第十三話「ゆらい」

 ぐったりと身を投げ出しているタイガーを、隣に自分も伸びて見つめる。

 手を伸ばして、柔らかく跳ねる黒い髪を撫でながら、今は見えない裸の背いっぱいに描かれた、虎の縞模様の刺青を思い浮かべた。

 瞼が上がってヘイゼルの瞳が淡くほほえみ、また閉じてしまう。

 深い色をした、艶のある瞼や睫毛を見つめながら、己の胸に宿った狂おしい愛しさに驚く。

 自分とは違う熱量で生きる身体、凶暴に底光りする目、見も知らぬ子供を助けろと叫ぶ真っ直ぐな芯の強さ。

 古い本のページをめくって目を落とす濃い睫毛、ただの缶詰に笑うまなじり。

 恋に気づいた後、世界の景色が一変する感覚は、いつまでも不思議だ。

 形を辿るよう耳の縁をつまんで遊ぶ。いじり回されるのがうっとうしかったのか、マットレスに擦りつけて逃げる顔が、胸の脇のあたりに潜り込んできて。

 鼻骨の柔らかさが、胸をくすぐった。


 起きると早速、腹が減ったと言い出したタイガーに、それはよかったと腹の内に安堵の息をつく。

 面倒くさがってカトラリーを調達せず、魚の缶詰を手掴みで食べているのを見ると、正直ウワアと思いはするが。

「なー、あんたってさ」

 指に着いた汚れを舐めているのがキレイとは言いがたいのに、仕草としては可愛いと感じる。

「うん?」

 貸してもらった手拭いのようなもので股間を拭く自分も、大差はないか。

「医者みたいなやつなんだろ。あのさ、」

 えっという、内心の驚きを飲み込んで隠した。

「ケツにチンコ入れて気持ちいいのって病気? 体質?」

 隠しきれなくなりそうな動揺を、けれどもう一度強く沈める。

 マットレスの端に座り直して、ぽんぽんと隣の空間を叩く。おいで、と、一斗缶に腰掛けていた彼を招き。

 斜めに身体をずらして、大人しく隣に来たタイガーに、少し身を向けた。

「病気でも、特別な体質でもないよ。ええと、普通そうなってるんだ」

「へえ」

 短い声で相槌を打って、そこで勝手に引き取らずに続きを待っているのが、知的に感じた。人の話を聞く姿勢が出来ている。

「チンコと場所が近いのもあるし、排泄に快感が必要なせいもあるかも。まだ研究が進んでない分野だけど、大体そのあたりだと思う」

 ちょっとポカンとしているのを見て、空中に手振りで性器と消化器の位置関係を説明する。

 食事を摂って排泄をする生物にとって、無防備になる時間は危険で、だからそこに快感があるのではないかという説を開き。

 口元を手で覆って考えている彼を、黙って待った。

 マットレスが低いせいで余る膝に、肘を引っ掛け、何だか器用に取り回している。多分それほど変わった格好ではないのだが、手足が細長いせいで、見慣れない複雑さに見えた。

「じゃあ、誰でもそうなのか」

 独り言のように声を落としたあとに、目を向けられて頷く。

「うん。もちろん逆に、個人差、それこそ体質の違いで気持ちいいと感じない人もいるはずだけどね」

 ああ……、と、理解と納得を頭に染み込ませている横顔だ。

「あんたも?」

「それと、」

 声が同時に出てぶつかる。

 どうぞ、と譲ってから、あんたも? ともう一度問い直され、もちろんと笑ってうなずいた。

「最後まで経験したことはないけど、多分気持ちいいだろうなと思ったことはあるよ」

 そっかと呟き大きく息を吐き、深く顔を沈めて、長い指が自分で髪を掻き回している。

 誰かが、あるいは彼自身が彼にかけた呪いを、ひとつでも解けていればいい。

「で?」

 膝に沈みそうに、半分は腕に隠れた顔が、そのままこちらに目を向けた。

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