第七話 導きの蝶

 ルキアとクラヴィスは、街の北西にある「あやかし森」へと向かっていた。


 木々の間を縫うように、吹き抜けてくる風が冷たく二人の頬にチクチクと刺さる。薄暗い森の静けさは余りに不気味で、枯れ葉や細かな枯れ木があちらこちらに散乱していた。


 奥へと続く道らしきものはどこにも見当たらない。人が通った気配や痕跡はなく、野生の動物の匂いや足跡が残り漂うだけだった。


 間引かれることのない木々の間を、しばらくそのまま奥へと進むと、冷たい風が吹くたびに、沢山の朽ち葉が舞った。


「ここで行き止まりだね」天然のバリケードとでもいおうか、尖った倒木が道をふさいでいた。


「ん? あれは、なんだろう?」クラヴィスは不意に何かを感じて足を止めた。


 ゆらゆらと舞い落ちてくる一枚の枯れ葉をずっと目で追う。地面に落ちた葉っぱを、目を細めたままじっと見ていた。


「クラヴィス。どうしたの?」ルキアはいった。


「シッ!」口元に細い指を当てながら、クラヴィスは答えた。


そこへ、もう一枚、枯れ葉が落ちてくる。 


そして、もう一枚………。



もう一枚………。



………。



………。 



 四枚の葉が重なり合った。つなぎ目がすっと消えさり、ゆっくりと葉が繋がってゆく。


 四枚の葉が金色に輝きはじめ、ほんの一瞬、蝶の周りの光が大きくゆれた。次の瞬間、四枚の葉は蝶の形になって一瞬光った。


「ねぇ。もしかして、これが『導きの蝶』?」クラヴィスは、一匹の金色に輝く蝶を指さしながら、反対の手でルキアの肩を突ついた。


「導きの蝶」へと変わった四枚の枯れ葉は、風が吹くのと同時に鱗粉を散らしながら舞い上がった。


「え?」ルキアは目を細めながらじっと見ていた。


「導きの蝶」は、二人の周りをしばらくの間ひらひらと舞った後、真砂のような金色の粉を残したまま、音もなく森の奥へと消えていった。


「導きの蝶がおいでって言ってる」クラヴィスは、そう口にするや否や、蝶を追いかけ樹木の影となった。


「おい。待てよ! 蝶の言葉なんて解かるのか?」ルキアは一瞬迷ったが、いつもだいたい的中しているクラヴィスの直感を信じて、すぐさま後を追いかけた。


 蝶が残した残像のような鱗粉が、蝶の舞って行った方向を示していた。二人の前で揺らめいている金色の鱗粉が、穏やかな光を放ったまま、ゆっくり倒木の上を舞った。


 転がっている自然にできた樹木のバリケードが、音もなくスッと避けていく。あやかし森の樹木は針葉樹が多く、天然のバリケードとなるには丁度よかった。二人は目の前に現れた道を辿り奥へと進んだ。


 クラヴィスは急に後ろが気になり、歩き続けた足をとめると後ろを振り返った。


「あ………」進んできた道がなくなっていた。木の葉で埋めつくされた何の変哲もない、森の姿に戻っていた。


「振りかえるなってことかなぁ?」少しだけ前を歩いていたルキアも足を休めながら言った。


 時の流れを感じさせない静まり返った森の中を、一歩一歩、二人は無言で歩みを進めた。二人の足音だけが木々の間に静かに響いている。いきなり目の前が明るく開けた。ルキアとクラヴィスは、確かに魔女が住んでいそうな古びた小屋に辿り着いた。


 屋根の縁に溜まった落ち葉が、森と同化した屋根を紅色に変えていた。苔の生えた壁のあちこちからは、時の流れが感じられた。

 

 二人は冷えきった体で温かな陽射しを受け止めると、不安はどこかへ消えていた。

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