第十二話 甘さへの後悔

 マグナは自分の甘さを悔やんでいた。


「どうやら、お前は優しさと甘さを履き違えてるようだなぁ。あの時、俺様の最後をちゃんと見届けておくべきだったよなぁ!」マグナは唇を噛み締めた。


 熾烈な戦いを繰り広げていたハンター達も、二人が放つ狂気にも似た気迫に圧倒されて、誰一人として二人の間に踏み込んで行こうとするものはいなかった。それほどまでに、二人のエネルギーは凄まじかった。二人の手にした刀は何度も何度も甲高い音を響かせながらぶつかり合った。


「ネザン様が、俺様に新しい身体を与えてくださったのよ! 今はメタルレイスの『四つ目の百』様だ!」と、竹のようにしなった別の腕からアッパーカットのように拳が飛んできた。


「うぐっ!」っとうめき声を上げながら、マグナは拳を肋にまともに喰らった。


「グジュッ」と、何かがひしゃげる鈍い音が骨に伝わる。相手の拳の重みが内蔵を伝わり身体を抜けた。「ゴフッ」と、血を吐きながら、マグナはそのまま脇腹を押さえてしゃがみこんだ。マグナの唇の際から血が垂れる。乱れた呼吸を整えるように深い呼吸を繰り返している。


 生身の欠点を持たないメタルレイスというものは、常に感情を持たず、命令を遂行する。怪我をすることともないし、疲れない。動かなくなるまで突っ込んでゆく。兵士としては完璧だろう。


 マグナは痛みをこらえながらしゃがみこんでいる。

「ネザンと言ったな。インダストリ社が絡んているのか?」


「ここて死にゆくお前には関係のない話だ」四つ目の百はいった。


 その時、灰燼かいじんと瓦礫の中を駆け抜けてきたルキアとクラヴィスが、広場で戦うマグナの所へと着いた。


「父さん! 母さんは!」ルキアが叫んだ。


 しゃがみ込んだマグナを見つけたルキアとクラヴィスが駆け寄ろうとしたその瞬間!


「来るなぁ!」二人に怒号を飛ばしたマグナの気迫に、ルキアとクラヴィスは足が竦んだ。マグナは気力を振り絞って立ち上がる。


「母さんは?」ルキアが叫んだ。


「母さんなら無事だ! ニックのオヤジさんのところに行かせた!」


 四つ目の百は二人の子供の顔にじっと目を向けレンズのような目がピントを合わせるように前後しながら分析している。


「ほぉ。お前のガキンチョか? 額にアザはない………か。ん? オンナの方は、あの時の魔女によく似てるなぁ。一応ガキンチョのことはネザン様に報告を入れておくか」四つ目の百は、そう言いながら、子供たちの方へと近づこうとした。


「子供達には指一本触れさせない」 脇腹を押さえたマグナが、物凄い形相で立ちふさがった。


「ほぉ。目つきが変わったか」四つ目の百はいった。

マグナは、ルキアとクラヴィスの方へと振り返った。


「お前達、すまんな。森の魔女を訪ねろ」一度も見たことのない笑顔で、語りかけるようにささやくと、愛おしそうに二人の頬をやさしく撫でた。


「…………先に行っててくれないか」マグナはごまかすように大きな声でそう言いながら、百の方へと振り向いた。二人はマグナの発した言葉とから、マグナが最後の一撃を打ち込みケリをつけようとしているのだとわかった。


 マグナは刀を構え直すと「はぁぁぁ」と、息を吐きながら、呼吸を整えはじめた。目を細めながら精神を集中させてゆく。


 死を見据えたマグナの気迫が空気中の粒子と共鳴しながら空間を歪めた。四つ目の百は、マグナの狂気にも似た見えない力を感じると、何かが頭をよぎったのか、瞬間的に身構えた。


 次の一撃で勝負は決まる。


(一刻も早くここから離れなければ……)ルキアは第六感が働いたのか、いきなりクラヴィスの手を掴むと裏路地の方へ向かって走り出した。


 マグナの一閃! 目にも留まらぬ速さだった。


「キーン!」という、甲高い無情な音が戦場に響き渡った。時が止まったように二人は動かない。


 マグナの刀身を伝った赤い液体が、刀の鍔からポタポタ落ちている。刀から放たれた扇状の残像がゆっくり消えていった。四つ目の百の二本のブレードが、マグナの身体を貫いていた。


 四つ目の百はニヤリと嫌らしく冷笑すると、マグナの身体を脚で抑えて突き刺さった刀身を抜き去った。


 池のような血溜まりの中にマグナは前のめりに倒れ込み、頭を地面につけたまま絶命していた。


 「戦いとはこういうものだろうなあ」そう言いながら、四つ目の百は残りの二本の腕にもっていたブレードを、屍となったマグナの背中に突き立てた。


 戦いの果ての出来事とはいえ、マグナの最後は余りに残酷だった。


 戦いの中に身を置くハンターですら、マグナの壮絶な死を眼の前で見ると戦意を失った。やはり柱を失ったものはもろく、恐怖が連鎖して、メタルハンター達はだんだん戦線を離脱していった。


 言うまでもなくラナティスの街は、四つ目の百の部隊の手に落ちた。


「『聖王』を討ったと、ネザン様に報告を入れておけ」


「逃げた二人は、どうしましょう?」部下の一人が尋ねた。


「念の為、ガキンチョのことは覚王さまに報告しておいた。ガキンチョの一人や二人放っておいても問題はなかろう」メタルレイスの部隊は撤退を始めた。

   

 路地裏へと逃げ込んだルキアとクラヴィスは、狭い通路を抜けて街の入口に向かった。ルキアは手綱を外すと、ロクザに飛び乗り後ろにクラヴィスを乗せ、再びあやかしの森へと馬を走らせた。


 ロクザの首にかかった大きな黒いシャーマナイトが光を放ち、道が現れていった。二人を乗せたロクザが木々の間を風のように駆け抜けてゆく。

 

 魔女の元へと向かう二人は涙が止まらなかった。幼い頃に肉親を失っていたクラヴィスは、ルキアの痛みが手に取るようにわかるのだった。クラヴィスはルキアにしがみつく手を握り直すと祈りを込めた。

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