第12話 運命の本

 ルキアとクラヴィスは、あやかし森の奥深くにひっそり佇む怪しい小屋の前に立っていた。魔女の小屋だという確証はなかったが、二人の目は確信に満ちていた。ここまでの道のりには特に目印となるものはなかった。何より『導きの蝶』がここまで二人を導いてきたことが、間違ってはいないことを物語っていた。


 クラヴィスは、隠れるようにルキアの後ろに立った。ルキアは緊張した面持ちで恐る恐るドアに手を伸ばした。ルキアの手がドアノブを掴もうとした瞬間、裏庭の方から二人を呼ぶ優しい女性の声が聞こえた。

「二人とも、こっちへいらっしゃい」

 その優しい声色に、二人は驚きながら顔を見合わせた。

「どうして、二人だってわかったんだろう?」

 クラヴィスが困惑した顔をしながら首を傾げると、ルキアも首をかしげた。

「わかんないけど。裏手へ行ってみよう」

 二人は魔女らしきやさしい声に安堵すると、声に導かれるように小屋の裏手へ向かった。


 小屋の裏手に広がる庭には、大きなキノヒの木が立っていた。畑というよりも、むしろ草原と呼ぶ方がふさわしかった。さまざまなハーブや草木が風に揺れ、心地よい香りを放ち、通路にあたる部分をグラウンドカバーとなって地面を覆っていた。

 そこで、一人の細身の女性がしゃがみ込んでハーブを丁寧に収穫していた。魔女らしき女性は収穫する手を休めると、二人に優しい眼差しを向け、軽く会釈した。

 この女性こそが、あやかし森の魔女だろう。『導きの蝶』は、女性の近くの花にとまっていた。クラヴィスは、魔女の顔を見て驚きの声を上げた。

「あれ?  母さんにソックリ……。ホクロの位置まで同じ。でも違う」  

 女性は娘のクラヴィスが見間違えるほど母親であるキテラに似ていた。

「こんにちは。あなたが、あやかし森の魔女さんですか?」 

「そうよ。私が魔女さんですよ。この蝶は『導きの蝶』と言って、邪悪な心の持ち主からは見えないようにしてあるの。ここへ来るための試験のようなものかしら」

 魔女はやさしく蝶をいたわるように、蝶の羽根の上に手をかざして言った。


 二人が蝶に再び目をやると、金色に輝いていた蝶は、ただの四枚の枯れ葉に戻っていた。二人は驚きながらも、老婆とかけ離れた魔女の美貌に更に驚いた。

「あなた達がここへ向かっていることは解っていたわ」

 そう言いながら、魔女は片手で黒髪をかき上げた。

「なぜ、そんなことが分かるんですか?  森の中に古代のカメラでも付いてるの?」 

 クラヴィスは不思議そうに尋ねた。

「いいえ。探したってカメラなんて付いてないわよ。魔女には機械の力は必要ないの。森には目には見えない力が働いていて、あやかし森の全ての生き物たちが、力の動きを感じると、そっと教えてくれるの」

 魔女はその言葉と共に、クラヴィスが持っている本に目を止めた。

「その本、ちょっと見せてくれる?」

「はい。今日はこの本のことを相談するために、あなた似合うためここまで来たんです」

 クラヴィスはそう言いながら魔法陣の描かれた本を手渡すと、魔女は目を少し細めながら本を受け取った。肌寒い秋風が吹き抜け、クラヴィスは思わず「クシュン!」と軽くクシャミをした。

「ここじゃ寒いわね。続きは中で話しましょうか」

 魔女は二人を温かな小屋の中へと招き入れた。小屋の中にはオレンジ色の温かな光が満ちていて、ハーブティーの爽やかな香りが漂っていた。

 暖炉の中で薪がパチパチと弾ける音が、心地よいリズムを奏でていた。二人は落ち着いた色合いの木製テーブルを囲み、珍しそうに部屋を見回した。

「改めまして。私は魔女のツァローニ。よろしくね」

「私はクラヴィス、こっちはルキア」

 二人は軽く会釈をすると、再びツァローニを見た。

「この本にはね、とても大切なことが書かれているの。今はこういう状態だけどね」

ツァローニは本をめくると文字の羅列が並んでいるだけだった。クラヴィスはその言葉に答えるように口を開いた。

「そうなんです!  今日はその本のことで伺ったんです。この本、文字の羅列が並んでいるだけで……」

 クラヴィスはまくし立てるように早口で言った。

「まあ、まあ。ハーブティーでも飲んで落ち着いて?」

 ツァローニはクラヴィスにハーブティーを飲むように勧めた。クラヴィスは頷くと、ハーブティーを一口啜った。

「ああ、おいしい」

 クラヴィスはその絶妙なブレンドに、思わずため息をついた。テーブルの上のハーブティーは、驚くほどにちょうど良い温度だった。

「この本に書かれている原文を書いたのは、私のお師匠様なのよ。この本にはね、自然界の理や、物事の本来の役割、雲寄せの秘技、水や草や砂を使った解毒の方法などが記されているの。言うなれば、魔女の教科書ね」

 ツァローニは真剣な目をして言った。その目つきにクラヴィスは少し驚いたが、真摯な表情に思わず引き込まれていった。

「へええ」

 クラヴィスは不思議そうな顔をしながら、興味深く聞いていた。

「ところで、この本をどこで手に入れたの?」

 ツァローニが尋ねた。

「ホドラ古書店という古本屋さんで本を買ったんです。本を袋から取り出した時には本が入れ替わっていたんです。知り合いの方の本でしたらお返しします」

 クラヴィスが正直に答えると、ツァローニは黙って頷いていた。

「この本はあなたが持っているべきよ。あなたを持ち主として選んだのだから。あなたにはその資質もあるしね」

 ツァローニは意味深な言葉を口にした。

「資質?」

 クラヴィスはその言葉を不思議に思った。

 本に関する資質という言葉に喜びを隠せなかった。本をギュッと抱きしめたクラヴィスは、机の上に丁寧に本を置いた。


 ツァローニは本の上に手をかざすと、薄い唇をかすかに動かして何かを唱えた。本の表紙に描かれた魔法陣の緑の線をなぞるように光が走った。魔法陣の上を縁取るように走っていた光が消えた。

「これで読めるようになっているはずよ」

 ツァローニはクラヴィスに本を手に取るように促した。

「あ! 普通に読めるようになってる!」

 クラヴィスは目を輝かせながら、夢中でページをめくった。

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