第11話 導きの蝶

 週末の朝早く、ルキアとクラヴィスはラナティスの街の北西にある「あやかし森」へ向かっていた。肝心の本は持ってきたし、一日で帰れないことも考えて、着替えや水もカバンに詰めてきた。


 二人はあやかし森の入り口、森と里山の境目に辿り着いた。辺りを見回すが、奥へ続く道らしきものは見当たらない。

 木々の間を吹き抜けてくる冷たい風が、二人の頬にチクチク刺さる。二人は言葉を交わすことなく、おもむろに森の中へと足を踏み入れた。


 森の中は薄暗く、不気味な静けさに包まれていた。枯れ木や倒木が散乱し、足跡は残っていないものの、かすかに動物の気配を感じた。風が吹くたびに、枯れ葉が舞い上がった。二人はそのまま奥へと進んでいった。


 しばらく進んだところで、大きな倒木が道を塞いでいることに気づいた。まるで天然のバリケードのように、尖った木が道を閉ざしていた。


「ここで行き止まりだな」

 クラヴィスがそう言うと、ルキアはうなずき、二人は休憩をとることにした。


「少し休もっか」

 ルキアが言い、クラヴィスも後ろに続いた。


 カバンを下ろし、切り株に腰を下ろすと、周りに目をやる。切り株や足元に転がる木は苔に覆いつくされていて、人が入った痕跡は全くなかった。長い間、誰もここに足を踏み入れていないことが分かる。


「ん?  あれは、なんだろう?」

 クラヴィスが不意に何かに気づいて、目を細めて落ち葉の方を見つめた。クラヴィスの視線が追い続ける先には、風に舞い落ちる一枚の枯れ葉があった。その葉がゆっくりと地面に落ちるのを、クラヴィスはじっと見つめていた。


「クラヴィス、どうしたの?」

 ルキアが声をかけると、クラヴィスは口元に指を当て、シーッと静かにするように促した。



――そのとき、一枚の枯れ葉が舞い落ちてきた。




――それから、もう一枚、




――更にもう一枚と、次々と葉が落ちてきた。




 四枚の葉が重なり合うと、まるで何かが起こるような予感が漂った。つなぎ目がすっと消え、葉がゆっくりと繋がり始めた。


 ゆっくりと四枚の葉が金色に輝き始めると、ほんの一瞬、周りの空気が震えた。


「ねぇ、これって『導きの蝶』じゃない?」

 クラヴィスが驚きと共に指を差しながら言った。ルキアも驚きながら、その蝶の形になった葉をじっと見つめる。


「導きの蝶」へと変わった四枚の枯れ葉は、風が吹くのと同時に、金色の鱗粉を散らしながら舞い上がった。蝶のようにひらひらと舞うその姿は、本物の蝶そのものだった。


「本物だ」

 ルキアは目を細めながら、静かにその光景を見守った。


 蝶はしばらく二人の周りを舞うと、金色の粉を残しながら森の奥へと消えていった。導きの蝶の鱗粉が舞い、まるで何かを示すかのように揺れ、二人の前の倒木がスッと動き出し道が現れた。


「導きの蝶が道を示している」

 クラヴィスはそう言って、迷いなくその方向に向かって進み始めた。


「待てよクラヴィス!」

 ルキアが声をかけるも、クラヴィスは振り返ることなく進んでいった。いつも直感が鋭いクラヴィスを信じて、ルキアも後を追うことに決めた。


 不意に二人は後ろが気になり、足を止めて振り返った。しかし、来た道はもう無く木の葉で埋め尽くされていた。

 森の姿は何事もなかったかのように元の姿に戻っていた。


「振り返るなってことかな?」

 ルキアが呟くと、クラヴィスも不安そうに首をかしげた。


「そうだと思うわ」

 クラヴィスはそう言うと、再び前を向いて歩き始めた。


 静まり返った森の中を、二人は無言で歩みを進める。枯れ枝がポキンと折れる音が響いた。二人の足音だけが静かな空気を切り裂いていく。


 そのまましばらく歩くと、目の前が突然開け、古びた小屋が現れた。どう見ても魔女が住んでいそうな、怪しい小屋だった。屋根には紅色に変わった落ち葉が溜まり、壁には苔がびっしりと生えている。


 導きの蝶はその小屋の周りを舞っている。この場所が魔女の小屋で間違いないことを示していた。


 二人は小屋に近づくと、蝶が舞い示す方向へと進んでいった。



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