第九話 母からの贈り物 

「今日はもう遅いから、泊まっていくといいわ。シチューを作っておいたから、たくさん食べてね。寝るときは、屋根裏部屋にあるベッドを使うといいわ。大きいベッドが一つしかないけど」ツァローニは、引きつった表情のまま固まっているクラヴィスに目配せしたあと、台所からシチューをとってきた。

    

 三人はテーブルを囲みながらシチューを食べた。クラヴィスはじっくりと皿を覗き込んだ。目の悪いクラヴィスでもシチューの皿から見たこともない具材が飛び出していることに気づいた。クラヴィスはメガネを人差し指でグイッと押し上げた。メガネがキラリと鋭く光る。


「いうなれば、魔女のスープね」


「いろんなものが入っているけど、食べられないものは入っていないわよ」クラヴィスは、ため息をつきながら、あまりに奇妙な具材のことを考えるのは止めにした。


 クラヴィスは、横目でちらっとルキアを見やった。ルキアは何事もなく美味しそうにシチューを頬張っている。


 食事を終えた二人は階段を軋ませ屋根裏部屋へと上がった。屋根裏部屋は、いろんな荷物の上に白いシーツがかけられていて、二人のために隅々までキレイに掃除してあった。


 クラヴィスは、目の前に広がる大きなベッドの上にドカンと寝そべり陣取った。ほんのり漂うお日さまの匂い。読書家魂に火が着いたクラヴィスは、すぐさま本を広げた。クラヴィスは、大切な儀式をしてないことに気がついた。


「あ。忘れてた!」そう言いながら、本の表紙を丁寧にめくった。慣れた手つきでひっくり返す。白い裏面を表にするとやさしく本を包みなおした。白い面の下の方には、見覚えのある美しい筆跡で「428 キテラ・サウセイル」と書いてあった。


「あれ? この本、母さんの本かもしれない。筆跡までソックリ」


「ただの同姓同名じゃないの? ツァローニさんに、明日聞いてみたら?」隣でウトウトしていたルキアが目をこすりながら言った。


「うん。そうする」クラヴィスは深いあくびをした。


「クラヴィス。もっと端っこ寄ってよ」ルキアは少しだけ乱暴に言った。クラヴィスは本に書かれた母と同じ名前をじっと見ながら、黙って体を少し横にずらした。


「オレ、先に寝るから」ルキアはそう言うと、クラヴィスに背を向け目を瞑った。疲れていたのかすぐにルキアの寝息が聞こえた。クラヴィスは、毛布にくるまり隣で眠るルキアの寝顔を覗き込むと、クスリと笑った。


 しばらくしてから、ウトウトしてきたクラヴィスは、本を閉じると枕元にしずかに置いた。鍛錬を毎日続ける丈夫なルキアでも、今日は流石に疲れたのだろう。ルキアのくるまる毛布をめくると、顔を赤らめながら隣でそっと目を瞑った。このまま時間が止まってくれたらいいのにと思った。クラヴィスのこころの鼓動はなかなか収まらなかった。


 一階からは物音ひとつ聞こえない。ツァローニはすでに寝ているのだろう。クラヴィスはルキアのぬくもりを身近に感じながら、しあわせな眠りについた。


 静まり返った薄闇が少し不気味だ。そのあと直ぐに二人の寝息以外は聞こえなくなった。

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