本当の意味を知っていたのよ」

 クラヴィスは、ルキアの言葉を遮るように少し厳しい口調で言った。

「だから、どうしても僕らを街から逃がしたかったのか……」

 額のアザに触れるルキアの指先は、わずかに震えていた。

「私たちがあの場所にいなかったとしても、マグナおじさんなら、最後の一人になっても戦ったはずよ」

 クラヴィスはポケットからハンカチを取り出すと、そっとルキアに差し出した。

「うん。そうだと思う……」

 ルキアは手で涙を拭いながらハンカチを受け取った。

「ルキアのことだからどうせ一人で仇を取ろうと思っているんでしょ?」

「……うん。でも、怖いんだ。どうやって『四つ目の百』を倒すんだよ。あんな化け物を相手にするなんて、自分から死地へと向かうようなものだよ」

 その言葉は、普段のルキアからは想像もつかなかった。

「ルキアのいう通りかもしれない。でも、どうしていつも一人で抱え込もうとするの? 私もニックも傍にいるじゃない。それに、四ツ目の百が初めて私を見た時のあの口ぶりは、私の母さんについても何か知ってるわ。だから、私の敵でもあるの」

 クラヴィスの言葉には、決意と共に悲しみが混じっていた。

「クラヴィスはだんだん強くなってくな」

 その言葉にクラヴィスは少し照れたように微笑んだ。

 月明かりが二人を優しく包み込む。

「私は魔女になるんだからね。それに、みんなで束になって戦えば、あの怪物だって倒せるわよ、きっと」

 クラヴィスの言葉には、いつもと違う気迫が込められていた。

「そうだったね。僕は一人じゃなかったね」

 ルキアの目に決意の光が宿った。

「よかったぁ」

 クラヴィスの声に、ルキアは不思議そうな表情を浮かべた。

「よかったって、何が?」

「だって、わたし。ルキアって絶対に泣かない人だと思っていたから。初めてルキアの泣いているとこ見れたし、なんか得したなって感じ」

 クラヴィスがクスクス笑う様子に、ルキアは少し戸惑っていた。

「あのね。それって悪趣味っていうんだけど」

 そう言いながらも、ルキアの口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。ルキアはクラヴィスが貸してくれたハンカチで涙を拭うと、思い切り鼻をかんだ。

「それとね、ルキア。そのハンカチ……返さなくて……いい」

「ありがと……」

「ルキアはこれからどこへ向かうの?」

「ツァローニさんの言う通り、ラナティスの街を離れることにするよ」

「うん。その方がいいと思う。わたしはツァローニさんの元で魔女修行をして魔女になるわ。魔女になったら必ず合流するから」

「わかった」

「ところで、ニックは大丈夫かな?」

 クラヴィスは思い出したように言った。

「あいつは結構しぶといから、大丈夫だと思うよ」

 ルキアの言葉にクラヴィスの口元がゆるんだ。

「ニックの方も、わたし達を探してたりしてね」

 クラヴィスは、そう言いながら両手をこすり合わせた。

「冷えてきたから、そろそろ部屋に戻ろっか」

「うん」


 柔らかい満月の光が差し込む中で、夜風が二人の髪をそっと撫でていく。二人はゆっくり立ち上がると屋根裏部屋へと戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る